ピアニスト:黒岩航紀  - オールロシアもののピアノリサイタルで、壮大なオーケストラサウンドを表現したい。~黒岩航紀さんインタビュー この記事は2019年7 月24日に掲載しております。

2013年、東京音楽コンクール・ピアノ部門で第1位を獲得、以降も数々の賞を受賞し、快進撃を続けている黒岩航紀さん。2019年10月5日、東京文化会館小ホールにて開催される、ピアノリサイタルにかける思いを中心に、話を聞いた。

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6年間の封印を解き、ホロヴィッツ編『展覧会の絵』に挑む

 今回のリサイタルは、チャイコフスキー『くるみ割り人形』(プレトニョフ版)、ストラヴィンスキー『ペトルーシュカ』からの3楽章、そしてムソルグスキー『展覧会の絵』(ホロヴィッツ編)と、オールロシアもののプログラム構成になっている。
「2017年12月、サンクトペテルブルクで演奏する機会があり、モスクワも含め、わりと長い間、滞在していました。そのとき、初めてロシアを訪れ、この壮大な大地を思わせるようなリサイタルをやりたい、という気持ちが湧いてきたんです。中でも、『展覧会の絵』は大好きな曲で、芸大の卒業試験公開演奏会でも演奏した作品です。自分なりに満足のいく演奏ができたので、あえてしばらく、人前での演奏を封印していたのですが、おととしロシアを訪れて、今だったら、あのときとはまた違う『展覧会の絵』が弾けるんじゃないかと思ったんです。もちろん、この約6年の間に、ピアニストとして成長した部分も、この曲を演奏することで皆さんにお届けできると思い、プログラムの中心に決めました」

 黒岩さんは、『展覧会の絵』の中でも、ホロヴィッツ編に対して、強い思い入れがある。
「学生の頃、ムソルグスキー版は、現代のピアノで演奏するには、どこか物足りない、ラヴェルのオーケストラ版のようにもっと壮大に聞かせられるアレンジがあるはずだと、ずっと感じていました。そうした中で、ホロヴィッツ編に出会い、「僕が求めていたものはこれだ!」と、思ったんです。ホロヴィッツは、ラヴェル版をピアノに編曲したといわれているのですが、それだけに、オーケストラ的響きが感じられる編曲になっているのです」

 今日において、ホロヴィッツが編曲した作品の楽譜は、一つとして正式な形では世に出ていない。生前、彼がそれを許可しなかったためだ。つまり、現在、私たちが目にするホロヴィッツ編の楽譜は、誰かが音源を聞いて書き起こしたものになる。この点についても、黒岩さんは、ピアニストとして、一つの信念を持って作品と真摯に向き合っている。
「手に入る楽譜がホロヴィッツの意図していた正確なものかどうかは、誰にもわかりません。つまり、演奏する場合は、ホロヴィッツの演奏音源をもとに、それぞれのピアニストが自分なりの解釈でアレンジを加える必要があるのです。そういう意味では、今回の演奏は、ある意味、ムソルグスキー=ラヴェル=ホロヴィッツ=黒岩編ともいえるでしょう。忘れてはいけないのは、ピアノもピアニストも、日々進化しているということです。ホロヴィッツが活躍した時代は、ピアノはめざましい進化をとげ、アメリカではカーネギーホールが開館されるなど、大ホールでのリサイタルが活発に展開している時代でした。ホロヴィッツは、その状況に合うように編曲をしたわけです。だから僕も、ピアニストである以上、当時のホロヴィッツ編をただコピーするのではなく、あの曲を、現代のホールにおいて現代のピアノで演奏するとき、最大限に作品の良さを引き出す表現、音選びを考える必要がある。それをやってこそ、はじめて、ホロヴィッツ編の精神を引き継いでいると言えると、僕は思っています」

CFXと僕とで、"今だからこそ“の音を奏でる

 リサイタル直後の10月9日には、『展覧会の絵』(ホロヴィッツ編)が収録した、オールロシアもののセカンドアルバムもリリースされる。録音で使用した楽器は、ファーストアルバムに続き、ヤマハCFXを使用だ。もちろん、今回のリサイタルでも、CFXが使用される。
「ピアノは日々進化していますが、CFXは、まさにその頂点にある楽器といえるでしょう。特に、低音部のオーケストラに負けないような、音楽を下から支えるパワーはすごいです。また、CFⅢから進化したとき、圧倒的に倍音の鳴りが豊かになって、『オーケストラを思わせる音色』になってきていると感じました。その一方で、CFXは弦楽四重奏のようなハーモニー感のある音色も作れる。僕の思いを汲み取って音に変換してくれる、僕にとって特別なピアノですね。ただし、パワフルなこの楽器と対峙するときは、演奏者にもそれだけのパワーが必要で、覚悟して臨まないと、応えてはもらえません。それだけに、気弱になっているときにCFXと向き合っていると、すごく勇気をもらえるんです」

 そんなCFXと黒岩さんの共演による、オールロシアもののプログラムには、否が応でも期待が高まる。リサイタルの聴きどころを、改めてうかがった。
「どの作品も、オーケストラ作品にもなっている曲なので、いい意味で、ピアノのリサイタルを聞いた、という感触とは、違う演奏会にしたいと思っています。現代のピアノであるCFXと現代のピアニストである僕自身をもってして、オーケストラサウンドを感じてもらえるリサイタルにしたい。原曲が作曲された時代では表現できなかった、オーケストラの厚み、倍音の響きを感じていただけることを願っています」

Textby 上原 章江

上記は2019年7月24日現在の情報です。