YM-5100A
仙波 康之 (マーケティング部B&O営業課)
1989年入社。2001年まで打楽器設計課に所属し、音板打楽器全般の設計・開発に携わる。
2001年から06年までドイツ・アトリエフランクフルトに駐在。コンサート打楽器全般におけるアーティストリレーション、および欧州各国のマーケティングサポート、新商品開発サポート等をおこなう。
2006年よりマーケティング部に所属し、打楽器の販売に関するグローバルな販売促進策の考案やアーティストリレーション業務を担当。
この楽器を開発することになったきっかけを教えてください。
仙波)
私は入社してビブラフォンなどの音板打楽器の設計を担当してきました。入社1年目のある日上司に呼ばれて、「マリンバの設計をやりなさい」と言われて・・・。他のチームではTP-9000の開発も進んでいたのですが、ティンパニに負けていられない!ということで、YM-10000というすごいものをつくってやろう!ということになりました(笑)。僕が入社したのは1989年で、非常にバブリーな時代だったので・・・(笑)
その後バブルが崩壊し、YM-10000の話はどこかに消えたのですが、その後もマリンバの設計担当はずっとやっていました。自分なりにマリンバの設計も色々とやっていて、いくつか失敗作もつくり、国内外のいろいろなアーティストの方ともやりとりをするようになりました。
当初は会話するアーティストの方々は安倍先生ほかヤマハのアーティストばかりだったんです。他社のマリンバを使っている人とお話をする機会というのもそう多くはなかったんですよ。
そして転機になったのが1992年のジュネーブコンクールだったと思います。楽器サポートで入ったのですが、海外の方を含めていろいろな意見を聞くことができました。その中で「ヤマハの5オクターブのマリンバ(当時のYM-6000)はちょっと大変なんだよね」という声をいただいたんです。簡単に言うと「あの楽器では仕事にならない」という声だったんです。マリンバだけを勉強されているという方は海外ではいない時代でしたし、打楽器の演奏の仕事の一部としてマリンバの演奏をとらえていらっしゃるプロの方の切実なご意見でした。
「仕事にならない」というのは、楽器が大きすぎて持ち運びが大変、楽器を組み立てるのが大変、演奏会が終わってからそれを片付けて持って帰るという作業が大変ということですね。打楽器奏者はマリンバだけではなくほかにも色々な楽器を演奏会で使用しますので、マリンバだけを片付けるのに時間を30分もかけていられない、という切実な思いがあったのです。実際私も、30分以上かけて楽器を組み立てたり分解したりしていましたからね。そんなことから、音的に高い水準の5オクターブで、しかも使い勝手の良い実用的なマリンバが欲しい、という声を多くの方が持っていることを知ったのです。
またその後、ヤマハを今も使ってくださっているネボイシャ・ジブコビッチ氏から、1994年くらいにマリンバの特注を作ってほしいという依頼がありました。ちょうど彼は「マリンバコンチェルトNo2」を作曲している最中で、その演奏のために使う楽器としてYM-6000をベースに、もっと軽くして欲しいとか組み立てやすくして欲しいといった提案をしてきたのです。eメールとかはない時代ですから夜中にFAXや国際電話で意見交換しながら設計しました。とても気に入ってもらえて、そのコンチェルトを私にデディケートしてくれて、楽器には“アンジェラ”という名前をつけて今でも大きな演奏会では使ってくださっていますよ。
話が長くなりましたが、それらの経験がこのYM-5100Aのモチーフになっています。コンセプト設計として、「世界最高の音が出せるマリンバ」よりも「世界で最も使いやすいマリンバ」が今の世の中には必要なんだということにたどり着いたんです。
この楽器のコンセプトはなんですか?当時のYM-6000とはどのような点が異なりますか?
仙波)
このYM-5100AはYM-6000とはまったくコンセプトが違う楽器です。
安倍先生が開発に携わってくださったYM-6000は、「世界で一番いい音を目指す楽器」というのがコンセプトでした。
しかしYM-5100Aはそうではなくて、特に開発協力プレイヤーはこの人という方は特にいなくて、私自身のこれまでの経験から、私自身の意見を反映させて作った楽器です。というのは、私が実際に楽器を多く触っていたので、その経験から自分が苦労したと思った点を改善したかったからです。その上でいろいろな方に演奏会で使っていただいて意見をうかがって、反映できそうなことを反映してきたという感じですね。
あえてヤマハを使ってくださっていない方のところに楽器を持ち込んで意見を伺ったこともありましたし、そういう方の意見は大変勉強になりましたね。
YM-5100Aは機能重視のマリンバではありますが、決して音色面で妥協をしたわけではありません。もともとベースにしたYM-4900は中音域以上がとても響く楽器でした。その中音域以上の響きはそのまま残しながら、その響きを低音部にも反映させて音色面でより充実させようということで5100Aの音色が出来上がったわけです。
パイプの材質もYM-4900とは違う材質を採用するなど、音色面も決して軽視せずに「機能性」と「音色」の両面の充実をはかりました。
「世界最高の音を目指す」ということではなく、「丁寧に」楽器の改良をしましょうということでしたから。
YM-5100Aを設計する上で、どのようなことに気を配りましたか?
仙波)
実際に設計に入るときは、「シンプルに」をコンセプトにさらに「丁寧な楽器をつくりたい」という思いがありました。それはいろいろなところに配慮したことに現れていると思います。
音板の厚さをよく響くように厚く変更したり、幅はそのままで音板と音板の間のスペースを短くして片手でオクターブがとりやすいように工夫したりしました。また、派生音と幹音の段差についても、当時のヤマハのマリンバは派生音側の音板の位置が高くて演奏しづらいという意見があったことから、その幅を狭くして演奏性を高める工夫もしました。音板どうしの段差の幅が広いとそのスペースにマレットが入ってしまうなんていう声も聞かれていましたので・・・(笑)こうした変更点は、細かい点まで色々な先生方からご意見を伺って反映させました。
音板以外にも、リベットをボルトナットにしてノイズに対応したり、吊り金のゴムをフェルトにして持ち運びの時には取れてなくならないように接着したり、パイプの両端にはケガをしないようにゴムカバーを取り付けたりするなど、細かい点にも配慮し、使ってみてありがたいなと思われるような丁寧さを心がけました。
一番譲れなかったのは「機能美の追求」という点で、「無駄なものは一切なく、ついているものにはみな意味がある」ということです。もちろんベースにはしっかりしたものづくりというものがあります。
開発途中で、ここはこうしたほうがいい音が出るという提案に対しても、一つ一つ細かく検証して、いろんな人の意見を聞いて、しかし自分たちの軸はしっかり持って、最初から目指してきた方向性は最後まで貫いてきました。
開発をする上で苦労した点はなんですか?
仙波)
開発のポイントとしては、「シンプルに丁寧に」がコンセプトだったので、明快でしたね。
しかし、大変だった点は「高さ調節」と「共鳴パイプ」です。高さ調節については、当初YM-4900というモデル(現行のYM-4900Aとは仕様が異なります)があって、これにも高さ調整はあったのですが、脚の下にネジがついていてそれをくるくる回して調節するタイプだったんですね。しかしこれは片方を調整していると楽器が斜めになったままになったり、両方同時に回さないとうまく高さが変更できなかったりという難点があったんです。
しかし、コンクール等で身長の大きな男性がすごく低い位置でマリンバを演奏していた姿を見ていて、高さ調整は絶対に必要だし、しかも簡単にできるものでなければいけない、と思っていたんです。
そのあと、いろいろと試行錯誤をしていたのですが、ある時ある社員から「ガススプリングを使ってみたらどう?」という声が上がったんです。このモデルに採用したガススプリング式は私のアイデアではないんですよ(笑)。
それを聞いて「あ、それはいい!」とひらめいて、バイクのサスペンションなどにガススプリングを使っていたヤマハ発動機に相談して、このモデルにガススプリング式の高さ調節機能をつけることに成功したのです。楽器に使うというのはこのマリンバがはじめてでしたね。
高さ調整については、このガススプリングにたどり着くまでにいろいろな方法を試しました。車のジャッキアップに使うようなものも試してみたんですが、なんとなく楽器っぽくなくなってしまったのでやめました。結局このガススプリング式システムが一番シンプルで使いやすい、ということでこれを採用したんです。
共鳴パイプについてはもともと別の方が担当だったのですが、発売までの日程が差し迫っていたこともあって、「私にやらせてください!」と言って開発させていただけることになりました。
その後は毎日実験室にこもって、パイプのピッチを調べる装置をまずつくって、何本か試作をつくって、寸法と響きの関係性を確認したんです。
当時5オクターブのマリンバは音大受験生がようやく使うぐらいの楽器だったんです。
でも「使いやすい5オクターブ」を目指して小学生でも叩ける楽器にしたいということで、低音側の共鳴パイプをひょうたん型にするヘルムホルツ式を使って、なるべく高さを低くしたいというのがありました。ヘルムホルツ式にすることによって、パイプの高さに制限を与えて、その高さの中でパイプの形状の設計をしました。いろいろな方にご協力いただいてようやくこの形に決まったんです。
このヘルムホルツ式は、民族楽器として使われているマリンバが音板の下に本物のひょうたんをつけていることから広まった形状です。メキシコやグアテマラのマリンバは、本物のひょうたんからひょうたん形状の木をつけるようになったんです。
ヤマハでも木でパイプを作ってみようという案もあったのですが、生産が大変で音も安定しないという点があったのでこのアイデアはなくなりました。
ヘルムホルツ式の共鳴パイプは幸いにも先ほど述べたYM-10000でもトライしていたのです。コンセプトは全く違いましたが、この形状のパイプをYM-5100Aに採用したということを考えるとYM-10000の計画も無駄ではなかったと思いますね。
このYM-5100Aがいろいろなところで使われているのを見て、設計者としてどのようにお感じですか?
仙波)
楽器は使われて育つということですかね。
ちょうどドイツに駐在中、YM-5100Aを使って2001年のシュツットガルトマリンバコンクールでツーイン・タイさん(現パリオペラ座管弦楽団打楽器奏者)が優勝したことや、2002年にパリのコンクールで出田りあさんがグランプリをとったときは、世界のマリンバコンクールでこのマリンバで優勝者が出るなんて考えてもいないことだったので、その場に立ち会えたこともあって本当にうれしかったですね。
また、ジャズの大御所のマイク・マイニエリ氏、デイブ・サミュエルズ氏、デビッド・フリードマン氏、日本でも三村奈々恵さんやSINSKEさんなど、さまざまなジャンルで愛用いただいているのはうれしい限りです。5オクターブマリンバは安倍先生がソロマリンバの世界を築きあげるために提唱し広げてきましたが、さらに一つ殻を打ち破ることができたんではないでしょうか。
皆さんに使われて楽器は成長するんだということを実感しました。
当時他メーカーは自分たちの伝統を守ってその伝統から脱却しなかったけれども、ヤマハがあえてその伝統を破って新しいことに挑戦したことは大きな誇りです。発売からそろそろ10年が経ちますが、まだこのYM-5100A以上に実用的で機能性あるマリンバは世の中にはないと思いますよ。