ピアニスト:深見 まどか  - 「Depth of Light 美術×ピアノ×現代音楽」3人のアーティストの個性と才能が響き合って生まれる幻想的なステージ ~深見まどかさんインタビュー この記事は2020年9月17日に掲載しております。

ピアニストの深見まどかさん、美術家の大舩真言さん、作曲家の坂田直樹さんのコラボレーションによる新たな形の舞台作品「Depth of Light 美術×ピアノ×現代音楽」。動画配信を前に、ジャンルを超えたアーティストの感性が共鳴して生まれたこの公演の魅力を、深見まどかさんに語っていただいた。

Profile

今こそ芸術の力を信じたい

 京都市出身、東京藝術大学で学び、フランスに渡ってパリ国立高等音楽院修士課程ピアノ科、古楽科、室内楽科を審査員満場一致の首席で卒業し、パリを拠点に活躍している深見まどかさん。本サイトで好評連載中のコラム「C’est la vie~関西人のパリ音楽漂流記」に、その充実した暮らしぶりが生き生きと綴られているが、コロナ禍で生活が一変した。コロナ禍がなければ、この企画は生まれなかったと語る。

「3月頃から世界中の情勢が刻々と変わり、予定されていたコンサートもキャンセルになり、パリが都市封鎖され、日本に帰国しました。自粛期間中、音楽や芸術がどんどん片隅に追いやられるように感じながら、では、音楽はなぜ必要なのか、何のために自分は生きているのだろうと悶々と悩み続けた結果、やはり人間の心を揺さぶる音楽や芸術はどんなときにも絶対に必要だと確信し、以前より互いの芸術性に共感しあうことが多かった美術家の大舩真言さんに、このような時期だからこそ何か新しいものを一緒に創り出せないかと相談しました」

 和紙に岩絵具という鉱物顔料を用いた作品を空間と親和性の高いインスタレーションとして発表し、国際的に高い評価を受けている美術家の大舩真言さん。 フィルハーモニー・ド・パリでのジャポニスム2018公式企画に出展した作品ほか、日本画の手法による精細でダイナミックな作風が話題を呼んでいる。

「大舩さんの作品って、ずっと見ていられるんです。見ているうちに引き込まれて、自分自身の内面と共鳴するような不思議な感覚にとらわれます。ちょうどフランスでリリースする3枚目のアルバムのために現代曲に取り組んでいたので、現代音楽と現代美術のコラボレーションから何か独特の空間を生み出せないかと考え、作曲家の坂田直樹さんにも声をかけました」

 尾高賞、芥川作曲賞、武満徹作曲賞、日本の著名な作曲賞の三冠に輝いた気鋭の作曲家、坂田直樹さん。多彩な響き、しなやかで緻密な構成感の作風で聴衆を魅了し、国際的な委嘱も多い。

「坂田さんの作品は、3、4年前から弾いていて、3枚目のアルバムにも入れる予定で連絡を取り合っていたので、今回の企画に参加してほしいとお願いしました。坂田さんは大舩さんの作品を見て、この人の作品に合った曲を書けるのは僕しかいない!と言うほど惚れ込んで、新曲を書き下ろしてくださることになりました」

 深見さんと坂田さんは、大舩さんのアトリエに何度か足を運び、制作途中の作品を見ながら構想を練って、《Depth of Light》という新曲が生まれた。

「坂田さんは、美術家、ピアニストと一緒にインスピレーションを刺激し合いながら作品を書くのは初めてで、新鮮で楽しかったと言ってくださいました。最初に楽譜をいただいたのが8月10日頃。そこから、大舩さんや私の意見を取り入れつつ、演出面を考えつつ、どんどん曲が変わっていって、最終的に完成したのは本番の10日前くらいでした。坂田さんの既存の作品はピアニスティックな意味でかなり難しく、弾くのは大変でしたが、この新曲は一緒に創っているという独特の高揚感を感じながら取り組み、私も楽しかったです」

光によって様々に表情を変える美術作品が音楽と溶け合う

 あえて無観客での上演。2020年8月30日、31日、ロームシアター京都〈メインホール〉に3人のアーティストの個性と才能が響き合い、幻想的なステージが繰り広げられた。

「今回のプロジェクトの特徴は、最初から無観客を前提に、生の舞台の臨場感と映像の美しさが両立した作品となるよう、舞台監督、照明の方たちと細かく打ち合わせて創り上げたところにあります。Depth of Light、光の深さというタイトルで、人間の心の移ろいをテーマに、日本の美学、自然観のようなものを表現したいと思いました。衣装も作品の一部として、全体のイメージに合わせてフランス人のオロール・ティブーがデザインした衣装を纏いました。そういう意味で、ヤマハCFXの無駄のない美しいフォルムも舞台に自然に溶け込み、収録に立ち会った方々が絶賛していました。この30分ほどの作品を視聴してくださる方が、どのような感想を持ってくださってもいいのです。感情に正解はありません。枯山水の庭を眺めるように、無心で作品の世界に浸っていただければ幸いです」

 演奏曲目は、武満徹《雨の樹素描~オリヴィエ・メシアンの追憶に~》(1992)、フィリップ・エルサン《3つの日本のスケッチ 1.Suma – 2.Nara – 3.Yamato》(2009)、坂田直樹《AfterimagesⅡ》(2013)、一柳慧《雲の表情Ⅷより「久毛波那礼(くもばなれ)》(1989)、坂田直樹《Depth of Light》(2020 – 世界初演)。

「武満徹の作品で幕を開け、続いてフィリップ・エルサンの与謝蕪村の俳句にインスピレーションを受けた作品。多くを語らず、削ぎ落とされた言葉から豊かな風景が広がるように感じられます。坂田さんの《AfterimagesⅡ》と《Depth of Light》の間に置いた一柳慧の作品は、雲が浮遊しているイメージ。そして坂田さんの《Depth of Light》。鮮烈な和音で始まり、光の奥行きがどんどん増していくような作品です。坂田さんの作品は、残響や倍音を自在に操るところが大きな魅力なのですが、今回もそれが大舩さんの美術作品と絶妙な化学反応を起こして、光のプリズムが広がり、最後は静かに心の中に入ってくるような……。私自身も作品に同化しているような瞬間を味わうことができました」

 この公演は大舩真言さんが新作2点を交えた4作品で空間を構成。メインの作品は、ステージの中央に掲げられた和紙(麻紙)に岩絵具で描かれた「Crevasse♯3」。白く浮き上がる絵画の中央の亀裂が、照明によって様々な表情を生み出す。

「そこから光が生まれる、そこに吸い込まれるようにも感じられる……。本当にいろいろな表情が現れて、それぞれの楽曲に溶け合っていると感じました。周りの3点の岩は、1億年前の火山噴火でできた岩など、希少価値の高い素材を使っています。大舩さんの作品は、繊細さと、どこか無骨で荒々しいものが混在するように感じるのですが、今回のプログラムにぴったりで、最後は私自身、ステージと一体となったように感じることができました」

 深見さんの演奏を支えたのはヤマハCFX。

「これまでもヤマハCFXを様々な場面で弾いて来たのですが、今回のプロジェクトに絶対欠かせない存在だと感じました。武満徹作品の「静寂の美」のような、音と音の間を表現するとき、何かが混じってはいけないのです。坂田さんの作品の倍音を美しく響かせるときも、雑味のない音を出してくれて、ステージ上で感動しました。強音を出すときも、変な厚みのある無神経な音にならない。それでいて主張はある。独特の透明感が日本の美学に通じるように感じました」

 公演の動画は、2020年9月20日~22日(無料)、9月27日~10月31日(有料)の期間限定で配信される。

「なるべく多くの方に見ていただきたいので、無料配信の期間を設けました。私は子どもたちにぜひ見てほしいと思っているんです。現代曲だから難しいとか、現代美術はわかりにくいというような先入観のない子どもたちの無垢な目に、この公演がどのように映るのか、素直な感想を聞いてみたいです。有料配信は、このプロジェクトをつなげていくための応援とお考えいただけばと思います」

Textby 森岡葉

※上記は2020年9月17日に掲載した情報です。