ピアノを弾いているあなたへ

ピアノを弾いているあなたへ。

私たちのピアノづくりにかける色々な思いを、その生い立ちをお話します。
あなたの家に届けられたピアノがいつまでも輝きのある音を奏でてくれたなら、
それ以上の幸せはありません。

  • Prologue
  • 1st act
  • 2nd act
  • 3rd act
  • 4th act
  • 5th act

1/3

はじめてピアノの前に座った時のことを覚えていますか?
はじめて習った曲が弾けた時のことを覚えていますか?
はじめて発表会のステージに立った時の気持ちを覚えていますか?

ピアノは、長い時間をかけてレッスンしなければならない楽器です。
なかなか上手にならない時期もあるし、ちょっと練習を休むと
昨日まで弾けていた曲が弾けなくなってしまうこともあります。

2/3

でもピアノに出会えたあなたはとても幸せだと思うのです。
思いのひとつひとつを鍵盤を通して音楽に紡いでゆく歓びは
ピアノと出会わなければ、生まれてこなかったもの。

あなたのために、少しでもいい音で響くピアノをつくりたい。
それは、私たちピアノづくりに携わるもののいちばんの願いです。
一生懸命レッスンを続けているあなたに負けないように
私たちもあなたが弾くピアノの音をイメージしながら
毎日、一生懸命ピアノづくりに励んでいます。

3/3

そんな私たちのピアノづくりにかける色々な思いを
ゆっくりお話ししてみたいとずっと思っていました。
私たちにとってピアノは、手塩にかけて育てた子供と同じです。
その生い立ちを、ぜひわかっていただきたかったからです。
そして、ここで作られている一台一台のピアノが
いつの日かあなたの家に迎えられて
いつまでも幸せな日々を過ごしてくれることは
私たちにとって何よりの歓びなのです。

1/2

弦を張る。心地よい緊張感が生まれる。

鍵盤を押しただけで、正しい音が出てくるし
簡単な曲なら特に教わらなくても弾けてしまう。
弦楽器のように音を出すまでに苦労することもありません。
でも、ピアノには他の楽器にない奥深い世界があります。
もしピアノの中を実際に見たことがあるなら
その中に多くの弦が張り巡らされていることに
驚いたことがあるのではないでしょうか。

2/2

弦を張る。心地よい緊張感が生まれる。

ピアノは弦楽器の仲間のひとつ。
ちなみにヴァイオリンに張られている弦は4本ですが、
ピアノはひとつの音を出すために複数の弦が
使われていて、合計で200本以上にもなります。
張る力や位置、高さなどをあわせて1本1本ていねいに
弦を張ってゆくことは、ピアノづくりの基本のひとつ。
すべての弦をきちんと張り終えた時
そのピアノの奏でる音色が聴こえてくる気がします。
それは、あなたがピアノの前に座り楽譜を見た時、頭の中に
メロディーが流れてくる時の感覚と似ているかもしれません。
ピアノを弾くことがそうであるように
ピアノをつくることも、きちんとイメージを持つことが
大切なことだと思っています。

1/2

思いのすべてを受けとめる鍵盤であるために。

まったく同じ曲を同じように弾いたつもりでも
何かつらいことがあった日には、
あなたが弾くピアノの音は
どこか寂しそうに聴こえるかもしれません。
逆に、何かうれしいことがあった日には
きっと、楽しそうに聴こえてくることでしょう。

2/2

思いのすべてを受けとめる鍵盤であるために。

それは、あなたの思いが鍵盤へそのまま伝わるから。
白と黒が連なる88個の鍵盤は
気持ちを音にするための大切な入口です。
微妙なタッチの違いをあまさず伝えるために
ひとつひとつの鍵盤が滑らかに動くように
きめ細かく調整し、全体のバランスを取ってゆきます。
このタッチの調整はとてもデリケートな作業で
プロのピアニストの中には、コンサートの際に
自分が納得できるまでミリ単位以下の精度で
指示をする方もいらっしゃるほど。
あなたが、指先に自分の思いを伝えるために
レッスンを続けているのと同じように
私たちは、あなたの指先から届いた思いのすべてを
この88個の鍵盤で受けとめようと思っています。

1/2

ひとつひとつの音を、ていねいに、ていねいに。

五線譜のなかで踊るように並んでいる音符や記号。
あるピアニストの方は、楽譜をじっと見ていると
まるで小説を読んでいる時のように作曲者のイメージが
ありありと浮かんでくるとおっしゃっていました。
そして、ピアニストに求められているのは
その思いを解釈してあまさず表現することです、とも。

2/2

ひとつひとつの音を、ていねいに、ていねいに。

思いのすべてをきちんと受け止め、表現すること。
それは、ピアノづくりにおいてもまったく同じです。
アップライトピアノの場合は、鍵盤とハンマーをつなぐ
アクション部分だけで5,300もの部品が使われています。
もちろんどれひとつとして無駄な部品はありませんし
そのすべてが、完璧な位置に揃っていなければ
完璧な音を奏でることはできないのです。
このアクション部分の調整作業を整調と言うのですが
その作業は約20工程にもおよび、そのうちの
半分の工程では88鍵それぞれに整調が必要になります。
こうした細かく、ある意味で地道な作業の積み重ねこそが
いい音を響かせるための欠かせない仕事になる。
音符のひとつひとつをていねいに追いかけているあなたなら
私たちの気持ちもわかっていただけると思うのです。

1/2

そして、「音」は「音楽」に生まれ変わる。

何日も、何週間も、あるいは何ヶ月ものレッスンを経て、
ようやく1曲を全部通して弾けるようになる。
それは、ただの音の羅列が音楽として完成する瞬間です。
ピアノを作っている時も、ただの「音の鳴る箱」から
一台の「楽器」になる瞬間があります。
それは整音、英語ではヴォイシングと呼ばれる工程で
ピアノを歌わせるために生命を吹き込む作業です。

2/2

そして、「音」は「音楽」に生まれ変わる。

ピアノはフェルトでできたハンマーで弦を叩いて振動させ
音が鳴る仕組みになっていますが、このハンマーの
弾力や硬さ、あるいはハンマーがしっかりと弦全体を
打つように当たる方向や角度を細かく調整して
一台の楽器として仕上げてゆくのです。
どんなに世の中が進歩しても、機械には任せられない
自分の手と耳だけを頼りにして進める仕事。
私たちの中でも、十分に経験を積んだものたちが
この作業に携わることになっています。
ピアノづくりという長い長い旅を経て
やがて美しい産声をあげる一台のピアノ。
その時の歓びは、きっと、あなたがマスターした
曲を弾く歓びと同じ種類なのだと思います。

1/2

ずっとピアノと一緒に旅を続けてほしいから。

音楽は生きています。一度マスターしただけで
その曲が完成するわけではありません。
弾きこんでいくうちに、曲はどんどん磨かれて
輝きをましてゆきますし、ずっと弾かないでいると
上手に弾けなくなってしまうことだってあります。

2/2

ずっとピアノと一緒に旅を続けてほしいから。

プロのピアニストには、「1日練習を休むと自分にわかる。
3日弾かないと聴衆にわかる。」という言葉があるほど。
生命を吹き込んだ音楽に、いつまでも輝きをもたせること。
ピアノでいえば、それは調律にあたるのかもしれません。
最初にもお話したように、ピアノの弦は200本以上あり
それを88個の鍵盤で奏でるのですが、調律は単に音階を
整えることだけでなく、2本または3本の弦をひとつの
音にまとめていくなかで音色をつくってゆくのです。
音色とは、文字どおり音に色をつけること。
色鮮やかで豊かな音の響きを生むために
調律が大切な鍵を握っているのです。
ピアノづくりの途中でも調律は何度も繰り返されます。
音楽が生きているように、ピアノも生きています。
あなたの家に届けられたピアノがいつまでも輝きのある音を
奏でてくれたらなら、それ以上の幸せはありません。