西岡奈津子(にしおか・なつこ)
エレクトーンでしかできない表現を模索しながら、学校公演や市民オペラ公演を地道に続けてオペラの種を蒔いてきた西岡奈津子さん。気がつくと30年、実っています!
—ライフワークとなっている学校音楽鑑賞会、オペラ公演を全国津々浦々で演奏されています。
ある公演で歌い手を紹介されたとき、「私、あなたの演奏の『カルメン』を見ました」と言われたことがあって。ずっと続けてきているので、学校公演を観てオペラ歌手を目指したという方もいらっしゃるし、観ていた子どもたちが歌手になったとしても不思議ではないですよね。なかにはあるホールのスタッフになった方と仕事でご一緒したことも。その世代の方たちはオペラもエレクトーンも生で体験しているので、身近なこととして受け入れているうれしさがありますね。学校公演や各地の市民オペラ公演などを何も考えずに演奏してきましたが、種を少しずつ蒔いてきたことがずいぶん広がって、日常的になってきたという感慨はあります。
—2017年には新国立劇場でワーグナーの『ジークフリート』ハイライト公演に参加されました。
新国立劇場でフィンランド国立歌劇場の協力による『ジークフリート』公演の新制作が大劇場であった際、邦人歌手の方たちがカバーキャストとして控えていました。カバーキャストも第一線の歌手がそろっていて、本公演のプレ企画として中劇場で上演された『ジークフリート』ハイライト公演に小倉里恵さんと参加しました。指揮の城谷正博さんとは市民オペラでずっとご一緒していて、推挙してくださった。新国立劇場でのエレクトーンによるオペラ公演は初めてでしたが、劇場サイドも広報などで大きく扱ってくださり、観客の皆さんもスッと受け入れてくださいました。
—この公演がある意味、西岡さんのターニングポイントだったと。
ワーグナーのオペラはスコアが多層的で弦楽器のディヴィジ(ひとつのパートを多声に分ける)も多く、目が縦に追いきれないくらい。エレクトーン2台と打楽器で演奏するのはチャレンジングでした。時間をかけて音楽稽古を付けていただき、ワーグナー特有のライトモチーフ=“登場人物のテーマ”があって、メリハリを付けてテーマをデフォルメして弾くことで立体感を出すことができました。指揮者が、予想以上にワーグナーとエレクトーンは合うとおっしゃってくださいました。私はずっとオペラをやってきて、エレクトーンでしかできない表現をしたい、エレクトーンの良さが発揮できる時代や編成の演目をやれたらと考えていました。そういう意味では、一定の成果を示せた公演だったと思います。ワーグナーは映画音楽やゲーム音楽と共通するものがあるんです。モーツァルトやドニゼッティなどの編成が小さな楽曲は、逆にリダクションがシビアになり難しい。プッチーニ、ラヴェルなどのオペラはハーモニーが現代的で色彩感も出せるので、エレクトーンに向いていると思います。ワーグナーはもっと上演されるといいですね。
—スコアからリダクションして、そのスコアを見ながら演奏するのは大変なことでは?
私たちエレクトーン奏者に共通することですが、スコアリーディングに抵抗が少ないんです。幼い頃からいろいろなジャンルの曲を三段鍵盤で弾いてきたエレクトーン奏者の特性だと思いますね。即興演奏にも慣れているので、スコアをパッと見て、最小限の労力で最大限の効果を出すには、ここを取ればいいな、ここをこう弾くと気持ちよく鳴るなというのが自然に身についていて感覚的にわかるんです。リズムにしても、何となくとはいえボサノバっていうとボサノバのリズムパターンを弾けるし、サンバやビギンの基本リズムもすぐ叩ける。そもそもエレクトーンは一人オーケストラ。エレクトーン奏者は、プレイヤーであり、作曲家であり、アレンジャーであり、ときにはエンジニアなんですね。
—近年は、作曲や音楽制作活動も積極的にされています。
作曲と音楽制作は以前から細々としていましたが、コロナ禍がきっかけで割合が増え、今では半々くらいでしょうか。DTMの機材と音源、もちろんエレクトーンも使いながら制作しています。コロナ禍以降、やりたかったけれど、できなかったことを全部回収してみようというフェーズに入っていて、エレクトーンを絡めてやっていこうと考えています。最新のオリジナルアルバムは、昔から趣味だったカメラで写真を撮って、その写真をテーマに作曲し、一枚にまとめました。チェロとパーカッションの方に参加してもらいディレクションの楽しさも味わえました。アートワークも短いトレーラーの動画も自分で作りました。予算がないから始めたのですが、だんだん楽しくなってしまって。直近の願望では、小さなギャラリーで写真を展示して、エレクトーンを弾いて。そんな一人プロジェクトをやってみたいと思うんです。
—華奢なイメージですが、タフですね。
学校公演の巡業は、ハードですがやりがいがあります。見てくださる方は、もしかしたら、一生で一度のオペラ、1回だけのエレクトーン生演奏を聴く機会かもしれないと考えて、ルーティンにすることなく続けてきました。エレクトーン奏者はすぐには代役がいないというプレッシャーはありますが、キャスト・スタッフの皆さんともども、これまで1回も欠かさずにきています。体力作りは走ることですが、公演ツアー中、走る人は数人いるんですよ。ツアーのメンバーは家族同然で、そういった繋がりで仕事が広がり、おかげでやってこられたと思います。音楽を通して出会えた皆さんが、私の宝物です。
【2025年7月インタビュー】