ピアニスト:上原彩子  - ラフマニノフの珍しい曲を、いい曲だと思って聴いてもらえる演奏がしたいのです ~上原彩子さんインタビュー この記事は2020年12月15日に掲載しております。

2002年のチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で女性として、また日本人として初優勝を遂げた上原彩子さん。2022年にはデビュー20周年を迎え、その記念の年に向けたリサイタルのVol.2「ショパン&ラフマニノフの世界」が2021年1月13日に東京オペラシティコンサートホールで行われる。公演のプログラム構成と、ふたりの作曲家に対する思いを伺います。

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ショパンとラフマニノフのつながりを考えてプログラムを組みました

 上原彩子さんというと「ロシア作品」というイメージを抱く人が多いと思うが、今回はショパンが組み込まれたプログラム構成になっている。その選曲の意図は……。
「私はラフマニノフの大きな作品はもうほとんど弾いているんです。唯一、弾いていなかったのが《ショパンの主題による変奏曲》で、2020年前半のコロナ禍でコンサートがなくなり時間に余裕ができたため、この作品に取り組みました。ショパンの主題はシンプルですが、ラフマニノフは変奏でものすごく難しくしています。ラフマニノフはショパンを尊敬していましたし、プレリュードもショパンの影響を受けているため、ふたりのつながりを考えてプログラムを構成しました」

プログラムはショパンの《24のプレリュード》から開始する。彼女がショパンと出合ったのは小学生のときだったという。
「初めて弾いたのは小学校3年生のときの《小犬のワルツ》です。ショパンは憧れの作曲家で、その作品を弾くことができ、とてもうれしかったですね。まだ子どもですからそんなに速くは弾けず、ゆっくり弾いていたんだと思いますが、きれいな曲だなあと思ったことを覚えています。小学校4年生のときに学校の作文で「将来の夢」を書くことになったのですが、《ショパン・コンクールに出ることが夢》と書きました。まだ他のコンクールのことは知らなくて、ブーニンの優勝が鮮烈な印象として残っていたのだと思います。実は、小学校6年生のときに、先生にものすごく難しい宿題を一気に出されたんです。ショパンの《スケルツォ第4番》、ラヴェルの《スカルボ》、プロコフィエフの《ピアノ・ソナタ第3番》。全部難しくて、泣きながら練習していました。でも、必死で練習してもっていったら、先生には《大変でしたね》とひとこといわれただけ(笑)。このときにショパンの作品に潜む深い悲しみが胸に残りました。《24のプレリュード》を始めたのは中学1年生の終わりのころ。私は長い曲やソナタなどが苦手で、こういういろんな要素が入っている曲集や組曲のようなものが大好きで、このプレリュードはとても弾きやすく、それ以来のお付き合いです」

ショパンの変奏曲は第1変奏からラフマニノフの世界

今回のリサイタルでは、前半にそのショパンの「24のプレリュード」全曲が演奏される。
「中学時代には、これらのプレリュードのほの暗く悲哀に満ち、多種多様な悲しみに魅了されました。ショパンはとても難しい作曲家で、その難しさは感情過多になってやりすぎると趣味が悪くなり、ショパンのスタイル(様式)から外れてしまうことです。旋律のうたい方も、大声でうたうのではなく繊細さやナイーブさが必要。ルバートも、あくまでも自然でなくてはなりません」

 プログラム後半は、ショパンのプレリュード嬰ハ短調作品45に続き、ラフマニノフのプレリュード嬰ヘ短調作品23-1、同変ホ長調作品23-6と続き、「ショパンの主題による変奏曲》ハ短調作品22がフィナーレを飾る。
「ショパンのプレリュードから調性などを考慮し、自然にラフマニノフに続けていきます。最後の《ショパンの主題による変奏曲》はあまりナマで演奏される機会がないため、みなさんなじみのない作品かもしれません。ラフマニノフはかなり前衛的な音使いをしていて、ショパンの《プレリュード第20番ハ短調》のコラール風の主題を22回変奏していきますが、第1変奏からもうすでにラフマニノフの世界になります。とてもマニアックな曲ですが、こういう曲を「いい曲だと思って聴いてもらえる演奏をしたい」というのが今回のリサイタルのモットーであり、私の願いでもあるんです。作品の内容としては、暗い曲想がずっと続き、最後は歓喜の表情で終わり、花開いた感じがします」

ショパンには向いていないといわれて

 今回は、なかなか聴くことのできないラフマニノフの珍しい作品が演奏されることと、上原さんのショパンを聴くことができる。なぜ、これまでショパンの作品を披露することが少なかったのだろうか。
「私は子どものころからロシアのピアニストで名教授といわれるヴェラ・ゴルノスタエヴァ先生に師事してきました。レッスンはとてもきびしく、特にショパンを得意とする先生はショパンの作品をもっていくと1小節ずつこまかなレッスンを行い、ショパンのテクニックと表現力、音楽性、作品が内包する精神性などを伝授してくれました。でも、いつも”あなたはショパンに向いていないわね“といわれました。ヴェラ先生はそれぞれの弟子の個性を生かした教授法をモットーとしていましたので、私はやはり得意なロシア作品のレッスンが多かったのです。ただし、いま考えると、先生ともっとショパンを一緒に勉強したかった。先生のレッスンでは常にビデオも撮っていましたので、それを部屋に帰って一から見直して勉強していました。実は、数年前から徐々にショパンが自然に弾けるようになってきた感じがします。何でも積み重ねだと思いますが、ようやくショパンと自然に対峙できるようになったのです。いまはピアノと自分が一体となり、ひたすらショパンの作品のなかに入っていくよう心がけています。先生にショパンのテクニックは特殊だけれど基本だといわれましたが、まさにそうですね」

今後はどのような作品に目が向いているのだろうか。
「今回のように、ふたりの作曲家を組み合わせてプログラムを考えるのが好きなんです。以前はモーツァルトとチャイコフスキーを組み合わせましたが、いつもロシアの作曲家をメインに据え、そこからいろんな関連性をもつ作曲家を選んで組み合わせていきます。シューマンとスクリャービン、ブラームスとメトネル、ハイドンとプロコフィエフなど。いまはシューマンの作品に魅了されていて、たくさん弾きたい作品があります」

Textby 伊熊よし子

※上記は2020年12月15日に掲載した情報です。