ピアニスト:エマニュエル・リモルディ  - イタリアの新星が臨む、新たな境地 ~エマニュエル・リモルディ 来日公演前インタビュー この記事は2019年10月23日に掲載しております。

名教師であり名ピアニストであるエリソ・ヴィルサラーゼ氏から薫陶を受け、トップ・オブ・ザ・ワールド国際コンクールやマンハッタン国際音楽コンクールでの受賞を機に世界的な活躍を見せているイタリアの俊英、エマニュエル・リモルディ氏。今年4月の来日から半年後の11月7日には、横浜みなとみらいホール小ホールにてリサイタルを行う。リサイタルに向けた意気込みやプログラムに秘めた想い、使用するヤマハCFXについてなど多岐に渡ってお話を伺った。

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Q1. 今回用意したプログラムについて、
何か意図やお考えはありますか?
メインプログラムとなるショパン、プロコフィエフについても
想いをお聞かせ下さい。

 私のリサイタルでは毎回コンセプトやテーマがあり、それらをより明確に聴衆の皆さんにお伝え出来ればと、チラシ、プログラムノートのデザインや執筆を自ら担当しています。
 今回の横浜みなとみらいホールリサイタルでのテーマは“鏡”です。
 モーツァルトとモーツァルト=ショパンとプロコフィエフ、モーツァルトとショパン=モーツァルトとプロコフィエフというように、お互いを映し出す鏡のようになっているイメージをお持ちいただければと思います。“鏡”というテーマは、鏡に映るありのままの姿以上に、映り込んだ側面に焦点を当てた二面性という意味でも捉えており、例えば今回のリサイタルは一部も二部もモーツァルトから始まりますが、一方の作品は長調、またもう一方は短調で書かれています。雰囲気も真逆のようでいて、その実、陰と陽という人生の表裏一体性を表しています。
 私は常に、一曲目をリサイタル全体の雰囲気を決定づける大切な鍵として捉えており、特別な印象を残すことができる作品からリサイタルを始めることを好んでいます。 例えば最近では、クレメンティのピアノソナタ、ヘンデルの組曲、モーツァルトのピアノソナタなどをリサイタル冒頭の曲として取り上げましたが、これらの作品のように親密かつ混じりけのない音楽、もしくはグバイドゥーリナやユスポフなどの現代音楽を一曲目に演奏することもあります。
今回、みなとみらいホールでは、モーツァルトのアンダンテ k.616を一曲目として選びましたが、この作品は大変特殊な響きを持っており、右手のパートはチェレスタかオルゴールのようです。興味深いことに、まるで初期の作品のような簡素さを持ち合わせていながら、実は最晩年の作品の一つであり、同時期にはレクイエムのラクリモーサ(涙の日)も作曲されています。今回のテーマ“鏡”の元、最も終わり(死)に近い作品からリサイタルを始めることにしました。

 もちろん、今回のプログラムの主人公はショパンとプロコフィエフです。私はこの二人の作曲家には多くの共通点があると考えていて、その一つとして、彼らはいつも“死”という存在を身近に感じていたように思います。
先にもお話したように、今回鏡というテーマを即ち二面性という意味でも捉えていますが、この二人の音楽はまさに現実と夢、生と死、光と闇の境目を彷徨い、私たちは彼らの音楽を通してその狭間を自由に行き来しているのです。
 ショパンの前奏曲では、24曲が走馬燈かと思いきや、ある時はまるで予感のように私たちの目の前を走り抜けていきます。この小さな曲達の連なりは現実より夢に酷似しており、20世紀のフランスを代表するピアニスト、アルフレッド・コルトーは各前奏曲の自らの印象を詩にしました。第13番目の前奏曲には『見知らぬ土地で満点の星空の下、最愛の人を想う』、第6番は雨音を表しているとショパンの恋人ジョルジュ・サンドは後に回想していますが、コルトーは『過ぎ去った思い出』とし、私は『待ち焦がれる』という印象を持っています。24曲の中心とも言える15曲目の前奏曲は、黒澤明監督の「夢」という映画の中で、画家がゴッホの絵画の中へ入っていくシーンにて、芸術家と芸術そのものを結びつける役割を担っていました。聴衆の皆様にも、ぜひ映画のように音楽の中へ入って行っていただければと思っています。

 プロコフィエフの音楽は、ある意味では具体的ですが、より象徴的でもあります。20世紀のロシアを代表するピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルは彼のお気に入りだったプロコフィエフの第4番と第8番のソナタについて、「まるで枝いっぱいに果実をつけた木のように、全てが備わっている」と評しましたが、私はこのソナタの持つ暖かさと冷たさ、創造と破壊、憂いを帯びたユーモアなどの混在にロシア構成主義の影響*を強く感じています。
(*1910年半ばに始まったソ連における芸術運動。絵画、彫刻、建築、写真等、多岐にわたる)
 冒頭のテーマはまるで氷上の熱い血のようで、後にこのテーマから派生するモチーフの数々は、ある時は神秘的で、ある時は怒髪天の形相、またある時は宿命の訪れを予感させる鐘のようです。私の大好きなプロコフィエフの特徴の一つですが、独特の距離感と言うのでしょうか、雲の隙間からこの世界を見下ろしているような、不思議な感覚に陥ることがあります。

Q2. 度々来日公演を行われていますが、日本のホールやお客様の印象はいかがですか?

 私は常に日本という国そのものや、文化や歴史、そして日本の方々に深い共感と感動を覚えてきましたが、私が日本の聴衆の皆さんを愛する理由はそれだけではなく、近年日本で演奏する機会が増えたことで得た、美しい体験の数々によると思います。もちろんどの国で演奏しても、様々な背景などの違いにより聴衆の反応は異なりますが、私にとって大切な事は、その場の芸術空間を体験として共有し、聴衆の皆さんと見えない何かで繋がることです。そしてそのような瞬間を何度も経験してきた国が、私にとっての日本なのです。私は個人的にこの事を大変嬉しく感じており、日本の皆さんにはとても感謝しています。
 東京、大阪などの大きなホールでも演奏してきましたが、特に印象的だったのは既に4回演奏させていただいた石川県能登でのお客様でしょうか。毎回柔軟かつ大変繊細に音楽を愉しんでくださり、土地の美しさに加えて、いつも大変嬉しく訪問させていただいています。
 日本のホールは、他の国と同様に、時に素晴らしいホールと素晴らしい音響との出会いがあり、時にはまあまあ(笑)のこともありますが、場所に関わらず、美しい国日本で演奏することを楽しんでいます。

Q3. 春の来日でも使用したヤマハCFXを今回も使用されますが、ピアノについての印象はいかがですか?

 私は勝手に「ヤマハシステム」と名付けているのですが、ヤマハの調律師の方々による技術と、リクエストに忠実に応えてくださる対応力には、いつも舌を巻いています。調整の精密さに加え、あらゆる面から見て最高のコンディションに整えられた楽器がステージの上に用意されているということは、演奏者に計り知れない安心感を与えてくれます。なぜなら私が欲しい音が用意されていることを事前に知っていることができ、その上、遊びの部分が残されているので、その柔軟さが私の想像力を刺激してくれ、ステージの上で初めて作品の新たな側面に出会えることもあるのです。
 同時に、CFXはある意味“異質な”楽器であるということを認めることが、良い関係を築く鍵になるのではないかと思っています。例えばフェラーリを持っていたとしても、フェラーリに合った運転をしないとうまく機能しませんよね。CFXの場合も、その潜在能力を十分に発揮させるためには、演奏者との親和性の高さといったものが不可欠だと感じています。

Q4. 最後に、日本のファンの皆様にひと言お願いします。

 ピアノの前に座り、新しい楽譜を初めて開く瞬間に私の中での音楽プロセスは始まり、それを結果として感じることが出来るのはずっと後になってからのことです。そしてそのプロセスは、解釈というよりは作曲に似ているかもしれません。
 演奏に関するアイディアやヴィジョンは出来るだけ明確化するようにしていて、最終的に音楽だけがそこに生き生きと存在し、私と音楽の境界線が完全になくなっていることを具現化するよう心がけています。まず譜読みなどを経て作品の根幹を理解し、ファンタジーで肉付けしていきます。時にはフォルティッシモと書いてある箇所でピアニッシモで弾いてみたり、遅くと書かれている箇所で速く弾いてみたりもします。手の中でいかようにも変容する彫刻の如く、音楽は様々なことから独立した存在である必要があるからです。
 次に私のヴィジョンと、作曲家の意図と一致する感情、色彩、構成などを組み立て、これらのプロセスは最終的に、作曲家や楽譜ではなく音楽と自分自身の関係に耳を傾け、とりわけ、なぜ演奏者が私である必要があるのかを理解するために避けて通ることはできません。

 ロシアの文豪ドストエフスキーは「人生は生きるためにあるのではなく、どう生きるのかを知るためにある」と言いましたが、同じように、このような段階を経て、ようやく自分がその音楽を通して共有すべきものは何なのかを真に理解することができます。
 また新たに日本のホールで演奏できること、そして素晴らしい文化と奥深い感性をお持ちの日本の聴衆の皆さんからの反応を心から楽しみにしています。
 最後に、私は芸術家が筆頭となり、私たちの時代の最も重要な問題である気候変動と未来の為の環境の保護について、聴衆の喚起を率先して促し、そして共有する必要性を強く感じています。この度、その願いをお客様に伝えるために、演奏活動の後、ロビーにて環境保全活動を行っているWWFジャパン(世界自然保護基金)の活動を紹介すると共に募金を募ることとなりました。皆さんからのご協力をお待ちしております。

Textby 編集部

※上記は2019年10月23日に掲載した情報です。