伊藤佳苗(いとう・かなえ)
音大卒業直前にエレクトーンと出会い、新たな音楽人生がスタートして30年。とくに合唱の分野ではパイオニアとして多くの合唱団からの信頼を集めている伊藤佳苗さん。最近では指揮も始められ、コロナ禍を経て、さらに音楽の幅を広げていらっしゃいます。
—合唱のエレクトーン伴奏は、伊藤さんが始められた当時は新しい試みでした。
最初は父(指揮者・伊藤榮一氏)の合唱団で弾いてみないかと誘われて、海津幸子さんとご一緒させていただきました。声とエレクトーンの音が混ざり合い美しい音色と響きになってホールいっぱいに流れました。とくにオーケストラ伴奏の合唱曲は、広がりがあっていいなと思いました。その演奏を聴いてくださったいろいろな合唱団の指揮者や合唱団の方たちが「すごく面白い」と声をかけてくださって、演奏するようになりました。一度演奏すると、次も、ということで増えていきました。本番の1週間前くらいに1回リハーサルをしますが、「この合唱団には低音があるほうがいいな」とか、「内声を豊かにすると歌いやすそう」というのを見極めて、音色を作り替えて本番に臨みます。数多くの合唱団を巡り、関わったことでいろいろ勉強になり、演奏がますます楽しくなっていきました。
—合唱団によってそんなに違いがあるのですか?
同じ曲でも違います。人数や年齢の違いもありますし、指揮者の曲の作り方も違います。そのポイントがわかってくると演奏も変わります。合唱団のメンバーも、「ここは頼っていいんだな」とか「ここはしっかり歌わなければ」といった意識が生まれてきます。ポピュラー系の曲ではリズム作りが難しいですね。同じテンポでずっと流すというのでは、合唱らしい呼吸感が失われてしまいます。リハーサルでブレスの場所やテンポを確認して、小節ごとにテンポを変えたり、ブレス時に一回止めてまた入れたり、緻密に作り込んでいます。呼吸が合うとすごくうれしいんです。伴奏というより、アンサンブルと捉えているので、一曲一曲楽しんで演奏しています。今では、当たり前のように、多くの合唱団でエレクトーンを使っていただけるようになりました。
—エレクトーンを始めたことは、ピアノの演奏にも生かされているのでしょうか?
ピアノは“弾き方で音色が変わる”楽器です。どうイメージするかが大事なんです。エレクトーンでは、“音色によって弾き方は変える”ものですよね。弦だったら弦らしく、フルートだったらフルートのように。ピアノも同じようにパッセージによって弦の弓の動きやフルートの息遣いをイメージして弾くと音色が変わるんです。イメージがなければ思った音は出ない。どんな楽器でも音楽表現、想いは同じ。基本は歌なんですね。心の中で歌えることがすごく大事です。エレクトーンを始めて、思って弾く、それを同時に行えるようになりました。ピアノのタッチはエレクトーンの演奏にも活かされますし、双方に影響し合い、活かし合える楽器だと思います。
—演奏を始めて30年とのこと。この間、何か変化はございましたか?
実は、コロナ禍で自分を振り返ることができ、音楽に取り組む姿勢が変わりました。2020年、この年は私にとって特別に激動の年でした。とくに、緊急事態宣言ですべての活動が止まり、いろんな意味で気持ちを切り替えなければいけなかったのです。私自身は、「明けない日はない!」と信じていました。道を歩くご近所の方たちの表情が寂しそうで暗く落ちたのを見て、「コロナが明けたらみんなが元気な住宅街にしたい!」と考えました。それまで、コンサートの場で発信することだけをしてきたのですが、もっと身近なところでできることがあるんじゃないかと。さっそく音楽健康指導士やリトミックの資格をとり、さまざまな企画を考え、動き出しました。ひとつは「サンテ・ミュジカ」という、地域の集会室でご近所の方々を集めて行う健康と音楽の企画。3年前から始めて月に2回を継続され、みなさんとても元気になられました。あとは、大学を卒業した教え子と一緒に「名曲音楽館」というシリーズを年に2回行っています。名曲をピックアップして曲の物語を朗読したり、内容をお話ししながら演奏する会です。これに関連して子どもたちを集めたワークショップも行っています。あとは、zoomを使って「ムジカバヴァール」というコミュニティを立ち上げ、ピアノやヴァイオリン、声楽の先生を含めたリモート勉強会をしています。これらの活動を行うのに楽器はとくにこだわっていなくて、そこにあったもので自分を出していきたいと考えています。
—エレクトーンの今後に期待することは?
最近は、音楽全体を見渡せるようになったというか、楽器は自分を伝達する媒体に過ぎないとも思うんです。エレクトーンはその大事な媒体の一つですね。出会ったときから、自分が思う素敵な音が出せる、出したい音を作っていけるという楽しさがあって、それがずっと続いているのだと思います。エレクトーンは自分が出したい音を追求できる楽器です。私がこうだと思っている音は私にしか出せないのです。たとえば、弦楽器がフーッと柔らかく入ってきて響き渡るといった、弱音を美しく繊細に弾きたい。これからも、奏者の音楽に寄り添ってくれる楽器として、進化していってほしいと思います。
【2024年11月インタビュー】