塚瀬万起子(つかせ・まきこ)
全国の学校を巡回し、子どもたちに生のオペラ体験を届ける文化庁主催“本物の舞台芸術体験事業”の『カルメン』では、伊藤佳苗さんとともに100公演を優に超え上演。エレクトーンによるオペラの伴奏に力を注いできた、いつも前向きなパワーの秘密とは?
—オペラの伴奏では、どのような作品を演奏してこられましたか?
数えてはいないのですが、プッチーニ、ヴェルディの作品はだいたいやってきたかと思います。そのなかでも私は『蝶々夫人』が好きですね。それと特別な想いがあるのは『カルメン』。文化庁の学校公演を12年続けていますから、年に10本として単純計算しても120公演していることに…。大型バス2台に50人ほどのキャストとスタッフが、学校の体育館や講堂、時には何校か合同開催で地域の大きなホールに出向いて公演します。参加型公演でもあって、子どもの合唱や行進の場面などに生徒の抽出メンバーが参加します。公演は、大道具さんが舞台を作り、藤原歌劇団の一流の歌手が衣装を着けて演じます。生の演奏を聴くというのは、臨場感と感動があって、いいことだと思います。子どもたちの反応も毎回違って、面白いんです。
—ピアノとエレクトーンを始めたのはいつからですか?
ピアノは6歳から、エレクトーンは小学校4年生ぐらいから始めました。ピアノはクラシックだけですが、エレクトーンはポップスとかジャズとかいろいろなジャンルのものを弾くことができて、純粋に楽しかったですね。先生が、ピアノもやっているなら譜面は読めるでしょう、とメロディーとコードを書いた楽譜を渡されて、初めて弾いたのが「青い影」。エレクトーンを始めたおかげでコードネームも読めるようになり、即興演奏を実践的に学べました。小6から中3までドラムも習って、エレクトーンのアンサンブルの発表会で叩いていたんですよ。ジャズが好きで、今もミッシェル・カミロや小曽根真のライヴなどに出かけています。
—エレクトーンのコンクールにも出場されていたのですか?
ジュニア部門に、ポピュラーで出たり、クラシックではオペラの重唱もののオーケストラ版をエレクトーンでアレンジしたりしました。テクニックの面はピアノで鍛え、作曲やアレンジはエレクトーンで学びました。ピアノを演奏する際にも、ブラームスのソナタなどはシンフォニックですから、ここはティンパニーの要素かな、木管の要素かな、などと具体的に音色感が見える。それはエレクトーンによって養われたのだと思います。大学はピアノ科に進学し、エレクトーンはお休みしてピアノに集中しました。厳しい先生の下、ひとりで勉強しているとテクニック面に走りがちで……。ところが、先生は「それではダメだ、幅広く」と。卒業後、仕事でオペラ伴奏を始めてから、アンサンブルのタイミングや息遣い、加えて楽曲のフレーズ感など、いろいろなことがわかるようになりました。ひとりで100回練習してもわからなかったことが1回の本番でわかる。一歩下がって全体を見られないと、ソロの演奏家としてもダメなんですよね。先生のおっしゃった「幅広く」という意味もようやくわかりました。
—エレクトーンとの再会は、どういう経緯で?
作曲家の菊地雅春先生との出会いからです。中学時代、グレード4級の試験官が菊地先生だったのですが、いい点数をいただいて、それで先生が覚えていてくださった。大学卒業後、先生にお会いする機会があって、「エレクトーンシティというところでオペラの演奏会をするんだけど伴奏をやってみないか」と声をかけくださったんです。オペラをエレクトーンで演奏するのはそれまで知らなかった新しいジャンルで、カルチャーショックでした。スコアを見て演奏すると言われたのも新鮮な驚きがありましたが、今では、音楽の進行やボリューム感が直接つかめるのでスコアのほうがわかりやすく、ピアノ譜だと心許ない気がしています。
—オペラ伴奏での指揮者の役割とやりとりなど、お話しいただけますか?
棒ひとつで空気を自由自在に操る、それが指揮者の仕事。指揮者によって音楽がガラッと変わるんです。一緒に演奏して楽しいのは、素晴らしい指揮者によって自分が持っている以上の演奏ができる時です。うまくいかない時ももちろんあります。そういう時はどう修正すればいいかが身につきます。指揮者とやりとりする場合も、言葉でなかなか伝えられない部分はあるので、実際に弾いて調整していきます。レジストは自分の狭い部屋で作っているのとホールで鳴らしたのでは全然違う。その対処法も経験でわかってきました。エレクトーンは個々の音色の調整も大事ですが、何よりも音楽の基礎的な部分、フレーズ感や音楽観が大事なんです。
—最後に、塚瀬さんにとってエレクトーンとは?
演奏することによって音楽の美しさ、素晴らしさを感じられ、お客様と共有して喜びを味わえる、自分自身を表現することができるパートナー。演奏は瞬間的なもので、研ぎ澄まされた感覚のなかの真剣勝負です。苦労もあるけれど、どういうふうに演奏したらいいかもわかってきた今は、すごく楽しいですね。