ヤマハ | 塚瀬万起子(つかせ・まきこ) - エレクトーン演奏家インタビュー

塚瀬万起子(つかせ・まきこ)

6歳からピアノ、9歳くらいからエレクトーンを始め、それぞれのエッセンスを並行して育んできた塚瀬万起子さん。ピアニストとして活動しながら、エレクトーンによるオペラ演奏などの活動を意欲的に行っています。

—ピアノで作曲家や音楽史といった座学、超絶技巧の楽曲を弾くための技術的な勉強をされ、エレクトーンではさまざまなジャンルの曲を弾いて、即興演奏も身につけられました。

音大では数多あるピアノ曲を弾きこなしたいという思いでピアノに専念しました。卒業してエレクトーンで演奏する機会をいただいてからは、エレクトーン用にアレンジされた譜面ではなくスコアを読みながら演奏し、スコアリーディングをするようになりました。それが転機でしたね。オーケストラ音楽の魅力を知り、演奏の幅が広がり、自分自身が音楽的に豊かになったように思います。おこがましいのですが、大規模なオーケストラ作品が自分の手の内に入るように感じられて楽しいんです。スコアを見るようになって、ピアノを弾くうえでも意識が変わりました。ピアノでオーケストラパートを弾いてヴァイオリンの方と合わせたりしますが、ピアノ用に編曲された譜面を見ながらオーケストラのスコアをイメージし、実際の楽器を想定しながらフレーズに合ったタッチや音色を工夫できるようになりました。エレクトーンを弾いていた経験で、ここはどんな楽器だろう、と自然に頭の中で考えられます。ピアノだけやっていたのではできなかったかな、と思いますね。

—順調に活動の幅を広げていらっしゃったなか、大病をされたとうかがいました。

10年ほど前、エレクトーン2台を使って全国各地でオペラを巡回上演する演奏旅行に2週間ほど出かけていたときに、具合を悪くしたのです。ツアー中で、薬局で薬を買って凌ぎながら最後の昼公演までやり遂げてその足で夜、羽田空港に着いたときには呼吸が苦しく脈は速く、歩くこともできない状態で救急搬送されました。ひどい肺炎でした。2カ月間の入院で医療技術も人間的にもすばらしい主治医の先生に助けられました。肺は真っ白で水が溜まり、先生も命を助けられるのかとても心配したらしいです。気管挿管して、管が取れてからも強力な酸素吸入で夜は眠れないし、あちこちに管がつながれてとても苦しかったです。ある程度良くなった頃、先生が「院内コンサートをしてくれないか」と声をかけてくださり、私のために練習用のキーボードを用意してくださったんです。治療の合間、リハビリを兼ねて病室の前の廊下で練習をしていると、入院患者さんが集まってくるように。リクエストされ、そうなると自分の練習よりそちらに応えたくなるんです。もちろん譜面は持ち込んでいなかったので、皆さんがよく知っているメロディーにコードをつけた即興演奏です。小さい頃からエレクトーンでいろいろな曲を弾いて、コードネームを勉強していなかったらできなかったことだなと弾きながら思いましたね。看護師さんの中にはフルートを吹く方もいらして、昼は廊下でミニコンサート、夜は看護師さんに呼ばれて院内コンサートのリハーサル。院内コンサートではこれも弾いてあれも弾いてといっぱい楽譜を持ってきちゃって、先生が「こんなに弾くとは思わなかった、大丈夫なのか」って。休憩を挟んで、コンサート中に酸素濃度を測りながら、また始めるという感じでした。

—得難い経験でしたね。ご自身が音楽家であるというお気持ちもより強くなった?

それはありますね。患者さんたちが喜んでくださるのを間近で感じられ、うれしくて。皆さん時間になると廊下に椅子を持ってきて、待っているんです。ベッドから起き上がれない方も、廊下から聞こえてくる音楽に耳をすませて、「ここで生演奏が聴けるなんて」と涙ぐまれていたと。大ホールでの演奏会はもちろん非日常性があってワクワクするものなのですが、身近にみんなで演奏を楽しめて、音楽の原点ってこういうことだったのではと思いました。音楽的にも人間的にもご縁を大切にして、応えられるものには十分応えられる演奏家でいたい。楽しみながら努力を惜しまず、今後も続けていきたいと思います。

—近年は、“他楽器とのコンパクトなオケ”での演奏に力を入れているとうかがいました。

そうですね。エレクトーンとアコースティックな弦楽器や打楽器、ピアノなどが加わった編成では、エレクトーン2台よりオーケストラの人数の厚みや重量感といった相乗効果があります。たとえば弦楽器ですと多人数感が出てきますし、打楽器ですとアンサンブルに立体感が出てくる。その相乗効果を意識することでエレクトーンの存在感も増してきます。もちろん、演奏上の注意点もあって、楽器による発音の違い、音の出方や呼吸感が違うので、細かい部分で慎重に呼吸を合わせなければいけません。指揮者は音楽の方向性や棒一つで空気が変えられて、音楽を作るうえでの力は大きいんですね。ただ、その前にメンバー同士、演奏者同士のコンタクトがうまくいってこそ、いいオーケストラだと思うんです。そこがまた、演奏者にとっての楽しさでもあり、家で一人、音を作っているのでは経験できない、現場で実践して体験できること。何よりホールでの響きが重要だと思っています。

エレクトーン自体も複雑に進化していていろいろなことができ、多彩なアンサンブルになってくると、最後のまとめとして、ホールで全体の音を調整する音響の方の存在がとても重要になります。演奏は瞬間的なものなので、研ぎ澄まされた感覚の中の真剣勝負です。アコースティックなものも電子的なものも声も混ざった演奏を、よくわかっている専門家の方が調整してくださると安心して自分の演奏に集中できます。そういった音響技術の進化を最近よく感じます。お客様の評判もいいんですね。音響的にもすばらしかったという感想をときどきいただきます。今現在のエレクトーンをあまりご存知なかった方が、「魔法の楽器ですね」と呼んでくださったことがあって、それはうれしかったですね。

—これからのエレクトーンにご要望はありますか?

何百年も前の作曲家が書いた譜面は、作曲家が残した言葉であり、手紙だと思うんです。それが残っていることに感動します。複雑かつ繊細に進化してきたエレクトーンは、今後も開発は進んでいくと思います。ただ、機能に踊らされてしまうのではなくて、人間の温かさが感じられ、気持ちが音楽をとおして届けられる楽器であってほしいと思いますね。

【2025年1月インタビュー】

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