【イベントレポート】西本 智実 芸術監督・指揮「マリナートが森になる」公演にて、世界で初めてホールにおけるクラシックコンサートでヤマハ立体音響技術「AFC Enhance」「AFC Image」を使用
Japan/Shizuoka Oct.2021
2021年10月、静岡市・清水文化会館マリナートにて、西本 智実 芸術監督・指揮、イルミナートフィルハーモニーオーケストラ&イルミナート合唱団による「マリナートが森になる」が開催されました。本コンサートではホールにおけるクラシックコンサートとしては世界で初めて、ヤマハが開発した立体音響技術「AFC Enhance」「AFC Image」が採用されました。
芸術監督・指揮の西本 智実 氏、音響ディレクションを担当したオフィス エス.エフ.ティ. サウンドエンジニアの七五三 範明 氏、そしてミキシングを担当した有限会社オアシス 代表取締役兼サウンドエンジニアの金森 祥之 氏にお話を伺いました。
「AFC」とは
AFC(アクティブフィールドコントロール)は、あらゆる空間において、音を自在にコントロールし最適な音環境を創り出すことができるヤマハのイマーシブオーディオソリューションです。空間の響きを最適化する音場支援システム「AFC Enhance」、音の定位を自在にコントロールする音像制御システム「AFC Image」の2つの技術があります。「マリナートが森になる」では「AFC Enhance」と「AFC Image」の両技術が存分に活用されました。
「マリナートが森になる」 概要
「マリナートが森になる」は、コロナ禍で物理的制約を超えて音楽でつながることをコンセプトに企画されました。ソーシャルディスタンスの観点から、大ホールではイルミナートフィルハーモニーオーケストラ、小ホールでは61名のイルミナート合唱団、リハーサル室ではピッコロなどのソロ楽器がそれぞれ別空間で同時に演奏し、3つの空間を音響的につなぐことでまるで同じ音空間を共有しているかのような印象的な演出が行われました。コンサートではオーケストラの演奏に加えて、空間の残響をコントロールし環境音などのサウンドエフェクトを立体音響で再生することで、大ホールにいる観客がまるで森や海、そしてヨーロッパの大聖堂や春夏秋冬の様々な情景の中にいるような体験を提供しました。
「マリナートが森になる」 音響システム概要
「マリナートが森になる」では、大ホール、小ホール、リハーサル室の3つの離れた空間をオーディオネットワーク「Dante」で接続することで、それぞれ別の空間にいながらリアルタイムでの合奏を可能にしました。
観客の入った大ホールでは、客席後方にデジタルミキシングシステム RIVAGE PM7が設置され、大ホールのオーケストラの演奏に加えてDanteで伝送された小ホールの合唱、リハーサル室のソロ楽器をミックスし、ひとつの演奏として観客に届けました。
大ホールではDante搭載のパワードスピーカー DZRシリーズを、客席を取り囲むように56台設置することで、前後左右、そして上方向からの音楽再生を用いたイマーシブなリスニング環境を構築しました。空間の響きをコントロールする「AFC Enhance」を活用し、たとえばイタリアの女子修道院を舞台にしたオペラ楽曲「修道女アンジェリカ」では大聖堂のような深くて長い響きを創出するプリセットを使用するなど、曲調に合わせて様々な響きを実現しました。さらにコンサートは全曲が曲間を通して一つの作品になるように構成されており、曲間では森の音や川の音などの自然環境音を、音の定位を制御する「AFC Image」技術を用いて立体音響で再生し、従来のクラシックコンサートの常識を越えたイマーシブな演出が行われました。
61名を擁するイルミナート合唱団の歌唱は、ソーシャルディスタンスの観点から小ホールで行われました。ステージ上に設置されたスクリーンには西本氏の指揮がリアルタイムで投影され、その指揮に合わせて同時に合唱が行われました。小ホールには16台のスピーカーが設置され、「AFC Enhance」によって大ホールの響きが再現されました。これにより、小ホールで収音されデジタルミキサーCL1を通して大ホールのRIVAGE PM7へ伝送された合唱の音声は、あたかも大ホールで歌唱しているような自然な響きで再生されました。さらに大ホールでは、リアルタイムで音像を自由に定位させる「AFC Image」を用いることで、歌声がまるで天使の声のように天井から降ってくる演出が行われました。
ピッコロ、ピアノ、オルガンなどのソロ楽器はリハーサル室で演奏されました。リハーサル室にはスタジオモニタースピーカーHS5を6台設置し、AFC Imageの3Dリバーブにより大ホールのオーケストラと小ホールの合唱の音声をリアルに再現することで、ソロ楽器についてもオーケストラおよび合唱団と一体感のある演奏を実現しました。
リハーサル室で収録された音声はCL1を介して大ホールのRIVAGE PM7に伝送されました。大ホールでは「AFC Image」によってピッコロの音声を鳥のように縦横に動き回らせるなどの演出が行われました。
インタビュー
芸術監督・指揮 西本 智実 氏
これまでに何度も野外や極端に広い場所でオーケストラの演奏を行ってきましたが、いつも音のバランスの難しさを感じていました。先日屋外のコンサートでヤマハのAFC技術を使ったところ、屋外とは思えない素晴らしい響きを得ることができました。そこで今回の「マリナートが森になる」では、コンサートホールという環境でAFC技術を使い、「空間をつなげる」ことをコンセプトにヤマハと協力して新しい作品を一緒に作り上げたいと思いました。
また今回はコロナ禍でお客様と同じ空間で合唱ができないという事情がありましたので、大ホールと小ホールという離れた場所で同時に演奏できるようにデジタル技術で空間をつないでもらいました。さらに音がホールの中を駆け巡るような、これまでのオーケストラの公演とは異なる次元の演出も行っています。今後もヤマハのAFC技術とともに、オーケストラによる新しい音の可能性を追求していきたいと思います。
音響ディレクション オフィス エス.エフ.ティ. 七五三 範明 氏
「マリナートが森になる」における第一のテーマは「空間をつなぐ」ことでした。今回は大ホールと小ホール、リハーサル室の3つの場所をDanteでつなぎました。今回のような大規模で複雑なシステムをコンサートホールで構築することは、従来のアナログ接続ではほぼ不可能でした。Danteを採用することにより総計200チャンネル以上の膨大な音声回線の引き回しを、LANケーブルをつなぐだけで、伝送による音質劣化なく実現できました。もう一つのテーマは「クラシック音楽をイマーシブで再生することで新たなコンサート表現を行う」というものでした。通常クラシックコンサートはPAを使わずにホールの自然な残響のみで演奏されます。今回はオーケストラに50本ほどのマイクを立て、客席を取り囲むように56台ものスピーカーを配置し、残響を制御する「AFC Enhance」や、音像の定位を自由に動かす「AFC Image」を使うことで、今までにない音響表現を行っています。
「AFC Enhance」「AFC Image」により、コンサートの現場でリアルタイムにイマーシブな音響システムが使えるようになったことの意義は非常に大きいと思います。従来の残業制御は建築音響の分野でありPAオペレーターが関与するものではありませんでしたが、今後は演目に応じてリアルタイムに響きを変化させるという積極的な活用が可能になります。また「AFC Image」については、制作時と同一のスピーカーレイアウトを前提としたチャンネルベースのイマーシブではなく、演算によって音像を自在に定位させることができるオブジェクトベースであるため、再生する空間の形状やスピーカーレイアウトが変わっても高い再現性があり、システムセットアップの手間も省力化できることから、ライブエンターテイメントの新たな可能性を拡げます。「マリナートが森になる」は、このような可能性を持つ「AFC Enhance」「AFC Image」をコンサートホールで使った初めてのクラシックコンサートとして、次世代の音響表現の可能性を示すことができたのではないかと思っています。
サウンドエンジニア 有限会社オアシス 代表取締役 金森 祥之 氏
「マリナートが森になる」では、私が携わったクラシックの音響としては最上の結果が出せたと思っています。このコンサートでは紗幕と照明による演出が行われるため、通常オーケストラがホールの演奏で使用する音響反射板が使えませんでした。このため音量とホールの残響を補う目的で「AFC Enhance」を使いました。「AFC Enhance」は自然で柔らかい響きを付加できることがポイントですが、響きの大きさやタイプを変更できますから、曲調やシーンに応じてオーケストラの響きを変える演出を行うことができました。お客様としては新鮮な体験だったと思います。
「AFC Enhance」の響きが通常のデジタルリバーブと違う点は「艶感」ですね。今までも屋外でのクラシックコンサートなどで響きを付加するためにデジタルリバーブを使っていましたが、やや人工的な響きであることは否めませんでした。その点「AFC Enhance」の響きは極めて自然です。オーケストラの生音、そしてもともとホールが持っている空間の響き、そこに「AFC Enhance」の艶感のある響きを加えることで、いままでにないほど自然で、かつ艶やかな響きを出すことができました。しかもAFCによって演目に合わせて響きを変えることができるわけです。これは音響上の表現で飛躍的な進化だと思います。今後はAFCを使うことでより自然で、美しい、そして艶のある響きを追求していきたいと思います。
■ マリナートが森になる
芸術監督・指揮:西本 智実氏
作詩・朗読:佐久間 良子氏
出演:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ&イルミナート合唱団
<演奏曲>
プッチーニ作曲:オペラ「修道女アンジェリカ」より アヴェマリア、間奏曲
スメタナ作曲:連作交響詩「わが祖国」より モルダウ
グラズノフ作曲:バレエ音楽「四季」より 秋、冬 抜粋
ドビュッシー作曲:夢想<佐久間良子 作詩・朗読:ブナの森の物語>
西本 智実 プロフィール
世界各国を代表するオーケストラ・名門国立歌劇場・国際音楽祭より招聘。ダボス会議(WEF)「2030年イニシアティブ」に取り組むヤンググローバルリーダー、広島大学特命教授、内閣府・国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット9 < Awareness Musicによる「こころの資本」 イノベーションと新リベラルアーツの創出 >サブプロジェクトトリーダー兼Principal Investigator、大阪音楽大学客員教授、広州大劇院名誉芸術顧問、大阪国際文化大使ほか。
芸術監督として舞台演出・指揮した『泉涌寺音舞台』は【ニューヨークUS国際映像祭 TVパフォーミングアーツ部門銀賞】【ワールドメディアフェスティバル ドキュメンタリー芸術番組部門銀賞】受賞、『蝶々夫人』『くるみ割り人形』『ストゥーパ〜新卒塔婆小町』など演出。
Fondazione pro Musica e Arte Sacra「名誉賞」、内閣官房国家戦略室「国家戦略担当大臣サンクスレター」など受賞多数。
2015年・2016年G7サミットでは海外向け日本国テレビCMに起用。ドキュメンタリー番組はCNNインターナショナル(TV)、ZDF(WEBSITE)、独仏共同テレビArte(TV)などで世界的に放送。
西本 智実Webサイト https://www.tomomi-n.com/ja/
イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
芸術監督 西本 智実により結成され、その国境を超える活動が世界の注目を集めている。2013年アジアのオーケストラとして史上初めてヴァチカンで演奏、以降ウィーンフィルと共にメインオーケストラとして招聘されている。【ローマ教皇代理ミサ】はヴァチカン放送より約35ヶ国中継されている。
イルミナートフィルハーモニーオーケストラWebサイト http://illuminartphil.com