ピアニスト:上原ひろみ  - あらゆる音楽に対してオープンで好奇心旺盛な西江辰郎さんとなら面白いものが作れると思いました。~上原ひろみさんインタビュー この記事は2021年11月29日に掲載しております。

ジャズ・ピアニスト、上原ひろみのニュー・アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』は、新たなプロジェクト「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」での録音。コロナ禍で生まれたコラボレーションについて話を伺った。

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新作は弦楽四重奏とのピアノ・クインテット

ピアノ+弦楽四重奏という編成に、クラシックのピアノ五重奏をイメージされる方が多いことだろう。だが上原ひろみを軸にしたピアノ・クインテットは、この編成に無限の可能性があることを示してくれる。

「きっかけはコロナ禍で危機に瀕したライヴ業界のために、なにか私にできることはないかと思ってはじめた『SAVE LIVE MUSIC』という企画でした。アーティストが来日できずキャンセルが続いていたブルーノート東京で、ライヴをさせてもらえないかと提案し、2021年の8~9月に第1弾として16日間のソロ公演を行ないました。そして年末年始の第2弾ではソロとは違うフォーマットにしたいなと考えたとき、ポンと西江辰郎さんの顔が浮かんだのです」

西江がコンサートマスターを務める新日本フィルハーモニー交響楽団とは、これまで2度の共演経験があった上原。そこでの出会いが、西江(1stバイオリン)を中心に、同団のビルマン聡平(2ndバイオリン)らが名を連ねる今回のクインテット結成のきっかけとなった。

「西江さんとは人間としての波長が合うというか、最初から気さくで話しやすかったんですよね。あらゆる音楽に対してオープンで好奇心旺盛。2015年に新日本フィルと共演したときも、アンコールに私がソロでインプロヴィゼーションをすることになり、『一緒に演奏しませんか?』と軽く聞いてみたら『やりたい!』と即答で、そのとき私がライヴをしていたブルーノートまで来てリハーサルをしてくださいました。まるで私の仲間のミュージシャンのようなフットワークの軽さで、彼となら面白いものが作れると思いました」

今回のアルバムは、その「SAVE LIVE MUSIC」で披露した曲を、あらためてスタジオ録音したもの。「シルヴァー・ライニング(silver lining)」とは、灰色の雲の後ろから太陽の光が差して、銀色に輝く裏地のように見える様子を示す言葉で、「苦境のなかに差す一筋の光」といった意味を持つ。同名のタイトル曲は4つのパートからなる組曲形式で、いずれもコロナ禍における上原のストレートな心情が綴られている。

「自分の気持ちのアップダウンを曲にしていったら、4つのアイコニックなモチーフができたので、それをもとに組曲にしました。1曲目の〈アイソレーション〉は、それぞれが隔離されて、同じ時間軸で違うことを弾いている場面からはじまり、最後は同じリフが永遠にループされる上で私がソロをとることで、孤独な感じを表現しています。2曲目の〈ジ・アンノウン〉は未知のものと闘って、翻弄されている様子、3曲目の〈ドリフターズ〉は心の置き場をどこにしたらよいかわからなくて彷徨っている様子、そして4曲目の〈フォーティチュード〉は文字通り不屈の精神で、みんなで足並みを揃えて闘っていく様子を書きました」

弦楽のアレンジもすべて自身で手がける

特筆すべきは、本アルバムは弦楽のアレンジもすべて上原自身が手がけていることである。しかもその腕前は西江たちにも絶賛するほどの折り紙つき。子どもの頃からオーケストラ作品をよく聴いてきたという上原にとって、弦楽器はどのような存在なのだろう。

「ヴァイオリンの音色の美しさは、すごい魔力を持っていると感じます。水分含有量の多い、ふくよかに響きわたる音に惹かれますね。一方で、ヴィオラの音色は少しダークというか、独特の深みがあって。今回、〈ドリフターズ〉ではヴィオラがメロディをとっているのですが、あの彷徨う感じというのはヴィオラにしか出せないと思います。そしてチェロには、私たちの言語でいうところの“ベース”のような役割を担ってもらっています。そのサウンドがあってみんながまとまる、縁の下の力持ちですね」

また、上原が自身にインスピレーションを与えるミュージシャンのために1分間の曲を書き下ろし、そのミュージシャンとリモートで共演した映像を公開するSNS企画「One Minute Portrait」の曲も、弦楽四重奏との演奏で収録されている。なかでもベーシストのアヴィシャイ・コーエンとの共演のために書かれた「サムデイ」では、チェロがジャズ・ベースさながらのピッツィカートで駆けめぐっているのに驚いた。

「私のまわりにいるジャズ・チェリストたちはピッツィカートをしているので、それが普通だと思っていたのですが、彼らは弦を柔らかく張ってあるみたいで。クラシックのチェロで同じことをやるのがいかに大変なことか、レコーディングのときにチェロの向井航さんが『気合だ!』と言っているのを見て、はじめて知りました」

クラシックの音楽家と共演するうえで、苦労した点などはあったのだろうか?

「普段と違うのは、書き譜がとても多いこと。クラシックの音楽家は楽譜からどれだけ多くの情報を読み取るかを勉強されてきているので、私が必要最低限のことしか楽譜に書いていなくても、全部を深読みしてくださるんです。その深読みが、少しクラシックに寄りすぎた解釈だと合わない曲も出てくるので、そういう部分は細かく調整していきました。レコーディングではお互いが言いたいことを言える雰囲気だったのが良かったですね」

ピアノは、上原にとって長年の相棒ともいえるヤマハCFX。その魅力をあらためて聞いた。

「低音と高音の響きのバランスが良いところが魅力です。私は低音をベースとしてよく使うので、そこでは重低音のどっしり構えた音が出ますし、高音はキラキラときらびやかな音が出る。低音と高音が混ざり合ったときのバランスもすごく良いです。あとはタッチですね。CFXは“これぐらいの音が出したい”と思った通りの音が返ってきてコントロール性抜群なので、自分にとってはほかのピアノは考えられない感じです」

このクインテットで出演したフジロックフェスティバルでのステージも好評で、現在もツアーの真っ最中だ。コロナ禍での挑戦が拓いた新たな可能性に期待したい。

Textby 原典子

※上記は2021年11月29日に掲載した情報です。