Pad Development
音楽性と演奏性を両立する革新的なアイデアを実現。
新たなインターフェースの発明
ここ数年で「フィンガードラム」を楽しむ人は増えていきているかもしれないが、フィンガードラム専用の楽器というものは現時点でFGDP以外には存在しない。そのためフィンガードラマーたちは、格子に並んだパッドひとつひとつに自分が叩きたい音を割り当てて演奏を楽しんできた。
しかし、それら汎用的な製品はフィンガードラム専用の楽器ではないため、演奏や操作が難しいなどの悩みも存在した。FGDPシリーズは、フィンガードラムを初めて叩く人でも不自然さを感じることなく思う存分楽しめるように、演奏しやすさをとことん追求して開発された。この楽器の「顔」とも言えるパッドインターフェースは、いわばドラム演奏の大衆化のための新発明だ。
三浦:
フィンガードラム専用の楽器であるFGDPシリーズの最大の特長は、パッドの配置と形状です。この楽器を開発するにあたり、構想の最上位にあったのは「人間がパッドに合わせる」のではなく、「パッドを人間に合わせる」ことでした。
私自身はもともとアコースティックドラムの奏者であると同時に、格子に並んだ(グリッドレイアウト)パッドを搭載した機器を使ったフィンガードラム演奏も楽しんできました。フィンガードラム奏者の中には主に親指、人差し指、中指を使って叩くスタイルの人もいますが、グリッドレイアウトのようなまっすぐ均一にパッドが並ぶ配置を、まっすぐではない人間の手が叩くのは正直やりにくいと感じます。
君塚:
その”まっすぐではない人間の指”を使った演奏性を重視し、パッドの配置を、指先の位置とその可動領域に合わせることで、演奏のしやすさを実現できると考えました。最初に考えたパッドの配置は今とは違うアーチ形状のレイアウトでしたが、それをベースにさらに叩きやすい配置を突き詰めていきました。
三浦:
アコースティックドラムにはタムやスネア、バスドラムなどの典型的な配置があります。この配置には意味があり、タム回し(複数のタムを連打する奏法)などの典型的なドラム演奏がしやすくなっているのです。
フィンガードラムパッドに置き換えても、これは同じ。パッドがたくさん並んでいても、よく使う音とそうでないものが当然あります。それならば、よく使うものや繊細なコントロールが求められるものは大きいパッドの方が叩きやすいですし、各パッドの配置はお互いの関連性が明確な方が、流れるように叩きやすいということになります。
つまりFGDPのパッド配置は、手や指の形状に合う位置関係、どの指でどの位置が叩きやすいか、各パッドを叩く頻度、スネアとタムは隣同士の方が叩きやすいといった音楽的な流れなどを考慮した結果、たどり着いたレイアウトです。
ここに到達するまでに、いくつもの配置やパッド形状を検討し、最終的に人間の手の形に合わせたレイアウトに仕上げることができました。世界中のフィンガードラム奏者たちの演奏方法は千差万別ですが、ヤマハがフィンガードラムに特化した最適な楽器を世に出すことで「これを使えば早く上達して、思いのままに演奏できるよ」と胸を張って言えるひとつの型を提案できるのではないかと考えています。
世界初への挑戦
パッドの形状や配置が決まってからも”演奏しやすさ”への追求は続いた。ひとつひとつのパッドの形状が異なれば、そこには新たな課題が生まれる。センシングが異なるからだ。これらを克服して誰もが気軽に演奏できる楽器にするための挑戦は、同時に、世界初の楽器にするという挑戦でもあった。
三浦:
例えばフィンガードラムを演奏しようとパッドを叩いたとき、その下のカーボンと金メッキの層が入力を感知し、演奏信号を出力します。この仕組はパッド製品では一般的なもので、グリッドレイアウトのパッドやFGDPシリーズも例外ではありません。
傍嶋:
しかし、汎用製品に多い格子に並んだパッドはすべてが同じサイズで同じ形。つまり、指からの入力をセンシングする際もすべて均一なものを作ればOKです。でも、FGDPはそうではありません。フィンガードラムのための演奏性を追求した結果、パッドの形や配置は一様ではなく、それぞれが非常に有機的な形をしています。
何が違うのかと言うと、例えば、バスドラム用のこの大きなパッドはセンシングが非常に難しく、何も考えずに作ってしまうと叩く場所によって感度が違ってしまいます。ひとつのパッドを同じように叩いているのに、出てくる音量がバラバラになってしまうのです。
グリッドレイアウトの均一なパッドに比べると、それぞれのパッド形状や大きさが違うだけで考慮すべき要素(パラメーター)による条件分岐が膨大になります。パッドの大きさ、形状、指の力など、叩いたときのセンシングに影響を与えるパラメーターが20種類くらいあり、その組み合わせは1億通りにも上ります。
これを踏まえて、「もっとも大きいパッドのどこを叩いても心地よく、同じ感度で演奏できる」ということに重点を置いてチューニングしていきました。
太田:
最初に作った試作では音がまったく均一に出ませんでした。カーボン層に注入するインクの量、濃度、厚さ、電気信号が通る金メッキ層の金メッキ配置の間隔などを調整した試作を行い、検証しました。毎回1つの条件で同じシートを20~30枚作成し、測定します。そうすると、同じシートでもバラつきあることが判明したので、それを手がかりに修正箇所を追い込んでいきました。
結果、試作したシートの数はなんと1,000枚!
傍嶋:
とにかく「楽器」である以上、同じパッドを一定の力で叩いた場合には出音にバラつきがない、安定した品質でなければなりません。パッドを叩く力加減や出音に対する感じ方は体調や気分、個人差により左右されてしまうため、一定の品質を人間が正確に判断することには無理があります。そのため、毎回確実に一定の力で叩くことができる専用の機械を制作し、センシングの精度を上げました。
三浦:
この専用の機械を使った測定は、楽器のセンサーがどこを叩いても一定の感度となっていることを確認するためのものです。ですが、もちろん最終的に楽器を弾くのは機械ではなく人間なので、実際に弾いてみて心地いいかどうかの判断は、アーティストを含めて何人もの人でテストを重ね、突き詰めて行きました。
ちなみに、人間の指には、個人差を含めてとてもバラつきがあります。先端が柔らかい上に、その上に爪が生えていたり、当然ながら大きさや太さも、力加減も何もかもがバラバラです。さらにパッドを叩く際、1回叩いたつもりでも指がパッド上でボールのようにバウンドしていて、実は2回以上叩いている場合があったりします。別の例では、アフタータッチという指でパッドを叩いた後に押し込む操作があるのですが、その押し込む力加減もさまざまです。
これらの非常に複雑でランダムな入力を、すべて正確にセンシングして信号に変換しなければ「楽器」としては不完全です。ヤマハではすでにDTXドラムで電子ドラムのパッドセンシング技術を開発していますが、電子ドラムの場合は硬いスティックで叩きます。それに対して人の指による入力は、前述の通り、もっと複雑です。それでも今回の開発を通じて、指でパッドを叩く際のセンシング技術を発達させることができました。実現への難易度はかなり高かったですが、胸を張ってお勧めできる精度に仕上がっています。
すべては”音楽的”であるために
ドラムを演奏する場合、楽曲やジャンルが違えば叩き方は異なる。また、一般的なドラマーであれフィンガードラマーであれ、演奏が上手い人もいれば始めたばかりの人もいる。もちろん力が強い人も弱い人もいる。
FGDPはこうした音楽性や演奏テクニックの違い、あるいは個人差による力の強さや叩く速度の違いにも、しっかり応えてくれる楽器である。
三浦:
FGDPには叩き心地や演奏感に関する設定があり、それによってパッドを力一杯に叩かなくても大きな音で演奏したり、どんな強さで叩いても一定の音量で演奏したりすることができるんです。これについて、音楽性という観点からお話したいと思います。
例えばEDMなどの一部のジャンルでは迫力のあるサウンドで演奏したいですが、ジャズのように繊細なサウンドで演奏したいジャンルもあります。つまり、アコースティックであれエレクトリックであれ、叩く強さと出音とのバランスを演奏する内容に応じてコントロールできないといけません。EDMには使えるけどジャズ演奏は表現できない楽器、ではダメなんです。
次に、個人差ということで言えば、ドラムにはロールなどの高速連打を伴う奏法があります。ただし、フィンガードラムはパッドのセンシングがうまくいくかどうかによって出音が変わってきます。そのため従来のパッドコントローラーの場合、ロール奏法がもたついているとアフタータッチが検出されてしまい、連打しているつもりでも飛び飛びな音にしかならない場合があります。つまり、十分な演奏スキルを持っていないと連打がうまくできません。
それに対しFGDPは、フィンガードラム専用のパッドとして開発されているため、ロールが多少もたついてもアフタータッチではなく連打が正しく感知されます。例えば先に叩いた指がパッドから離れる前など、他の指がパッドに触れている状態で叩いた音も、ちゃんと鳴る仕様になっています。
これにより、初心者でも上級者のような正確な高速連打が可能になります。ぜひFGDPでロールを演奏して、この連打の心地よさを味わっていただきたいです。