ピアニスト:黒田 亜樹  - 二人のピアノがクリスマスに炸裂する「アーメンの幻影」公演前インタビュー この記事は2022年12月9日に掲載しております。

東京現音計画のメンバーが自由に企画するアラカルトシリーズ、第8弾。
メシアンの愛弟子でありメシアン国際コンクールで最高位を受けた藤井一興と、東京現音計画のみならずジャンルを超えて創造的な活動を展開する黒田亜樹。二台ピアノによる公演を前に、それぞれの想いを語って頂いた。

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Q:今年はメシアン没後30年ということですが、メシアンはお二人にとってどのような存在でしょうか。

藤井:1975年から10年くらいはたびたびお目にかかっておりました。75年にコンセルヴァトワールに入って、学校に通う間、毎週作曲クラスでレッスンを受けていました。先生が学校をおやめになっても、たまにご自宅に伺って歓談させていただき、先生のお気持ちや温かさに気持ちがほぐれることがありました。
心の広いすごく包容力のある先生でした。宗教のことは一切仰らず、カソリックを強要することも一切なくて、先生が普段オルガンをお弾きになったりする実際の仕事をみて、先生が敬虔なクリスチャンだということがわかるのです。
オルガンリサイタルも開かれましたが、凄いのはオルガンの即興リサイタルです。一切お題を決めないでリサイタルなさったんですよ、トリニテの教会で。即興がお好きだったんです。
もちろん、即興と言ってもロリオ先生がオルガンストップをなさって、いわばお二人の合作です。
仏教徒であろうとヒンズー教徒であろうとイスラム教徒であろうと公平に親切に接して協力を施す方でした。その先生の普遍的な精神が、エスプリがすごく有難く今でも思い出されます。

黒田:学生時代、藤井一興先生が録音されたメシアン「幼な児イエスへの20のまなざし」のCDから聴こえる音色に驚嘆したんです。ご縁をいただいて先生の宅に通うようになって、フランス音楽の奏法、音色の造り方を一つ一つ教えて頂きました。レッスンは熱を帯びるといつの間にかフランス語になっていて、私のメシアンの楽譜には藤井先生直筆のフランス語がたくさん書き込まれています。メシアン先生がこう仰っていた、ロリオ先生はこのように弾いておられたと伺うと、それだけで五線が色刷り楽譜のように見えたものでした。藤井先生はリサイタルのアンコールにメシアンを抜粋でお弾きになることもありましたが、2009年の東京文化会館リサイタルでついに全曲の生演奏に接することができました。それまでは先生の色彩の豊かさ、光り輝くタッチに魅了されていましたが、その時は暖かい音楽にさらに深く感動したものでした。これまで多くの方のメシアン演奏を拝聴して参りましたが、私にとって、メシアン体験の原点は藤井先生の響きそのものなのです。

Q:今回の演目である「アーメンの幻影」を選ばれた理由と、聴きどころなどについて教えてください。

藤井:アーメンは前から大好きな曲です。よく覚えているのは、パリ市の主催で、パリの市立劇場で一週間毎日、メシアン先生とロリオ先生が2台ピアノで弾いていた時期のことです。ロリオ先生がすごく輝いてお弾きになりやすいように、メシアン先生が支えてらっしゃって、包容力のある 心のやさしいアーメンの幻影だと思いました。
2台ピアノでああいう柔らかい音色を出すのは大変だと思ったのですが、二人が超越していらして、自然体のまま敬虔に神さまにお祈りする気持ち、そういうエスプリがでていらっしゃって、流石だと感心しました。
メシアンとロリオのお二人の演奏は、他の方たちのメシアンとは違って凄く気持ちが優しいんです。華やかな曲ですが、派手に弾くことが全然ないので、凄くびっくりしました。メシアン自身、無理に華やかに弾くことは、全然ありませんでした。それはすごく勉強になりました。どうしたらああいう音がでるのか知りたくて、何日も演奏会に通い詰めました。
1番ピアノはロリオ先生が弾きやすいようにリズムなど作ってあるんです。だから二人でしのぎを削ると言うのではなく、ロリオは歌いたいように歌っていて、メシアン先生もそれを承知で、リズムをちゃんと支える感じでした。だから、戦うことが一切ないんです。戦闘状態に絶対ならない音色でした。凄いと思いました。全てを乗り越えた次元の演奏会でした。
パリのお客さんたちもそれを分かっていて、毎日見に来ていたわけだから、すごく満足していらっしゃいました。もっと派手に弾く人は沢山いるわけで、パリのど真ん中でそうでない演奏会をわざと一週間も続けてやったというのは凄く珍しいことだとおもいました。
あの演奏会は、メシアン先生が1978年に腎臓病で入院なさる前で、とてもお元気な時だったので、先生の愛の力というのか、神に対する愛のお気持ちが演奏に現れていて、本当に感心しました。

黒田:藤井先生にお習いしている当時、二台ピアノで共演させていただける日が来るとは恐れ多く、想像もできませんでした。それがなんと、数年前に現代音楽の企画コンサートで、ヴィシネグラツキーとアイヴス両作曲家の微分音のための二台ピアノ作品を共演させて頂く機会に恵まれました。藤井先生の紡ぐ音色と流れる時間、合わせているような合わせていないような不思議なアンサンブルの快楽と申しますか、忘れられない経験でした。もうすぐメシアン没後30年だなあ、とある日藤井先生の音色が頭を過り、没後30年のクリスマスにアーメンを演奏するのはどうでしょうとミラノから藤井先生にお電話差し上げました。私も馬齢を重ねるうち、先生からもっと沢山受け継ぎたい思いも強くなったのかもしれません。攻撃とか戦争という言葉が新聞やネットニュースに頻繁に流れるようになり、祈りを込めて弾きたくなったのも理由の一つです。

Q:メシアンの薫陶を受けた藤井さんと、ジャンルを超えたマルチな活動を展開する黒田さん、それぞれお互いにとってどのような存在でしょうか。

藤井:黒田さんのような素晴らしい方とご一緒できるのはとても光栄で、せっかく黒田さんに1番を弾いていただけるのだから、黒田さんに自由に弾いていただけるようセッティングしたいと思います。メシアン先生ではありませんが、わたしが大きい音でやってしまうと、キラキラした音色自体がそういう世界になってしまうんです。ですから、わたしも大きく弾きすぎないようにして、包容力のある音色で作りたいと思います。
だから黒田さんにはどうぞお弾きになりたいよう自由に弾いていただきたい。ただ、リズムが難しいから二人ともしっかり数えなければいけませんが。
ところで、彼女はご自分がお上手なだけでなく、お弟子さんの能力を引き立てるのも天才的で、あっという間に上手にする天才的な指導能力があって、素晴らしいと思って、いつも感心して拝聴しているんです。
黒田さんとは、以前ヴィシネグラツキー の2台の4分音ピアノのための曲集をご一緒したのが最初で、それも滅多に弾くチャンスのない曲だったのですごく感激しましたし、とても勉強になりました。

黒田:藤井先生はピアノを扱う上で多くを教えてくださる恩師に留まりません。私が見ることのできなかったフランス、ヨーロッパ当時の空気を、先生の音やお話全てから感じることができる、タイムマシーンのような存在でもあります。そして現在、私の生徒たちも先生から音色の倍音の魔法を教わっています。今回向きあって演奏させていただく機会に恵まれて、より近くから先生の倍音を耳で感じ取り体で浴びることができます。非力ながら、この先生の魔法を少しでも私が自らのものとして、次の世代に引き継いでいきたいと切望しています。

Q:公演への抱負や皆さんへのメッセージをお願いします。

藤井:今回はヤマハのホールに素晴らしいピアノが2台も入っていて、響きすぎない感じで第2ピアノを弾かせて頂こうと思っているのですが、パリの市立劇場でメシアン先生があまり強すぎないように弾いていたのを思い出して、アンサンブルの妙技というか、2台のピアノで戦うのではなく、本当に2台で音を聴きあって、調和しながら興奮をめざしていきたいと思います。

黒田:藤井先生は特にヤマハCFXの音色にこだわって、CD録音もCFXで続けておられます。ぜひ皆さんもヤマハ銀座コンサートサロンで藤井先生の音色を堪能していただきたい、それだけです。それを何より一番楽しみにしているのは、何を隠そうお向かいに座る私です。

Textby 編集部

※上記は2022年12月9日に掲載した情報です。