柿﨑俊也(かきざき・としや)

エレクトーンはソロ楽器のイメージがありますが、オペラの伴奏ではアンサンブルが主流で、そこに魅力を感じるという柿﨑俊也さん。アンサンブルの極意と管楽器セクションの音作りや演奏法をうかがいました。

—エレクトーンのアンサンブルの魅力はどんなところにありますか?

自分は何が好きなのかな、と思い返してみると、やっぱりオーケストラというシステムが好きなんですね。部活動で吹奏楽部にいたり、音大時代の同好の仲間たちとのオーケストラにエレクトーンで参加していたこともあって、人と一緒に音楽をすること、オーケストラの音の一部に自分がいて、音楽の一部になる感じがとても好きで。だからエレクトーンも一人で演奏するより複数人でというスタイルが自分にとって演奏していきたいジャンルですね。アンサンブルは立体感が出るっていうのが一番大きな魅力だと思います。オーケストラを演奏したときに、弦楽器がクレッシェンドしてディミヌエンドしていく間で、管楽器が別にクレッシェンドしてディミヌエンドしていくみたいな動き。一人だと限界がありますが、二人いればうまく演奏していけると思っています。

—オペラ伴奏では二人の奏者で、弦楽器と管楽器のパートに分かれることが多いと思いますが、どちらを担当されているのですか?

私は今、主に管楽器パートですね。管楽器には種類が多いので、それぞれの楽器の特徴をよく理解して、例えば、トゥッティで鳴っているなかで、ホルンの奏者さんが聴いても「あ、ちゃんとホルンのバートを弾いているな」って思ってくれるようなオーケストラションになるよう、こだわって作っています。そのために、実際のオーケストラ公演を聴くことを大切にしています。オーケストラを聴くと、エレクトーンで作っていたのと違うバランスで聞こえてきたりして、「ああなるほど、こうこうやって音楽は作られているんだな」と発見できることも多いので。

—演奏で心がけていることは?

自分がどの役割かを心得ることですね。メロディーを弾いているのか、伴奏に回っているのか。リズムを刻んでいるのか。若い頃は自分が前に出すぎて、大事なセクションを覆い隠してしまうような失敗を経験してきました。場面場面で常に“自分が前に出るのか引っ込むのか”を意識しています。いろいろなエレクトーン奏者とペアで弾かせていただいて、音作りはそれぞれ異なりますが、例えば、「今日はN響の弦楽器の人が来た、今日は読響の人だ」というような感じで、違いも楽しんでいます。そちらがこうくるのだったら、こっちもこうしようみたいに、寄り添っていくようにしています。

—管楽器はソロも魅力的ですね。

そうですね。ただ、難しいんです。オーボエのソロなど生楽器のレガートは鍵盤上では擬似的に表現するわけですが、違和感なく聴こえるよう注意を払って演奏しています。レガートだけではなく、そもそもの奏法が違う楽器を鍵盤だけで表現するには限界を感じるところも多々ありますが、そこを研究することもまた楽しみのひとつです。それと、ELS-02以降、音色がよくなって、そのまま使うことも増えたのですが、クラシック用にピュアな音色を求めると無機質なものになってしまいがちなのが悩みです。ですから、新機種のELS-03シリーズに期待しているところです。

—2025年には、山木亜美さん、細岡雅哉さんたちと新たなプロジェクトHYKS OPERAを立ち上げて、プッチーニの全オペラシリーズをスタートさせました。

いろいろなオペラ作曲家がいますが、プッチーニはあれだけ分厚いのに、「エレクトーンで弾いてください」と語りかけてくるようなオーケストレーションなんですよね。もちろんご本人はエレクトーンを知らないわけですが、後の世の私たちに、「もう、どうぞ、エレクトーンをどんどん使って」という、なんかそういうメッセージを込めてくれているような。だから弾いていてもすごくストンと落ちるんです。本当に迷いなく、弾いていて楽しいんですよね。これから現実的な困難はあるとは思っていますが、完奏できるように頑張りたいと思っています。

—今後の目標は?

だいぶ前の話になりますが、洗足学園音楽大学のオケで、私もエレクトーンで参加して、「フィガロの結婚」を演奏したんです。そのリハーサルに、洗足で講師をされていたN響の主席ティンパニ奏者・植松透先生が入ってくださったことがあるんです。私はそれまで、モーツァルトのティンパニは譜面上は4分音符と8分音符のようにシンプルなもので、演奏者によってそんなに違いが出るものなのかと大変失礼ながら思っていました。ところが、序奏がピアニシモで始まって、何小節か後、トゥッティでみんなも植松先生も一緒に入るんです。その入った瞬間ですね。「なんだこれは」と思うような衝撃が走って。生きている音が急に後ろから降り注いできたみたいな感覚で。部屋中にそれが広がって、別の奏者にもどんどん派生していって、みんなが生き生きしてくる、音が変わっていくっていうのを体験しました。それを聴いて、しかも一緒に演奏させてもらって、「自分もこういう演奏をしなきゃいけないんだな」と思った瞬間でした。それを音楽家としての目標に掲げ、今も活動をしています。

【2026年2月インタビュー】