清水のりこ(しみず・のりこ)
日本を代表する作曲家の三枝成彰さん、服部克久さんや指揮者の井上道義さん、数多くのオペラ歌手の皆さんからの信頼も厚い清水のりこさん。ダイナミックな演奏とともに、そのアグレッシブな音楽活動は注目を集めています。
—前回の演奏家インタビューから十数年、オペラを中心にクラシックの世界で、エレクトーン演奏の第一人者として、単身、走り続けてこられました。その仕事の質と量に驚かされます。
自主企画のオペラ公演を終えた頃から、これまで以上にさまざまな仕事のご依頼をいただけるようになりました。毎回、いただいた仕事に食らいつき、自分に足りない部分を指揮者やコレペティの方たちにレッスンを受け、本番を乗り越えるといった状態でもあり、必死でした。そんななかでも、東京オリンピック2020を控え企画された「2019-20オペラ夏の祭典Tokyo ⇔ Japan ⇔ World」というオペラプロジェクトのプレイベントが、一般の方たちに、オペラを気軽にご覧いただこうということで、2018年、2019年のオペラの日(11月24日)にKITTE東京の広場で開催されました。朝岡聡さんの司会で名だたる歌手やゲストがそろった華やかなイベントでした。この催しは六本木ヒルズでも開催され、延べ数万人の方にご覧いただけました。東京都も発信した公の場に、東京文化会館の方が私の演奏を知ったうえで依頼してくださったことに感激しました。
—たくさんの貴重な出会いがあったのですね。
三枝成彰先生は、20歳からCDを聴き込み、コンサートや東京でのオペラに九州から足を運んで聴いていた憧れの作曲家で、今こうして新作オペラや新作の初演、『哀しみのモーツァルト』などのプロデュース公演でご一緒できるとは想像していませんでした。夢が叶いました。先生の現場はどこよりも一番厳しく、周りは厳しい中生き残った演奏家ばかりで、エレクトーンを弾くのは並大抵の努力では通用しないですが、まだまだ鍛えられています。また、その三枝先生がご紹介くださった服部克久先生は2020年に旅立たれる前の5年ほど、音楽畑コンサートやBS番組『Sound in ”S”』などでご一緒できました。慈愛に満ちた方、柳のようにしなやかな方でした。緊張させない雰囲気を作ってくださっていて、周りの演奏家の方は皆さんリラックスして柔軟なすばらしいパフォーマンスをされる。柔らかな心で音楽を優しく楽しむ、愛おしむことを学びました。お二人以外にも、ラ・フォル・ジュルネ2024でもお声がけいただいた指揮者の井上道義さん、多くのオペラ歌手、演奏家、演出家、専門家の方々、さまざまな現場で多くの貴重な出会いと学びがあり、仕事が広がりました。
—清水さんのダイナミックな演奏と表現力が評価されての起用です。
エレクトーンに発注いただくときは、オーケストラを呼びたいけれど難しい、という状況が現実としてあると思います。つまり、現場で求められるのはオケ的なふくよかな音、華やかでしっかりした音なんですね。私の演奏を評価してくださったとしたら、おそらく子どもの頃からオーケストラを生でよく聴いて音や表現が自然に耳に残っていることもあるのかなと思います。今もベルリン・フィルやウィーン・フィルなどの公演、オペラやバレエなど足を運んでいます。一流のオーケストラは中音域がものすごく豊かで音が柔らかく、歌手の声を殺さない、ソリストを殺さない。エレクトーンの世界でのいい音もありだと思いますが、オーケストラのいい音がわかる耳を持つことは重要だと思います。また、20代後半に指揮者のフォルカー・レニッケ先生に幾度かオペラや楽曲のレッスンを受けたときに、低音で歌えと。ただ低音を鳴らすのではなく、そこを土台に音楽を作るようにと。実際、すばらしい指揮者のもとで演奏したときに、若い下積み時代の点だった経験がつながり、「こういうことなんだ」と実感しました。同時にもっと本質を究めたいと自分に求めることが多くなってきました。
—近年は、ますます仕事の幅を広げていらっしゃいます。
本格ミステリー作家・島田荘司さんが作曲/台本を手掛けられた2023年のオペラ『黒船~阿部正弘と謹子』にも参加しました。2026年には再演も予定されています。一度聴いたら口ずさんでしまうような心に残るいいメロディーなんです。才能ってすごいなーと本当に驚きました。初演後に先生が「黒船は清水さんと作っていきたい」とおっしゃってくださったことは喜びでした。
2024年のヤマハホールでのオペラ『カルメン 情熱の恋』は、400年の歴史を持つオペラに、それを凌ぐ600年の歴史の狂言がミクスチャーされ、そこに誕生して65年のエレクトーンが参加しました。互いの文化を尊重しながらストイックな稽古を重ね、すばらしい歌手と演出家、演者、スタッフのチームワークによる相乗効果で、大きな化学反応が生まれました。同じ形態でほかの作品を!という声に応え、2025年5月に、前回と同じ三浦安浩さん台本/演出で『トスカ 時空を超えて』を上演することになりました。プッチーニの音楽の真髄に迫りながらも「こんなオペラの楽しみ方もあるよね」とお客様に喜んでいただける舞台になると確信して、稽古に取り組んでいます。
そのほか、名だたる企業が芸術家を支援する育藝会の公演のほか、新しい団体からもご依頼いただくことも多く、大変なこともありますが、子どもの頃から思い描いていたような、音楽と苦楽を共にする生き方ができているのは幸せだと思います。ホールでお客様の感情を直に感じて演奏できる、とくに歌のパワーを浴びてお客様が皆さん元気になって笑顔で帰っていかれる、それがうれしいです。
—清水さんの夢は?
夢はあります。エレクトーン独奏伴奏によるオペラをもっと究め、芸術性を高めたい。そして、三枝成彰先生のオペラ『忠臣蔵』の第3幕にたまらなく好きな音楽・シーンがあり、それを一つの舞台にして、その音楽を弾きたい。それはやり遂げたいです。
【2025年2月インタビュー】