長谷川幹人(はせがわ・みきひと)
「なんでもできるのがエレクトーン」を武器に、ジャンルを選ぶことなく自身のアレンジ力と演奏力で活躍の場を広げてきた長谷川幹人さん。その対応力の秘密に迫りました。
—ご出身は北海道函館です。どんな少年だったのですか?
ヤマハのお店の方が営業で家に来て、“4歳になったらヤマハ音楽教室に行こう!”という当時のキャンペーンそのままに、勧誘されて入会したんです。冬の雪道を吹雪のなか、母と通ったのを今も思い出します。小学校4年か5年の頃、家に帰るとエレクトーンがあるので、集まった友達とよく“劇伴ごっこ”をして遊びました。その日あったこととか、他愛もないことを歌詞にして曲を即興で作って、一つの物語を作るんです。子どもの頃はその場でしかできない物語をただただ作って遊んでいたので、ちゃんと覚えているものはないのですが。エレクトーンをおもちゃがわりにして遊んでいた感じです。それが、現在、仕事をするうえで、オリジナルミュージカルづくりと直結していて。子どもの頃と一緒の感覚なんですよね。
—ミュージカルをオリジナルで作る場合、どのように作っていくのですか?
宝田座の場合、『宝田明物語』では、宝田明さんの生い立ちを語るミュージカルの音楽を任されました。脚本をもらって、通し稽古をしていく中で、音楽をつけたり音をつけたりしていきます。ありものの曲がいい場面、誰も知らない曲がいい場面とあるので、その場その場に応じて即興で弾いて、それを後でスコアにしていく形です。これが「ひとりミュージカル」というシリーズになって、その後、何作か作られています。ミュージカルの場合、クラシックやジャズ、あるコーナーではシャンソンが入ってみたり……。ジャンルは多彩です。実は、大学を卒業する頃からコンサートで弾かせていただく仕事を始め、どなたかと一緒に演奏する機会が増え、悩んだこともありました。エレクトーンのアイデンティティというか、「エレクトーンの音って何?」と聞かれたときに、エレクトーンはこうって、自分は言えなくて。でも、ある方が「エレクトーンという音はないかもしれないけれど、なんでもできるのがエレクトーンじゃないの」って言ってくださって。それで吹っ切れて、自分は、「なんでもできる」を武器にしていこう。誰かに何かを頼まれたときに、できませんと言わずやっていくのが自分らしさではないかと決めました。
—オーダーされて、できないことはないのですか?
その“音楽”や“音”が全くわからないということもないので、感覚というか、そのときの直感を頼りに取り組んでいく感じです。効果音的なものの場合、そのままでは無理でも、「こうすることはできます」と提案しながら作っています。エレクトーンがアナログだった小さい頃から、想像で音を作って弾いたりするのが大好きでした。小学校高学年からは札幌の演奏研究会に一人で通って佐々木昭雄先生のジャズの手ほどきを受けたり、EFに憧れていた頃は、会場に聴きに行ったり、テープをもらったりして、すごくかっこいいと思った曲や気に入った演奏をひたすら耳コピして、「同じエレクトーンなのだから、同じ音が出るはず」とレジスト組んで、弾きまくっていました。窪田宏さんのコンサートへ行ったときも、両足ベースを見て、聴いた感覚でこう弾いていたのかなって。エレクトーンに限らず、オケでもなんでも、いい演奏だなと思ったら、エレクトーンでどうしたらいいんだろうと真似するのが好きだったんです。だから今も、「この曲楽譜はないんだけれど、こんな感じでやりたい」って音源をいただいたら、「おっ!」と思って、ちょっとワクワクするんですよね。
—エレクトーンが大好きなのが伝わります。なかでもお好きな音色は?
VA音源を僕はよく使っています。ホリゾンタルタッチで敏感に変化する音があって。意外性が期待できる。たとえば左手もベースも弾かなくて、その音一本だけでメロディーを奏でられる、そういう瞬間があってもいいですよね。1個の音でもいい、全部鳴っていなくてもいい音楽はある、と最近思いますね。そういえば、2025年2月に、愛媛県の坊ちゃん劇場で、世界的なバレエダンサー針山愛美さんと『瀕死の白鳥』をご一緒させていただいたのですが、チェロやピアノの音色ではなく、宇宙的な世界観の音色でアレンジしました。そのときVA音源も使いましたね。
—近年は、鍵盤ハーモニカでコンサートもしていらっしゃるのですね。
中学時代、高校時代と吹奏楽部で吹く楽器の経験があることと、函館時代にお世話になった前川マキコ先生のご主人の松田昌さんも鍵盤ハーモニカをされていたのが刺激になって。エレクトーンにずっと座って弾いているだけじゃなくて、もうちょっと人と触れ合いたいなと思ったんです。大学の後輩たちとバンドを組んでコンサートを主催したときに、小学校にもご案内して、それがきっかけで仕事をいただいて小学校を回ったりしています。音を聴いて反応している子どもたちをダイレクトに見られて、それによって演奏を変えたりして、より生演奏の楽しさがあるので、やっていて良かったと思いますね。ソロコンサートでもエレクトーンで自分の演奏を流して、鍵盤ハーモニカを両手弾きすることもやっています。
—演奏活動30年余り、これからの目標はございますか?
なんでもできるエレクトーンということでこの30年余りやってきていますが、僕はこれまでエレクトーンの仕事で自分をプレゼンしたり、営業をしてきたこともなく、人との出会いで仕事が広がって、ありがたいことに今があります。周りの方たちにも、「集大成とか考えないの?」と言われるのですが、そういうところが自分は足りないんだろうなと。長谷川幹人という自分を出す、その集大成をと言われると考えてしまう。いまだに新しい出会いがたくさんあり、そこに集中しなければいけないことも多く、それが楽しいんです。
【2025年5月インタビュー】