ベートーヴェン

 

音楽史について学ぶ

古典主義の音楽

ベートーヴェン

ベートーヴェンはウィーンで自由業的な芸術家として生活しました。それは彼自身の人柄や、生まれつきそうした生活の知恵を備えていたということもありますが、なによりも、そういうことの可能な時代になっていたためだといえるでしょう。
ベートーヴェン
ベートーヴェン
ベートーヴェンが1792年にウィーンに出た時期には、すでにフランス革命が勃発していました。ヨーロッパを支配していた絶対主義体制が次第に崩れ、近代的な市民社会の萌芽が生まれ、世紀後半の国民主義的な傾向へと少しずつ動き始めていた時代です。この時期になると、音楽も一部貴族階級の独占的な芸術ではなくなり、広く市民社会層にも迎えられるようになっていました。ベートーヴェンの出演した音楽会に出席した人々の多くが、そういう人たちであり、ベートーヴェン自身も、昔のような宮廷楽長的な肩書きは持たず、1人の音楽家として出演したに過ぎなかったのです。ベートーヴェンの音楽を考察するとき、まず第1にそれを考えておくことが必要でしょう。

9つの交響曲をはじめ、32のピアノ・ソナタ、多くの弦楽四重奏を含む室内楽曲など、音楽史的に重要な作品の作曲を通して、ベートーヴェンは主題の設定や主題操作による展開技法という点で、きわめて卓越した技法性を見せています。それはまた、第5番や第9番の交響曲における循環的な動機の使用例とともに、楽曲全体に有機性を持たせたという点で、後代への大きな影響を見ることができます。また、ベートーヴェンが音楽に人間性を移入したという評価も見落としてはなりません。第6番の交響曲における表題的要素の挿入とともに、人間的な感情を音楽に盛りこんだことは、それまでの音楽になかったことでした。旋律も、旋律によって作られる主題も、あるいはまた、主題それ自体に含まれるリズムや和声も、ベートーヴェンはそれを何らかの意味で、人間の感情や知性の表現と受けとれるようなかたちで、いいかえれば、それを端的に表せるような語彙と語法を用いて表現したのです。音楽はここにおいて、抽象的な単なる理論の結果ではなく、人間の言葉と同じ機能を持つ〈音の言葉〉としての働きを持つに至ったのです。