【音像制御システム「AFC Image」使用事例レポート】「新国立劇場」 シェイクスピア、ダークコメディ交互上演 『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』 / 東京
Japan/Tokyo Nov.2023
2023年10月18日から11月19日の期間、東京の「新国立劇場」でシェイクスピアのダークコメディ『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の2作品の交互上演が行われました。その公演においてイマーシブな音響演出を実現する音像制御システム「AFC Image」が使用されました。
この公演で「AFC Image」を使用した理由や実際の使用感などについて、新国立劇場 技術部 音響課長 上田 好生 氏にお話をうかがいました。
シェイクスピア、ダークコメディ交互上演 『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』
概要
『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』は、シェイクスピアの戯曲の中でも上演回数が少なく、屈折したキャラクターが多く登場する「ダークコメディ」と呼ばれる作品です。しかし登場人物たちは人間の内面と欲望を露わにし、深い人物造形と息を呑む展開を見せる隠れた傑作でもあります。これらの2作品を同じ役者陣による回替わり上演という初の試みで上演することで、シェイクスピアの鋭い視点と深い洞察を現代的な解釈で蘇らせ、観客に驚きと共感を呼び起こしました。
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山 仁
出演:岡本健一 浦井健治 中嶋朋子 ソニン ほか
上演期間:2023年10月18日(水)~11月19日(日)
会場:新国立劇場 中劇場
公演詳細については 公式サイト をご覧ください。
ヤマハ音像制御システム「AFC Image」について
「AFC Image」とは
「AFC Image」は、音像を3次元的にかつ自在に定位・移動させることで、演劇、オペラ、コンサート、インスタレーションなど多彩なシーンでイマーシブな音響演出を可能にするオブジェクトベースの音像制御システムです。
主な特長
- 洗練されたGUI上でのオブジェクト操作や音像サイズ調整により、緻密かつ迅速な音像コントロールが可能
- 特定のスピーカーセットにのみオブジェクト再生を割り当てできるスピーカーゾーニング機能を搭載
- 3Dリバーブシステムを搭載し、それぞれのリスニングエリアにて臨場感ある残響と音場を実現
- DAWやコンソールのパンニング操作を実空間の形状に最適化するレンダリングエリアコンバージョン機能を搭載
詳しくは「AFC Image」製品ページをご覧ください。
『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』+「AFC Image」
ミニインタビュー 新国立劇場 技術部 音響課長 上田 好生 氏
このたび「新国立劇場」の中劇場で「AFC Image」を使用することになった経緯を教えてください。
上田氏:
「新国立劇場」には1,806席のオペラ劇場、1,030席から788席へ可変する中劇場、そして468席から358席へ可変する小劇場の3つの劇場があります。今回の公演は中劇場で行われましたが、中劇場は他の劇場と比べて建築的に響きが少なく、役者が背を向けたり横を向いたりするとセリフが聞き取りにくいという課題がありました。そのため中劇場での演劇公演では、役者にワイヤレスマイクを装着して拡声を行っています。ただし、通常、ストレートプレイなどの演劇ではマイクを用いた拡声は行わないため、私たちはできる限り観客にPAシステムの存在を感じさせないよう、ナチュラルに拡声することを心がけています。
これまで、そのための拡声手法についてさまざまな方法を試してきました。例えば、役者のマイクを普通にPAしてしまえば違和感が生じる可能性があるため、セリフが役者本人から聞こえるような自然な音像を実現できるシステムを検討していました。
そこで私が初めて中劇場の舞台公演で音響プランを担当した際、舞台上のエリアを上手・中央・下手などのエリア毎にゾーニングし、各ゾーンに対してマトリックスを使いバス送りで拡声し音像を定位させる手法を試したところ、これが上手く機能しました。それ以降、中劇場ではゾーニングによって音像を定位させる手法を採用するようになりました。
その後、技術の発展もあり、役者の動きを追跡して音像を自動的に定位させることができるシステムを採用しました。そのシステムはチャンネルベースのため、音像を定位させるための信号の送り込みは自分達で行う必要がありましたが、表現したいことの理想に次第に近づきつつありました。そこでさらなる利便性を求め、次世代のシステムを模索していたところ、良いタイミングでヤマハの「AFC Image」に出会い、2021年に実際に中劇場でデモをしてもらいました。そのときの印象がとても良かったので、今回の本番公演で「AFC Image」を使うことにしました。
「AFC Image」のデモではどんな点が良かったのですか。
上田氏:
音の感じが自然でした。芝居では役者によって声量が異なるため、大きくPAしなければならない場面があります。その際、設定していたゾーンと役者の位置が少しでもずれるだけで、声の聞こえる方向に違和感が生じてしまい、その違和感を無くすための微調整がものすごく難しく、音響担当者は毎回苦労していました。でも「AFC Image」では役者の位置がゾーンから多少外れても声の方向感に違和感がなく、非常に自然でした。これなら苦労せずに使えそうだと感じました。
劇場内に7つのゾーンを設定し、ゾーンに見立てたオブジェクトを配置
「AFC Image」を本番で使ってみての感想はいかがでしょうか。
上田氏:
お世辞抜きで、100点満点でした。
本当ですか! 100点満点の理由を教えてください。
上田氏:
初めて「AFC Image」を本番使用したのですが、従来のゾーニングの手法を組み合わせてもうまく機能しましたし、定位感も音も自然で、しかも音量感があって音やせを感じなかった。そしてなによりトラブルが一切なかった。非常にうまくいったと思います。
今回の舞台はどのようにゾーニングしたのですか。
上田氏:
中劇場では通常、セリフの拡声用に6つ程度にゾーニングします。今回は、舞台上の上手・中央・下手の3箇所と舞台奥の2箇所の5つのゾーン、そして役者が客席側を歩くことに対応するため客席側に2つ、合計7つのゾーンを設定しました。これらのゾーニングに基づいて「AFC Image」による音像定位を行いました。
「AFC Image」に従来のゾーニングの手法を組み合わせたのですね。
上田氏:
はい、ゾーニングした7つのエリア上に「AFC Image」のオブジェクトを配置し、セリフ用の音響卓から各オブジェクトに信号を送り込むことで音像を定位させる手法をとりました。この方法なら、セリフの定位感を微調整したい際も、そのゾーンに該当するオブジェクトの位置修正やオブジェクトサイズといった機能を使って簡単に変更ができ、瞬時に対応できたことはメリットとして大きいです。
さきほどのコメントの「音量感があって音やせを感じなかった」について、具体的にはどういったことでしょうか。
上田氏:
これはおそらく「AFC Image」がチャンネルベースではなくオブジェクトベースだからだと想像していますが、1つのスピーカーが頑張るのではなく、複数のスピーカーが定位のフォーカスを合わせつつ再生したことで感じたことだと思います。この公演ではセリフ用のスピーカーを10系統用意しました。今まではチャンネルベースでしたから、役者が話すと、そのゾーン用に設定した1系統のスピーカーだけが鳴ります。これは点音源です。ですから定位はしますが、パワーもそこにしかありません。だから耳がいい人なら「あ、あそこのスピーカーが鳴ってるな」と分かってしまいます。しかし、今回使用した「AFC Image」のようなオブジェクトベースの再生システムの場合、どのゾーンで話しても、そのゾーン用に割り当てた複数のスピーカーから、定位を演算した音を再生します。照明で例えれば、1つのライトの光で照らすのではなく、いろんな所からライトを当てる感じです。この場合、点音源ではありませんからPAをしている感がないし、音量感もある。それで自然で音やせがないと感じました。
音の響きや表情をリアルタイムに変更できる
「3Dリバーブシステム」に新たな音響効果の表現の可能性を感じる。
今回、セリフだけではなく効果音でも「AFC Image」を使用したそうですね。
上田氏:
はい、さまざまな効果音をオブジェクト配置して再生しました。また、「ドラムロールの音が劇場を一周する」というシーンがありますが、これは実際にオペレーターが芝居の中で「AFC Image」の操作画面でリアルタイムにオブジェクトを動かすことで効果音の定位をコントロールしました。
また「AFC Image」の「3Dリバーブシステム」もさまざまな効果音で使いました。
どんな効果音で「3Dリバーブシステム」を使ったのですか。
上田氏:
いろんな素材で使いました。たとえば鐘の音、歓声、鳥の鳴き声など。それと音楽にも「3Dリバーブシステム」を使って響きを加えるシーンがあり、ステレオリバーブでは出せない臨場感を演出できました。
これまでのエフェクターと「3Dリバーブシステム」は、使ってみてどう違いましたか。
上田氏:
それはもう、全然違います。通常効果音は稽古場に入る前に作っておきます。たとえばカラスの声なら、どのスピーカーから出すのかを設定し、それを想定したエフェクトもかけて作ります。そして稽古の様子を見ながら、スタジオに戻ってエフェクトを調整する、ということを繰り返して劇場入りして本番へと臨みます。でも「AFC Image」はオブジェクトベースなので、素材さえあれば、定位させたい場所に瞬時に最適な定位感が得られる音量が演算されますし、「3Dリバーブシステム」はそのオブジェクトの位置に応じて響き具合や方向感も自在に変えられる。それによって舞台稽古中に効果音の表情や表現をリアルタイムに作り込んでいける。そして稽古中にその場であんなこともやってみよう、こんなこともやってみよう、といったクリエイティブなチャレンジができた。これは今まではできませんでした。このスピード感は素晴らしかったです。
「AFC Image」のオブジェクトベースのメリットは劇場の形状やスピーカーの場所や個数が変わっても自動的に演算してくれる点にもあります。これは今後役立つでしょうか。
上田氏:
それは本当に便利だと思います。もし公演先に「AFC Image」があれば、設定データだけを持っていけばいいんですから。たとえばこの演目を他の劇場でやるとします。その場合、準備に使える期間はたいてい2日ぐらいしかありませんから、ある程度聞こえればいい、というクオリティになってしまうことが多いです。でもオブジェクトベースの「AFC Image」なら会場の形状と大きさ、スピーカーの位置さえ入力すれば、あとは微調整で中劇場の音響に近い音が出せるようになります。もちろん実際にはスピーカーやアンプの台数・機種の違いによる差はあるでしょうが、それでも仕上がりの音は段違いに良くなるでしょう。
今後「AFC Image」でこんなことをやってみたい、ということがあれば教えてください。
上田氏:
たとえば鐘の音をもっと舞台の奥のほうから聞かせたい、という時にはスピーカーをもう1つ奥舞台に仕込んでおけば、オブジェクトを配置できるサウンドフィールドがもっと奥まで広がります。それによってさらなる音による世界観の演出ができる。そういった可能性はかなりありますよね。またオペラでは影コーラスや、バンダなど、主舞台とは違うところから音を出す手法がありますが、側舞台にスピーカーを仕込んでおけば、そのような効果も「AFC Image」で実現できます。いろいろ面白いことができそうですね。
このように「音の創造性」は高まりますが、舞台は音だけのものではありませんから、あくまで「芝居ありき」の音であって、あまり音をいじりすぎるとかえって芝居の邪魔になっちゃう可能性もある。そこは革新的な技術を手にした時に我々プロが気をつけなくてはいけないところです。あくまでナチュラルに自然に音を補助する。それが今までも、そしてこれからも追い続ける部分です。今回「AFC Image」と出会って、それがいままでよりとても簡単にできました。
「AFC Image」は今後演劇やミュージカルなどでアドバンテージはありそうでしょうか。
上田氏:
演劇に関してのアドバンテージは非常に大きいですね。「AFC Image」なしで、今回の公演をもう一度やるのは嫌です(笑)。