Xeno - YSL-825(G)誕生 – 読売日本交響楽団 首席トロンボーン奏者 桒田 晃

Xeno YSL-825(G) 誕生 - オーケストラで吹くストレスが無くなった! - ピアニシモのデリケートな発音、効率良く鳴るフォルテ…… -読売日本交響楽団 首席トロンボーン奏者 桒田 晃

この2021年4月、ヤマハから待望の新トロンボーンが発売された。
Vバルブ・モデルの後継機に位置づけられる新モデルは一見、普通のトラディショナルバルブ搭載モデルに 見えて、その中には熟成を重ねた様々なアイデアが盛り込まれている。

[同席]金剛明彦
(ヤマハ株式会社B&O事業部B&O開発部
管教育楽器開発グループ)

プロフィール

桒田晃 Akira Kuwata

1970年、北海道生まれ。武蔵野音楽大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団に入団。武蔵野音楽大学卒業。第8回日本管打楽器コンクール2位。第1回大阪トロンボーンコンペティションソロ部門2位。2001年、リサイタルを三鷹市芸術文化センターで開催。これまでにトロンボーンを山下晴生、真弓基教、神谷敏の各氏に師事。TROMBONE QUARTET ZIPANGメンバー。現在、読売日本交響楽団首席トロンボーン奏者。武蔵野音楽大学、桐朋学園大学各非常勤講師。

2011年にヤマハのトラディショナルラップモデル「YSL-882」が出て来て以来、じつに10年ぶりに新しいヤマハのXenoトロンボーンが誕生しました(限定品を除く)。カスタムトロンボーンの最上位モデルに位置づけられるYSL-825(G) のコンセプトは、ズバリ、何でしょう?

金剛: シンフォニック系のハイエンドユーザーにこれまで以上に受け入れてもらえるよう、桒田さんと一緒に長く開発を続けて来たモデルです。一番の特長は、この外観からはちょっと想像できないようなオープンフローな吹奏感が得られることでしょうか。

設計者の金剛さん(オンライン画像)は8年ほど前にトロンボーンの開発担当になって以来、桒田さんと一緒に825の開発に携わって来た。

外観からはちょっと想像できないようなオープンな吹奏感

■Vバルブと同じ息の流れを実現

ロータリーに接続するF管の入り口と出口のカーブが、今まで見たことがないような形状になっています。

金剛: 桒田さんは長くYSL-882Vという、ヤマハが独自に開発した「Vバルブ」を持つモデルを愛用して来られました。今回はその後継機を作ろうという所からスタートし、バルブも出来るだけVバルブの良さを踏襲しようと考えました。結果、簡単に言うと、Vバルブの息の流れを普通のバルブに置き換えたことで、このような形になりました。

桒田: 882Vというモデルが僕は大好きだったので、「できるだけVモデルに近づけてください」とお願いしたんです。最終的には、882Vの良さを継承しつつ、さらに進化した素晴らしい楽器が生まれました。

Vバルブでは、息の流れが普通のバルブとは逆方向になるわけですが、このバルブも?

金剛: Vバルブと同じ方向に流れます(図参照)。通常のバルブではF管でベルと反対方向に息が流れ、B♭管時の息の流れとF管時の息の流れは逆方向になります。それを、どちらも同じ方向に流れるようにしたのが、Vバルブや他社のアキシャルフローバルブといわれるバルブです。825では、Vバルブのその合理的な息の流れを変えたくありませんでした。そこが一つのポイントでした。このため、F管の入り口と出口は、まさしくVバルブと同じ位置に付いています。接続部分だけ、ちょっと複雑な形に曲がっていますけども。

桒田: 見た目と吹奏感がこれほど違う楽器もないですね。一見、吹きづらそうに見えるでしょう? でも全然そんなことはなくて、F管でもまったく抵抗感が変わらない。コンパクトに、じつによく考えたものだなぁと思います。

Vバルブ(上)と825(下)の息の流れ

■二体構造の新ロータリーバルブ

ロータリーバルブ自体も新設計だそうですが、何が新しいのですか。

金剛: ロータリーの仕組み自体は同じですが、構造が違います。従来のバルブはケーシングが一体型ですが、このバルブはケーシングに真鍮、中の軸受けにフォスファーブロンズ(リン青銅)という異なる素材を使い分けた二体構造になっています。

そうしたバルブは他にあまりないのですか。

金剛: トロンボーンではあまり見かけません。フレンチホルンのバルブではよくある材質の組み合わせです。軸受け部分は摩耗性に強い材質の方がよく、真鍮と一体だとその点で弱くなりますので軸受けだけを硬くし、外側は真鍮で柔らかくするという狙いがあります。

桒田: バルブのボディは洋白が多く使われるんです。そこを真鍮にしたのは僕からの要望です。それは、あくまでも吹奏感の観点から。その上で軸受けをフォスファーブロンズ(リン青銅)にしたら、さらにほど良い抵抗感が生まれました。耐摩耗性と吹奏感の両方で良い結果が出たわけです。

ケーシングを真鍮にしたいと思われたのはなぜ?

桒田: もう20年ほど前になりますが、Vバルブ開発のときにケーシングの材料をいろいろ試したんです。結果として真鍮が僕には一番しっくり来たものですから、今回のロータリーでも真鍮を提案させて頂きました。抵抗感がだいぶ違ってきます。洋白だとスポーンと抜ける感じが、真鍮だともう少ししっかりと吹けるようになります。

バルブキャップは洋白(クリアラッカー)ですね。

桒田: それもいろいろ試し、洋白が一番バランス良く感じたんですね。

825の新型バルブを全体的に評価すると?

桒田: 僕にはこれが「新型」だという意識はあまりなくて、あくまでも通常のロータリーバルブの一つだと思っています。通常のバルブなんだけれども、吹いてみるとものすごく吹きやすい!複雑な見た目と違い、ものすごく吹きやすい。そんなバルブですね。

825では、スライドを管体に差し込んだとき、内部で管体側とスライド側とのギャップを無くしてある。桒田さんがこだわった部分で、それによって「これまでにないオープンフローな吹き心地になった」という。

ゴールドブラスのスライドはヤマハのXeno シリーズでは初めて!

■スライドはゴールドブラス!

他にもご紹介すべき新仕様が多くあり過ぎて、何からお聞きしたらいいか迷います。

桒田: 何から行きましょうか?(笑) まず、マウスパイプは銀です。着脱式ではなく固定式。マウスパイプを銀にすると抵抗が増えるとよく言いますが、僕には逆に楽に吹けますね。ただし、その場合、スライドをイエローにすると、どうしてもやや軽く感じたので、「ゴールドブラスにしたらどうでしょう?」と。イエローの素材や重さなどもいろいろ試しましたが、結果、ゴールドブラスに落ち着きました。ゴールドブラスのスライドはヤマハでは初めてですか?

金剛: その昔、ドイツタイプのモデルにはありましたが、Xeno シリーズでは初めてになりますね。

音色にも影響しますよね?

桒田: 825の場合は、スライドをゴールドブラスにした方が音色の変化が付けやすくなり、コントロールしやすくなりましたね。

ゴールドブラスだと重量がやや重くなりますか?

桒田: そんな印象を持つ人がいますけど、僕はまったく逆で、軽く感じます。金剛さん、実際はどうなんですか?

金剛: 実際はイエローもゴールドも重さはほとんど変わりません。

桒田: ……さっきの僕の話、スルーしちゃってください(笑)。

ヤマハのスライドには定評がありますね。

桒田: ヤマハのスライドは世界一ですよ! スライドではほかに、持ち手の支柱をちょっと細目にしただけで、ものすごく軽く感じられるようになりました。ヤマハのダグラス・ヨー・モデル( バストロンボーンYBL-822G)を持ってみたら、バストロンボーンなのにすごく軽く感じて、そこからヒントを得ました。

主管抜き差しとF管抜き差しもゴールドブラスになっています。

桒田: これも、赤(ゴールドブラス)にしてみたら結果が非常に良かったんです。ただし、ゴールドブラスモデル(825G)では、この抜き差し管はイエローになっています。

金剛: ヤマハのゴールドブラスベルモデルは他にもありますが、抜き差し管の材質を変えたのは初めてです。桒田さんが試されて、結果それが一番良かったということですけども。

僕が一番こだわったのはスライドと本体パイプとの間の段差を無くすこと

■僕が他にこだわったこと

桒田: 個人的には、この抜き差し部分の「カツラ」といわれるリング……このデザインがカッコいいと思う。

2本ラインが入って、ちょっとドイツ管のような。

金剛: F管抜き差しの外管と中管が嵌合する(はまる)部分で、外管の長さをいろいろ試し、あまり長くない方がよいという桒田さんの判断で、そのカツラの形になりました。外管を短くして、中管が飛び出ているようなイメージですね。

桒田: この楽器の支柱は通常のような3点ではなく、2点なんですよ。1個減らしたぶん、どこかで抵抗感を付けたいと思っていろいろ試し、結果、このリングの形がバランスが良かったということもあります。支柱を2点にしたのも、結局は抵抗感と響きのバランスの問題です。

この支柱の形状はどこから?

桒田: 金剛さんのKです(笑)。

金剛: 様々な形状や太さを試した結果、この形状にしたところ、反応が格段に良くなりました。

レバーアクションも新しくなっています。

桒田: ダブルボールベアリングとかダブルトーションバネとか、今までと違うレバーになっていますが、簡単に言って操作が驚くほどスムーズになりました。指が当たる樹脂製カバーをネジ止めしたのは何故でしたっけ?

金剛: 軸に接着したくなかったからですね。接着剤にはもともとあまり良い物質が入っていませんから、ネジでメカ的に止めるのはとても良いことなんです。

桒田: もう一つ、実は825で僕が一番こだわったのは、スライドと本体レシーバー内部の段差を無くすことでした。他のXeno モデルには段差があるんですが、それを無くして欲しいと。

段差というのは、マウスピースとレシーバーとの間にできるギャップと同じようなもの?

桒田: そうです。この段差を無くしただけで吹奏感がガラッと変わったんですよ。

金剛: 通常は、その段差部分で吹奏感に変化を付けたりしますので、段差があるのは決して悪いことではありません。桒田先生は今回、それがない方が良いとおっしゃられた。

桒田: スライドの継ぎ手のこの部分もいろいろ実験し、バストロの部品を付けて思いっきり太くしてみたりもしました。ここにバストロの部品を付けるだけでバストロになるんですよ(笑)。

スライドの精度の高さは世界一!」と桑田さん。825はヤマハXenoでは初めてゴールドブラス材のスライドが採用された。

コラールをピアノで吹くようなシビアな場面でのストレスが無くなった!

■オーケストラで吹く安心感がまるで違う!

細かなポイントをいろいろ見て来ましたが、全体として825の吹奏感の特長は?

桒田: とてもフリーに吹ける楽器です。息が流れやすくなっているわりにスッポ抜ける感じではなく、上級者向けの楽器ではあるんですが、初中級者にも吹きやすく感じると思います。

読響でもずっと試してこられたわけですね。

桒田: ものすごい時間をかけてじっくりテストして来ました。結果、ストレスなく音が出せる楽器が出来上がった。音色の変化や表情の付け方などもすごく楽になりました。他社の楽器と並んで吹いても、響きに違和感は全くありませんし、大きな音も出る。というか、他社の楽器を凌ぐほどの大きな音も出せます。大きな音を出すために、中にはたくさんの息が必要だったり、楽器が重かったりといろいろあるんですが、825は楽に大きな音が出せる。楽器が重いという感じがまるでない。実際に重さはどうなんですか?

金剛: モデルごとに違いはありますが、他のXenoシリーズと同程度の重さです。

桒田: 実際の重量の問題ではなく、パーツどうしの絶妙なバランスを実現したことで、重く感じない楽器になったと思うんですよ。

桒田さんがお使いの楽器はイエロー(825)ですね。ゴールドブラス(825G)だとどんな音になりますか。

桒田: イエローとはキャラクターがガラリと変わります。より温かい音が出ます。

人によって好みが分かれる?

桒田: 分かれますね。「僕は絶対イエローがいい」とか「私は赤ベルの方がいい」とか……僕の生徒を見ても、音のイメージをきちんと持っている子ほど、どちらかを選びます。その意味でも、新しいモデルにゴールドブラスの選択肢があるというのは、とても大事なことだと思います。

実際にオーケストラの中で吹かれてみて、825の良さを実感するような場面はどんな場面でしょうか?

桒田: 先ほど言ったように大きな音も出せる楽器ですが、僕が一番安心できるのは、ピアノ、ピアニシモでデリケートな発音が要求されたようなときですね。今までは常に不安がつきまといましたけど、そうしたストレスが全然無くなりました。トロンボーンは大きな音を期待されがちですが、指揮者から一番求められるのは、じつはピアノなんです。ピアノで吹くコラールなど……実際そうした場面が一番シビアです。それを安心して吹けるかどうかで、オーケストラ奏者のストレスに大きな違いが出ます。825では、息がきちんと響きになってくれます。要するに息の効率が良い。フォルテでも楽に、効率よくフォルテが出る。フルパワーで、息を全部使わなきゃ、みたいなこともあまり無くなりました。フォルティシモでも落ち着いて吹けます。

セクションのお仲間たちからの評価は?

桒田: 「音がいいね」といわれます。それと「どう吹きたいのかが分かりやすい」と。

ヤマハの良い意味での音の明るさも感じますか?

桒田: それもきちんと残っています。音色の明るい要素は大事ですね。Vバルブの取材でも話したと思うんですが、ヤマハらしさを残しつつ、全体のキャパシティを大きくしたい、ピアニシモからフォルティシモまでのダイナミックスレンジを広げたい……そうしたコンセプトは変わっていません。それが825では、よりレベルアップして達成された。本当に、ストレスなく思った通りに吹ける楽器です。

「オーケストラ奏者には、じつはデリケートな発音が要求されるピアニッシモのほうがシビアなんです」

撮影:岡崎正人

この対談は2021年4月に管楽器の専門月刊誌「PIPERS」に掲載されたものです。

Features

1)新設計の二体式ロータリーバルブ

ケーシングの植込み(真鍮)と軸受け(リン青銅)に異なる素材を組み合わせ、耐久性に優れ快適な吹奏感と深みのある音色を実現。バルブキャップには従来のXeno(真鍮)とは異なる洋白材を採用。

2)3点留めの新形状支柱

新形状の支柱は主管とF管の音の伝達性を向上させ、より開放感のある吹奏感を生み出す。安定感と剛性にも優れる。

3)主管抜差/F管抜差

管の仕様はヤマハのYSL-882V と同じリバース式ながら、素材にゴールドブラスをマッチングし、シンフォニックな音色を追求した(YSL-825G はイエローブラス材)。F管抜差では中管と外管の嵌合部を少なめにすることでスムーズな吹奏感が得られる。

4)新設計レバー

レバーアクションにはダブルボールベアリングとダブルトーションバネを採用し、奏者の力を効率よく的確に伝え、柔軟で繊細な操作性を可能にする。また樹脂製カバーは響きを阻害しないようにネジ留め式で着脱可能にした。

5)スライド外管

スライド外管にゴールドブラス材を採用することで、オーケストラの中により溶け込みやすい幅のあるブレンドしやすい音色を生む。

6)スライド内管

吹込管を銀製(固定式)にし、快適な吹奏感とオーケストラの中でも埋もれない存在感のある響きを両立させている。

7)カギ継ぎ一枚取りベル

カギ継ぎ工法でベルの軸方向の振動が強調されることで「ねばり」や「コシ」のある響きが得られ、最適な抵抗感と力強い芯の感じられる音色を生み出す。全音域での演奏性にも優れる。

8)付属ケース

外装はシックな高級感を醸し出す黒。持ちやすい側面ハンドル2カ所にストラップ付き。