ピアニスト:今田篤  - シューマンには、計算しつくされた美とは異なる、人間らしい魅力があります。~今田篤さんインタビュー この記事は2021年3月31日に掲載しております。

2020年秋、ライプツィヒ芸術音楽大学を卒業した今田篤さん。長かった学生生活を終えて、2021年から日本に拠点を移す。そんな折、シューマンを収録したデビューアルバムをリリースする。

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シューマンは、パーソナルに語りかけてくる

 シューマンは大好きな作曲家の一人であり、音楽家人生の中でたくさんの作品に取り組んでいきたいという今田篤さん。デビューアルバムとなる今度の録音で選んだのも、やはりシューマンだ。
「シューマンは、内面的な要素がパーソナルに自分に語りかけてくるところが好きです。ベートーヴェンのユニバーサルなメッセージとは、また別の魅力があります」
 作品に登場する陽と隠の性格──フロレスタンとオイゼビウスに代表される二面性や、捉えどころのなさから、シューマンはよくわからないという人も少なからずいるが、今田さんにとっては、特に共感できる作曲家だという。
「例えば交響的練習曲なら、叙情的に語りかけてくる楽章の次に、一瞬にしてまったく別の曲想、それも異常と思えるほど情熱をあらわにした音楽が流れる。計算しつくされた美とは少し違う、人間らしい音楽です。
 僕は感情的になると、考える前にものを言ってしまって、あとでどうしてそんなことをしたのだろうと思うことがたまにあります。二面性があるといわれることもあるほうで(笑)。だから似ているといってはシューマン先生に悪いかもしれませんが、やっぱり何か、近いものを感じるのです」

 今回録音したのは、シューマンが20代半ばの若き日に書いたピアノソナタ第1番と、交響的練習曲だ。
「どちらも叙情的、情熱的です。1番のソナタは、初めの音ですでに全曲の世界観を表しているようですし、交響的練習曲も冒頭のテーマからずっしりと重い。一音目から、ここからすごいドラマが始まるのが感じられるところが好きです。
 若い頃のシューマンは、法科大学の学生ながら、気持ちは文学や音楽のほうに向いていて、ずっと夢遊病のような感覚で生きていたのではないかと思います。書く音楽も気まぐれに見えるけれど、全体を通して聴くと、一つのドラマがある。人に認められたいという考えがあったら、あのような曲は書けなかったと思います。その純粋性に魅かれます。
 また、オーケストラ的な色彩感や、歌のフレージングがあちこちから感じられるところも魅力です。ピアノ曲として書いているけれど、頭の中にはいろいろな音が鳴っていたのでしょう。交響的練習曲は、指の技術のエチュードでもありますが、音色やアーティキュレーションのためのエチュードでもあると思っています」

音にさまざまな楽器奏者の命を吹き込む

 録音はヤマハホールでおこなった。演奏に使用したCFXは、シューマンの作品にもよく合ったという。
「CFXは厚みのあるオーケストラ的な音を鳴らすことができて、ピアニスティックな表現だけでなく、シンフォニックな表現がしやすかったので、演奏していて楽しかったです。音に深みがあり、初めの一音で曲の世界観を作るにあたって楽器に助けられました」
 シンフォニックな曲だけに、オーケストラのさまざまな楽器の表現を意識したという。
「オーケストラの楽器はそれぞれ発音が違うので、例えばバスーンのイメージなら少しためを作るとか、ピッコロやフルートなら早めに発音するなど、それぞれの指で音を出すタイミングを微妙に変化させます。そして、指ごとに奏でる声部にコントラストが出るよう、丁寧に練習します。そうすることで、例えば10の音を一度に鳴らしたときにも、和音が一つの塊になるのでなく、楽器ごとの音を聴き分けられる演奏になる。それぞれの音に楽器の奏者の命を吹き込むことができるのです」

 また、複数の版がある「交響的練習曲」については、その選択にこだわった。
「音楽の流れを考えて、遺作も加えた形の演奏を収録しました。また、最後の変奏は、初版の真ん中の部分が長いバージョンを演奏しています。あまり馴染みがないかもしれませんが、ぜひ注目して聴いてほしいです」
 一方のソナタは、次々と音楽的な性格が移り行く、そのコントラストが魅力だという。
「第一主題のファンダンゴから、いい意味でアグレッシブ。シューマンらしさを感じます。曲を通してある方向を向いているのだけれど、パッと性格が切り替わって突然新しいものが出現する、そのコントラストが美しい曲です」

長くピアノを弾き続けていたい

 これからも勉強を続けるとはいえ、2020年でライプツィヒ芸術音楽大学を卒業し、学生生活を終えることになった。2021年4月からは、母校である東京藝術大学の非常勤講師として後進の指導にもあたる。
「最近教える機会が増えているのですが、やはり今まで抽象的だったイメージを言語化する必要があることで、自分の中でもいろいろなことがより明確になっている気がしています。あと、人にいろいろ言っておいて自分はちゃんとできているのか、と考えることも増えましたね(笑)」

 日本に拠点を移し、これから演奏家として取り組んでいきたいことは?
「これまであまり機会がなかった、室内楽や歌曲とのアンサンブルに取り組んでいきたいです。自分のレパートリーとしては、シューマンはもちろんもっと弾きたいですし、ベートーヴェン、チャイコフスキー、ラフマニノフなどにも取り組みたい作品がたくさんあります。そのためにも、長くピアノを弾き続けていたい。僕は要領がいいほうではないので時間がかかるのですが、長く続けていれば少しでも多くのことが実現しますから。今はコロナ禍で演奏会が開きにくい状況ですが、また日常が戻った時には音楽が絶対に必要とされると思います。それまで無理せず、演奏家として自分の腕を磨いていきたいです」

※公演情報
今田 篤さんCDリリース記念サロンコンサート
2021年6月20日(日)14:00開演 ヤマハ銀座コンサートサロンにて
料金 3,000円(税込)
事前お申込み制 ヤマハミュージックジャパン TEL03-3572-3426 (10:00-17:00 月~金)

Textby 高坂はる香

※上記は2021年3月31日に掲載した情報です。