山木亜美(やまき・あみ)

オペラ『ボエーム』に魅せられたのをきっかけに、オペラの演奏活動を続けてきた山木亜美さん。エレクトーンによるオペラ上演をもっと広げたいと新しいプロジェクトを始めました。

—前回のインタビューでは小学生低学年だったお子さんも、来春大学をご卒業とのことです。この間、記憶に残った活動を教えてください。

埼玉県の“ちちぶオペラ”でしょうか。バリトン歌手でオペラの指揮、演出を多く手掛けている細岡雅哉さんが代表をされていて声をかけてくださいました。細岡さんとは1999年にフォーレの「レクイエム」のときに出会って以来の長い付き合いです。2015年の8月にちちぶ国際音楽祭オペラ公演で『トゥーランドット』を上演し、その翌年から「ちちぶオペラ」のシリーズが『ボエーム』から始まりました。毎年同じチームで6年間続けて行うことができました。音響も同じ方が担当してくれて環境も良くなり、新たな発見も多く、お客様のフィードバックも励みになって、いいものを作り上げていくことができました。

—2024年には、清瀬けやきホールでフランツ・シュレーカーの大作オペラ『クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」』の日本初演がありました。

オペラはこれまでプッチーニやヴェルディといった人気作品を手がけることが多かったのですが、これは近現代の作品で、日本初演、世界でもこれが3回目という貴重な上演でした。楽器編成もかなり大きな実験作で、実際、観にいらした方たちも「エレクトーン2台に必要最低限の弦楽合奏でできるの? どうなの?」という気持ちでいらしたようですが、やり遂げました。音楽評論家をはじめ皆さんに「エレクトーンはすごい」という評価をいただいて、新たな分野でエレクトーンを活かせるじゃないかと言っていただきました。

—2025年の今年、新たなプロジェクトをスタートさせました。

先ほどお話しした細岡さんとの“ちちぶオペラ”をはじめ、2020年からコロナ禍では演奏活動がまったくできなくなってしまいました。自分がいつもいる場所がなくなった感じ。演奏する場所がこのままなくなったらどうしよう、大袈裟かもしれませんが、これが続いたら生きていけないな、と思いました。エレクトーンがあるだけではだめで、弾く機会こそ大切だと気付かされました。今年のお正月に、ちちぶオペラのオケチーム3人、細岡さん、山木、そして柿﨑俊也の3人で会って飲もうと5年ぶりに集まったんです。ここで私の夢の一つ、「プッチーニのオペラ全作品をやりたい」と話したんです。「じゃあやろう」と、その場で話が盛り上がり団体を立ち上げることになりました。すぐに動き出して、打ち合わせを重ねて、9月に第1回の公演を開催することができました。私たち主宰の頭文字「細岡=H、山木=Y、柿﨑=K、そしてキーボードの鈴木啓三=S」で「HYKS OPERA(ハイクス・オペラ)」というオペラ団体を発足したのです。この団体の特徴は、エレクトーンのオケが主体ということです。エレクトーン2台にキーボードが加わって、細岡さんが指揮をする。そういう土台があって、歌いたいと言ってくださる方々に集まっていただいて公演を行うのです。

—歌い手の団体が、指揮者やオケを探すという、通常の流れの逆ですね。

2025年9月のきゅりあん小ホールで行ったプッチーニの第1作『妖精ヴィッリ』からスタートし、プッチーニの作品を10作上演するので10年かかりますが、『トゥーランドット』まで完遂したいと考えています。幸い、手探りで始めた第1回公演は出演した歌手の皆さんもとても喜んでくださって、さっそく2回目の公演『マノン・レスコー』が2026年8月25日、渋谷区の大和田伝承ホールに決まりました。この公演のほかにも、あちこちで小さな公演をいっぱい行ってHYKS OPERAを知ってもらいたいと思っています。技術スタッフや制作スタッフ、合唱団、譜めくりなどのお手伝いも含めて一緒にできる仲間を増やしてもいきたいです。

—今回のプロジェクトにも参加している柿﨑俊也さんについて、お話しください。

基本的にオペラ公演はエレクトーン2台のアンサンブルで行っています。オーケストラの音色を使ってオーケストラスコアを見ながら演奏しますが、肝心なのは、エレクトーン2台で鳴る音作りです。エレクトーン奏者は一人ひとり音の作り方が違うので、2台で合わせたときに混ざり合うとは限らないんです。だから、共演する相手は重要です。その点、柿﨑とはマッチしているように私は感じます。一緒に演奏していて違和感がない。2台の音が混じり合ったときに一つの音楽、音が生まれるんです。そもそも私は、サラサラとただ弾くのは嫌で、大袈裟にいうと1音1音魂を込めて弾きたい。鍵盤を押し込んだときに一番いい音が鳴るような音作りを目指しています。そして、一人で練習するとき、指揮合わせ、リハーサル、さらに本番の音は違ってきます。いろいろな要素が相乗効果を得てできあがった本番の音が、一番良く楽器を鳴らすことができるのを目指したい。それが2台でやる意味で、一人では出せない音です。

—会場の音響も重要ですね。

そうですね。お互い近くにいるけれど遠くに聞こえることもあるので、聞こえ方は重要です。最近はモニターを置いて弾くことが多いですね。希望というか、理想は、いつも同じ音響さんと一緒にツアーを回りたいです。どんな環境の会場でも、納得のいく音を出せることを目指したいです。 最後に、私にとって本番の舞台でエレクトーンを弾けることが何よりうれしいことです。単純ですけれど、本当に弾くことが好きなんです。それは昔から変わりません。

【2025年10月インタビュー】