YV-3710JM
大室 裕昭 (商品開発部打楽器設計課)
1981年入社。これまでにティンパニと、ビブラフォン、グロッケンシュピール、マリンバ等の音板打楽器の開発・設計を担当。現在は打楽器全般における新商品開発のプロジェクトリーダーや設計リーダーを務める。
※所属部署および部署名は取材当時のものです。
この楽器の一番の特長はなんですか?
大室)
このモデルの大きな特徴は、新しい調律方法を採用しているという点ですね。ビブラフォンの調律というのは、普通、基音を調律してその2オクターブ上の音(4倍音)を調律するのが一般的なんですね。
これの場合は、それに加えて3オクターブと3度上の音(10倍音)も調律するということで、協和性がより高まっていますね。管楽器に比べるとたいしたことはないですが、音板打楽器の世界では3つの音を調律してある、ピッチがあっているというのはかなりすごいことです。YM-6000(現行YM-6100の前身)もこの調律方法をとっていましたので、このモデルではその調律方法と同じものにしたんですよ。それはマリンバではかなり昔からやっていたことなのですが、ビブラフォンでは最近取り入れたばかりなんです。マリンバの場合は、音板は厚いし木材なので、いろんな削り方をして試行錯誤できるんですが、ビブラフォンの音板は薄いし金属で硬いので、やすりで削っていくとすぐ熱くなって持てなくなってしまって、ひとつ試作をつくるだけでもかなり時間がかかるんです。だから手作業ではなく、どういう形、調律方法にしたら最適かというのをコンピューターでシミュレーションができるようになってはじめて、ビブラフォンにこの調律方法を採用したというわけです。これはいまだにヤマハにしかできない技術ですよ。
マイク・マイニエリ氏から特注品の依頼があったときに、この新しい調律法を試したんです。そうしたらとても高い評価をもらって、「ピアノみたいな音だね」というお言葉をいただきました。確かにより倍音が合うようになっていますから、より安定した音に聴こえたんでしょうね。和音の響きがとてもきれいで、アンサンブルでもよく混ざり合うという高い評価をいろいろなプレイヤーからもらっていますし、そこがこのモデルの強みだと思っています。
この楽器は分解して持ち運びがしやすいことも特長のひとつですが、この分解式はどのような経緯で採用されることになったのですか?
大室)
海外で活躍するデイブ・サミュエルズ氏から、分解できて持ち運びに便利なものにして欲しいという要望が強くあって、それに対応するために分解式にしました。
彼らのようなジャズビブラフォンプレイヤーは、ライブのたびにビブラフォンをドラムセットのように自分で持ち運んで、自分で組み立てたり分解したりという作業が必要になるので、分解できて自家用車に載せられるサイズにしてほしいという要望を以前からもらっていたんですね。ツアーで持っていくときに飛行機に乗せるということもありますからね。
それまでのビブラフォンは、どのメーカーのものも小さく分解できるタイプではなくて、ヤマハがはじめて分解できるタイプを考えたんです。特にビブラフォンのパイプについては、当時はこのモデルのように真ん中で折るという発想はどこにもなかったんですね。ビブラフォンってシロフォンとあまり大きさは変わらず、シロフォンは楽器としてすごく小さいというイメージがあって、シロフォンを折りたたんで運ぼうなんて誰も思わなかったので・・・。ビブラフォンもそのくらいの大きさしかないし、吹奏楽やオーケストラで使う分には必要はないのではと思っていたし、楽器としてもその必要性がないと判断されていたんですね。
しかしサミュエルズ氏のようにソロで使用するプレイヤーも多くいることから、ヤマハが初めて、持ち運びに便利なように分解式を採用したというわけです。この分解式を採用したのは、1984年くらいに生産されたYV-3300というモデルからです。
共鳴パイプを真ん中から二つに折るという発想も当時はかなりの冒険だったんですよ。ビブラフォンの場合は中にファンが搭載されていますからね。
それがとにかく強い要望だったんですが、私としてはビブラフォンのパイプを真ん中で二つに折るというのは本当はやめたかったんですよ。やはり楽器として果たしてそんなに小さくなる必要があるのかという疑問があったからです。当時は設計担当者が疑問に思ったことはそのまま商品としてできてしまう時代で、分解式を取り入れたYV-3300やその後継のYV-3400のあとに、実は、私の意見を取り入れた、分解式にしないYV-3200というモデルを作ったんですね。そしたらアメリカから「分解式にしなかったから販売数が落ちてしまった!」とものすごいブーイングが来まして・・・。それでまたこのモデルからはパイプを折りたたんで分解できる形に戻したんです。ノイズ対策にもこれまで以上に力を入れてさらに進歩させました。 特に、海外のジャズビブラフォン奏者からは、この楽器への評価は非常に高いですね。