Sound Creation
ジャンルの枠を超えた現代的なサウンドを生み出すクラフトマンシップを垣間見る。
フィンガードラム独特のサウンドを世界へ
フィンガードラムの世界のユニークな側面のひとつはサウンドの多様性と品質への要求が高いことだ。アコースティックドラムであろうと、ダンスミュージック用に加工されたエレクトロニックサウンドであろうと、優れた品質でセンスのいいものでなければならない。常に新しい音を求めるフィンガードラマーのニーズに応えるため、ヤマハの音源チームがこれまでの音作りの経験をすべてFGDPに注ぎ込んでいる。
三浦:
フィンガードラムの世界で求められる音のコンテンツには大きく分けて2種類あります。ひとつはアコースティックドラムサウンドで、プレイヤーは本物のドラムの繊細さとリアルな迫力を求めます。
もうひとつはEDM などのエレクトロニック系の音楽で需要の高い、パンチの効いた合成音。電気的に歪ませた音や、効果音のようなSE(サウンドエフェクト)なども含め、とにかく幅広いユーザーからの多彩な要求が存在します。
これはフィンガードラミングの世界に、アコースティックドラムの演奏経験を持つ人、音楽制作に携わっている人、あるいはその両方の世界にまたがっている人などが混在しているから。だけどその全員に共通するのは、新しいサウンドを常に求めているということです。
ヤマハは電子ドラムDTXシリーズを長年製造してきました。もちろん、DTX シリーズの音づくりで培った技術と感性はFGDPの開発にも活かされていますが、FGDPを開発する際には、ヤマハがフィンガードラムの世界に何を提供できるかを慎重に考えて音作りをしました。
坂本:
電子ドラムはアコースティックドラムの代わりとなるものなので、ある意味、ストレートなドラムサウンドをいかに本物っぽく出せるかというところが求められます。つまりドラムセットを目の前で演奏しているようなリアルなサウンドの追求です。
それに対してフィンガードラムでは、そういうリアルを追求したサウンドに加えて「見たこともないような創作料理」も提案したいと考えました。
三浦:
フィンガードラムのコミュニティには、アコースティックドラムのサウンドに縛られないユーザーが多いです。格好良いサウンドがあれば、なんでも取り込みたい。そこに対してフィンガードラム専用楽器を提案するメーカーの私たちとしては、新しいサウンドをどんどん入れる必要があります。
岡野:
新しい音を製品に組み込むことで、初めてこの楽器を手に取って触ってみたときにニヤッとしてほしい。あるいは叩いた瞬間「おっ…!」と驚いてもらいたい。
フィンガードラムは新しい世界の楽器なので、ただ万人ウケするありきたりなサウンドを提案するだけでは意味がありません。平均を取っていくと結局どっちつかずなものになってしまう。だからそういった壁を打ち破り、その結果、プロのミュージシャンからも「すごくいいね」と評価いただけています。
音楽感性の欠かせない”音づくり”
「新しい音」を作るのに必要な素材として、ヤマハには膨大な音の資産がある。さまざまな楽器からサンプリングした音はもちろん、電子的にゼロから合成して作られた音、そしてこれらを加工するエフェクト類など。料理のプロセスに例えれば、最高品質の音作りをするための材料、スパイス、そして調理道具が全て揃っている。
とはいえ、それを使えば誰でも音を作れるわけではない。サウンドデザイナーには、高い音楽性に加えて、その時代が求める音を楽器の特性に合わせて絶妙に調合する感性が求められる。音楽に対する深くて幅広い知識ももちろん必須だ。これらをすべて備えていないと、ハイレベルなエンドユーザーを満足させることができず、底の浅い音だと見透かされてしまうという。ここではそんな音作りの裏側を語ってもらった。
岡野:
FGDPでは、アコースティックドラムのサウンドに加え、EDMなどのエレクトロニック系音楽の演奏に欠かせないビートボックスや、シャウト系のボイス、ビンテージアナログシンセからサンプリングしたSE(サウンドエフェクト)などを多数収録しています。
また、ヤマハが所有している過去からの音の資産も活用しているのですが、膨大なライブラリの中から欲しい音を抽出し、さまざまな加工を施して、FGDPという楽器に合う音に作り変えています。というのも、もともとの音は高品質ではあっても「今風の音」ではないことがあるんです。
「今風の音」を具体的に言うと、パンチが効いていて迫力があって、映えるサウンドです。音作りの手法としては、元の音にリバーブやコンプレッションをかけたり、タイムストレッチで引き伸ばしたり、ピッチを変えたり、音を重ね合わせて厚くしたり。そうすることで、まったく新しい音が生まれます。
坂本:
アコースティックドラムの音は、エフェクト等をかけない素のままでもパンチのある音であるべきですが、EDMのような音楽ジャンルではエフェクトをかけてドレスアップする方が活きる。そういったユースケースによる使い分けだったり、見極めが重要です。
岡野:
エフェクトをかけるにせよ、元の音、つまり素材自体が良くないとどうしようもありません。良い素材を、良いエフェクトで、うまく調合してパワーアップしていくことで、今風の味を出す。そういうことをやっています。
坂本:
その際、アコースティックドラムと同様にスティックで演奏する電子ドラムと、指で演奏するフィンガードラムでは、当然ながらフィーリングや演奏性、期待する演奏感に違いが生じます。この点においても、DTX のサウンドを FGDP に移行するだけでは十分ではありませんでした。
鎌田:
指で叩いても心地良く、迫力を感じて楽しめるポイントは、社内の知見者や外部のアーティストとも相談して何度も調整を重ねました。そのフィードバックを受けて、音にキレを加えたり、エフェクトでアタック感を強めたりするなど、ひとつひとつの音に対して細かなチューニングを行なっています。
三宅:
音を加工する際には、サウンドデザインチームが選定したエフェクトタイプを使用しています。
エフェクトの使い方はセンスが問われます。例えば「歪んだ音」を作る場合、元々歪んでいる音を使うべきなのか、それとも歪んでいない音を選んで歪み系のエフェクトを加えて作るのか。元々歪んでいる音は、演奏する音量に関係なく均一に歪みます。歪んでいない音にディストーション(音に歪みを加えるエフェクト)を加えてつくると、プレイヤーは演奏の強さを変えることで、リアルタイムに歪みの深さをコントロールできます。なので「この音だったらどうするのがいい?」のか、それぞれの音で決定する必要があります。こういった細かい判断がサウンドデザインには欠かせません。この判断には、楽器に搭載するべきコンテンツを作るサウンドデザイナーのセンスが問われるところであり、腕の見せどころでもあるのです。
新しい形のドラムセット
FGDPは、ドラムの世界の選択肢を広げる可能性を多分に秘めた楽器である。従来のアコースティックドラムとフィンガードラムの新たな世界との融合は、搭載しているサウンドやエフェクトだけにとどまらない。アコースティック・ドラム・キットで確立されている典型的なドラム奏法から得たヒントを、この新しいインターフェースへ丁寧に組み込むことで、これまでアコースティックドラムを演奏してきた人、目下フィンガードラムを楽しんでいる人、そしてこれから新たに「ドラムの世界」の扉を開こうとしている人に、ドラム演奏の楽しさを手軽さと共にその奥深さまで提供している。
開発者たちに、彼らの長年にわたって育み共有してきた高度な音楽文化を、いかに音楽を演奏するための楽器として、 FGDP にも反映したかを語ってもらった。
鎌田:
FGDPシリーズには、様々な音楽ジャンルに適したプリセットがたくさん用意されています。例えば、ロックのプリセットでは、ロックに適したサウンドが揃っているだけでなく、8ビート(8分音符のリズムパターン)のロックリズムを演奏しやすいように音色が配置されています。親指でキックドラム、人差し指でスネアドラム、中指でハイハットを叩くという、FGDPにおける基本の型に沿ったものです。
ただし、音楽ジャンルによってはこのような配置だと叩きにくい場合もあります。例えば、クラシックな 4 ビートジャズでは、一般的にロックよりもライドシンバルとフットハイハットが頻繁に使用されるため、ロックプリセットの音色配置はジャズには適さないかもしれません。なのでジャズプリセットでは、ロックプリセットのクラッシュシンバルの位置にライドシンバルを割り当てていて、中指でライドシンバルを、人差し指でフットハイハットを叩きやすい配置にしています。
FGDPでは、様々な音楽ジャンルを快適に演奏できるように、それぞれに適した音色配置をプリセットしています。ぜひ試してみてください。
三浦:
ジャズ以外にも触れると、たとえばEDMのプリセットでは、より創造的な音のアサインをしています。EDMでは、その音楽ジャンルの特性上そもそもタム回しをすることはあまりないので、タムではなく迫力のある効果音を配置したりしています。
フィンガードラムの世界ではもともと、グリッドレイアウト(格子状に並んだ配置)に対して、プレイヤー自身で叩きやすいカスタムを考えて音を配置していくということが一般的です。FGDP では、各パッドの位置、形状、大きさ、音の組み合わせがそれぞれ音楽的な役割を視覚的に示唆しているため、グリッドレイアウトのパッドにはない直感的なわかりやすさを体感できると思います。実際にアーティストの方にFGDPを叩いてもらうと、音と配置の関係を瞬時に把握して、すぐに演奏を楽しんでもらえました。
岡野:
とはいえ、プリセットは、あくまで私達からの提案です。ユーザーは、ひとつひとつのパッドに自分で好みの音をアサインすることもできます。プリセットを試してみて、任意のパッドの音を変更したり、音の配置を変えたりしたい場合は、カスタマイズして自分専用のキットを作り上げていくこともできます。
三浦:
なお、プリセットにおけるパッドへの音のアサインや連携については、実際のドラム演奏の在り方を考慮して作り込んでいます。たとえばアコースティックドラムを演奏する場合、同じ楽器の状態違いであるオープンハイハットとクローズハイハットの音が同時に鳴るということは物理的に不可能です。演奏した際に、音楽的に不自然な音の出方にならないように、パッドへの音のアサインを考えて設定しています。
その他、2 つの異なる音をアサインしたパッドをリンクさせておくことで、1つのパッドを叩くだけで2つのパッドを同時に鳴らすこともできます。これにより、タンバリンやスネアの音にハンドクラップ(手拍子)を追加するなど、プロもよく使う手法を取り入れることができます。このようなリンクも自由に設定することができます。
最後に、シンバルチョーク(鳴っているシンバル音を止めること)も、アフタータッチ機能により可能です。アフタータッチとは叩いた後にそのパッドを指で押し込むことですが、上位モデルのFGDP-50 ではチョークだけでなく、この指の押し込み具合で音の鳴らし方を変えたり、エフェクトを深くしたりするといったさまざまなパラメータをアサインすることで多彩な音楽表現が可能です(※FGDP-30のアフタータッチ機能はチョークのみ設定可能)。このようにアフタータッチも様々なユースケースで手軽に活用できるように作り込んでいます。
音づくりや演奏性について全体を通じて言えることは、やはり楽器は音楽を念頭に置いて設計されている、ということです。楽器が音楽とは無関係に存在することはありえない。だからこそ、人々が音楽を演奏する楽しみを、私たちは何よりも大切にしています。