柴田薫(しばた・かおる)

エレクトーン演奏のみならず、文章を書いても達者な、理論派で知られる柴田薫さん。エレクトーンのための現代曲の代表作である西村朗作曲「ヴィシュヌの瞑想Ⅱ」との運命的な出会いなど、節目節目に訪れた出会いから得たこととは?

—柴田さんが現代曲を演奏されることになったきっかけは?

大学を卒業した当時、やるべきことがわからずプータローだったんです。そんなときに、オペラの伴奏のお話をいただき、また、演奏研究会で教えていただいていた西村朗先生からは曲を弾かないかと声をかけられました。ちょうど全日本電子楽器教育研究会ができて2年目(1987年)で、シンポジウム用の委嘱作品だった西村先生の「ヴィシュヌの瞑想Ⅱ」を初演しました。

—「ヴィシュヌの瞑想Ⅱ」は、再演を繰り返し、エレクトーンのための現代曲の代表曲になりました。

西村先生は、まず、発売されたばかりだったHX-1を「どんな音が鳴るの?」と見にいらして、特徴をつかんでから曲を書き、楽譜を持ってきて「音は好きに作ってね」と。「ヴィシュヌの瞑想」にはⅠとⅡがあって、Ⅰはパイプオルガンの曲で、偶然ですが、私は安田紀子さんの初演を聴いているんです。Ⅱの最初の部分はⅠとほとんど同じです。オルガンと電子オルガン双方の要素を併せ持つ曲で、音の長さが明確に決まっていなかったり、奏者に自由が与えられています。エレクトーン奏者を信頼していないとあの曲は書けない。いろいろな人が演奏していろいろな味が出て、なおかつ形になる曲。ということは、西村先生はエレクトーンという楽器の要素をわかって作ってらっしゃる。しかもデジタル以降のエレクトーンをも早々に見通していたのだと思います。

—エレクトーンとはいつ出会われたのですか?

小学校1年のときです。それまではおもちゃのポータブル鍵盤をひとりで遊び弾きしていて、「習わせてほしい」と母親に頼んだらエレクトーンスクールに行くことに。ほかの人より1ヵ月遅れでグループレッスンを始め、1曲目の「ちょうちょう」を両手と左足ですんなり弾けたんですよ。2曲目の「かっこう」の3拍子ですぐに挫折しましたが…。でも、左手を和音のかたまりで弾くことに抵抗がなく、和音感がすんなり入ってきてうれしかったんだと思います。「エレクトーンは鍵盤が3段もあって足もあるんだよ」ってひとりで得意がっていました。

—それから、あとは順調に?

そんなに順調ではなかったです。幼児科のような導入期を経験していないので指が弱かったり…。エレクトーンはジャンルが幅広く、いろいろな出会いがありましたが、そのたびに自分は何も知らない、と思うことが多く、人に言われてというより、そのつど自分で調べたり、勉強してきました。小学5年の頃ドラムの先生に憧れて習い始めたり、高1で入った演奏研究会では、すべてを一からやり直しました。若い頃から鼻っ柱が強かったので、やってやるぞ、と何も根拠はないのにやっていました。

—今では大学で教える立場でもあります。

学生も私と同じような経験をしてきています。ヤマハの中ですくすく育ってはきたけれど、外の世界を見たら「あれ?」みたいな挫折を感じることも。私は何歩か先を歩いているので、アドバイスができるかな、一緒に考えようという感覚で接しています。自分のエレクトーン観とか音楽観を押しつけるのではなくて、伝えてみて響くものがあったら拾ってね、というスタンスです。

—家庭を持たれ、仕事への取り組み方など、変化はありますか?

子育ては時間との戦いで、毎日バタバタです。以前はエレクトーンでやれることをやれるだけやろうとしていましたが、どうしても時間が限られるので、大事なことをピンポイントでシンプルに、集中してできるようになってきたと思うんです。私のエレクトーン1台と共演者という演奏を中心にやらせていただいていますが、引き算を意識するようになりました。「この音を出してね」と言われたとき、その音を出していくのではなく、ほかの音を絞り、コントラストをつけることができるようになりました。また、音色選びも音色名からくる先入観なしに、鳴らしたいところには鳴る音色を、といったアプローチも体験を活かしてできるように。エレクトーンは年齢を重ねてさらによくなっていく楽器だと言いたいですね。

—最後に、柴田さんにとってエレクトーンとはなんでしょうか?

エレクトーンは弾く以前に、音楽を「分析」して「統合」していく、そんな思考回路ありきの楽器。音楽に限らず、ずっと生きてきた中で、あらゆるところでそういう「思考回路」になってきているような気がします。また、エレクトーンで「歌う」とき、1本のメロディーラインを歌うのと違って、伴奏の要素や対旋律、ベースラインなど、音楽の総合的なところで歌える魅力があると思うんです。それはソロでも、アンサンブルでも同じで、それができ得る、チャレンジしつづけたい楽器だと思います。