杉田香織(すぎた・かおり)

好奇心旺盛な杉田香織さん。さまざまなチャンスを自らつかんで、“やりたいこと”を広げてきました。オペラや合唱の伴奏、福井で企画する「お寺コンサート」など、音楽やエレクトーンの楽しさを人に伝えたい気持ちと楽しいことへの探求心は止まりません。

—エレクトーンを始めたきっかけは?

中学2年の終わり頃、母が趣味でエレクトーンを習いはじめたんです。私は3歳でヤマハ音楽教室に通いはじめ、5歳からはクラシックピアノの個人レッスンに通っていました。エレクトーンに触ってみたら楽しくて、同じ先生にピアノからエレクトーンに変えてもらい、習いはじめました。中学の部活では卓球をしていて、高校のスポーツ推薦の話もあったのですが、「音楽のほうが楽しい」と思って、音楽高校を受験しました。

—どういったレパートリーを演奏されてきたのですか?

高校3年生まではEL-900mを使って私のペースで既製曲を中心に弾いていましたが、上京して昭和音楽大学に入学してからは、作曲家の秋透先生に就いて、STAGEAでクラシックのレパートリーに取り組みました。中学2年までクラシックピアノを学んでいたことが、とても役に立っていると思います。個人レッスンでも学ぶことは多かったですが、指揮者の先生の指導によるアンサンブルのレッスンで友達と演奏する楽しさを知り、大きな影響を受けました。

—大学では、さまざまな公演を経験されたのですね。

3年次から新百合ヶ丘に移転後大学がさまざまなトライアルを企画し、学内のバレエ公演をハイブリッドオーケストラで伴奏するための授業も始まったんです。私は子どもの頃バレエを習っていたので、知っている曲の伴奏が楽しくて、積極的に取り組みました。テアトロ・ジーリオ・ショウワでの柿落とし公演など、演奏の機会があれば「やります!」と手を挙げて、進んで出演させてもらいました。1年先輩の佐々木果奈さんとは2台アンサンブルを組んで、学生時代から一緒に演奏してきていますから、息もぴったりです。

—オペラの伴奏もされています。

オペラ公演で小道具を手伝わせてもらったことがあるんです。裏方の仕事は大変でしたけれど、演奏するだけでは知り得ない、たくさんの人が動いて一つの作品ができる過程を体験しました。これがきっかけで、オペラ伴奏に興味を持ちました。学生時代に副科でお世話になった声楽の先生に「オペラがやりたいです」と言い続けて、演奏のチャンスをいただけて、オペラデビュー。その後、2016年9月の群馬オペラ協会公演「榛名湖・野外オペラ『カルメン』」でも演奏しました。夕焼けから始まって夜にかけて演目が進んでいくという、ヨーロッパでは定着しているスタイルの野外公演で、照明の変化だけでなくて日が落ちてゆく自然も生かした素敵なステージでした。

—エレクトーンの魅力とはなんでしょうか?

中学の時にエレクトーンを触ってみて、私は何よりもベース、足鍵盤に感動したんです。習いはじめてすぐに高校受験で必死になって勉強。大学に入ったら、音色作りやアンサンブルとまたゼロからのスタートで友人に支えてもらいながら必死で勉強。エレクトーンは、掘り下げれば掘り下げるほど、いろいろな角度から挑戦を突きつけられます。どんどん進化していく楽器ですから、好奇心を頼りにそれに食らいついていきたい、勉強したいと思い、長く続けてこられたのかもしれません。ジャンルもクラシックはもとより、地元福井で始めた「お寺コンサート」では、近隣の方に馴染みのある歌謡曲や昔の曲を選曲していますし、幅広い。STAGEAカジュアルを持ってどこへでもいけて、いろいろな方たちと交流できます。

—杉田さんにとってエレクトーンとはなんでしょう?

今まで私が生きてきた中で、進路で思い悩んでいたときに、いつもきっかけを与えてくれたのがエレクトーンでした。いろいろな人と出会い、つながりを作ってこられたのも、エレクトーンのおかげ。これからも「エレクトーンって楽しいんだよ」「音楽って楽しいよ」ということを、聴く方たちに伝えていきたいと思っています。いつか、福井のコンサートホールでオペラハイライトを演奏することが目標です。

【2020年10月インタビュー】