コンサートレポート

コンサートレポート

第93回日本音楽コンクール・ピアノ部門入賞記念
山﨑夢叶ピアノ・リサイタル

2025年2月12日(ヤマハ銀座コンサートサロン)

 昨年、第93回日本音楽コンクールで第4位入賞を果たした山﨑夢叶さん(東京藝術大学2年)。これまで何度か山﨑さんの演奏を聴いているのだが、「美音の芯への打鍵と、音楽が持つ呼吸をキャッチする感覚」には、いつも感心している。それらは天性のものだと思うが、そこに無理のない奏法と音楽に対する慈しみがあり、山﨑さんの公演には聴く楽しみと喜びがある。

 当夜のプログラムも山﨑さんの魅力が大いに感じられる内容で、まず最初にモーツァルト「ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330」。迷いなく快走する明るいハ長調の主題は、まるで雲一つない青空と爽やかな風を感じさせるもので、冒頭から耳を離さない。そうそう、この音なのよ、山﨑さんの音!と幸福感で聴き進む。日本音楽コンクール本選でも聴衆を魅了した山﨑さんのモーツァルトは、瑞々しさと生命力に満ちた音楽で、と同時にモーツァルトの天才ぶりが感じ取れる構成力。コンチェルトではオーケストラと見事なアンサンブルを聴かせたが、ピアノ・ソナタでも然り。溌溂とした主題に呼応する様々なモティーフが、柔軟な手指で各々の役割を果たしている。

 続く第2楽章ではノスタルジックな趣にセンスを感じる。アーフタクトなど拍感・リズム感が正確なので、許容範囲ぎりぎりのテンポでも遅く感じず、楽曲の魅力が倍増となる。そして明るく軽快な第3楽章。表情豊かにお喋りするような楽想の中に、見事に作られた古典派ソナタの骨格。その的確なアウトラインと自由に舞う音列の妙味。聴き終えて、思わずニッコリしてしまう。

 一転して厳かなJ.S.バッハ「イギリス組曲 第6番 BWV811」。一音一音、明確な発音で弾き進めるプレリュードの緩急は巧く、温かい装飾のアルマンド、闊達なクーラントと弾き進み、サラバンドとドゥーブルから徐々にギアが入る。

 バッハなどバロック作品をモダンピアノで弾く場合、古楽器との差異など様々な意見は永遠のテーマ。そこを山﨑さんは、バッハが書いた音符を真摯に読み、その音たちをモダンピアノの特性に乗せる。そこに作為的なことは何もなく、モダンピアノだからこそ可能なことや、それによる魅力を、至極自然に奏す。サラバンド以降、音楽の輪郭や響きが広がりを見せ、ガヴォットでは短調・長調での音色の差が立体的に聴こえる。音楽は熱を帯び、最後のジークは主題と不穏な音色のトリルが絶妙に畳みかけていき、無窮動のような勢いでラストに向かう。「バッハは大好きなんです」と言う山﨑さん。その思いがビリビリと伝わる名演。山﨑さんのバッハ、他にもいろいろ聴いてみたい。

 後半はラフマニノフ「コレルリの主題による変奏曲 ニ短調 Op.42」。ロシアのピアニストたちが口を揃えて「彼はスーパー・ピアニスト!」とラフマニノフを讃えるように、楽器(ピアノ)を熟知しているラフマニノの筆致からは絢爛たる響きが溢れ出る。作曲家の思いは熱く、音も厚い大変奏曲の、敬虔な主題を山﨑さんは静かに弾き始める。この先にある様々な風景(変奏曲)の気配と覚悟のある、澄んだ空気感の主題。これは山﨑さんの今の年齢だからこそ出せる初々しさだと思う。

 そして弾き進めていく過程で、各変奏曲の特徴を誠実に聴かせる。それでいて全体の起承転結が成されているため、技巧や解釈が難儀な箇所でも変に突出しない。惜しむらくは13の変奏曲を経ての間奏曲。ここで思いっきり歌い上げて、主題が長調になる美しい第14変奏曲に飛び込んでほしかったが、どことなく迷いのある弾き方。でもそこに、こうも弾きたい、ああも弾きたいというものを感じ、今後への楽しみが出来た。

 終演後、「まだまだ練り足りなくて…」という言葉は頼もしく、ラフマニノフ・サウンドを存分に聴かせた技量には感心至極。それを音源化したヤマハCFXという心強い相棒。その美点と特性をも弾き示した、次世代を担う若きピアニストの山﨑さんに大拍手!

Text by 音楽ジャーナリスト:上田弘子、写真:武藤章