ピアニスト:栗原麻樹  - プーランクの作品はフランスのエスプリが詰まっている、その音楽をもっと広めたいんです。~栗原麻樹さんインタビュー~ この記事は2018年6月11日に掲載しております。

12年間フランスに留学し、さまざまなピアニストから幅広い音楽を学んだ栗原麻樹さん。7月8日にヤマハホールで行うリサイタルでは、「フランス音楽大使」として、前半にフランス作品、後半にロシア作品を加えた個性的なプログラムを披露します。

Profile

プーランクの音楽ははつらつとして明快

 栗原麻樹さんは国内外の国際コンクールで優勝&入賞に輝き、15歳のときにパリに留学。パリ国立高等音楽院、パリエコールノルマル音楽院、パリスコラカントルム音楽院で研鑽を積み、ジェルメーヌ・ムニエ、ブルーノ・リグット、フセイン・セルメット、ジャン=マルク・ルイサダ、ガブリエル・タッキーノ、エリック・ベルショー各氏に師事した。
「いろんな先生から本当に多くのことを学びました。各々の先生はまったく異なる個性の持ち主でしたし、教え方も異なります。ムニエ先生は最晩年でしたのでそう多くはレッスンが受けられませんでしたが、フランス音楽の伝統を教えていただく貴重な機会でした。リグット先生はサンソン・フランソワの唯一のお弟子さんで、とても情熱的な教え方でした。フランスとイタリアの血が流れているからか、とても感情の波のはげしいかたで、レッスンでは一緒にうたうということが多かったですね。ルイサダ先生も気性のはげしいかたで、やはり音楽に対する熱き情熱をもっていらっしゃる。それをレッスンのなかで教えていただきました」
 とりわけ貴重だったのは、タッキーノのレッスン。ガブリエル・タッキーノは1934年フランスのカンヌ生まれ。プーランクの唯一の弟子であり、師匠プーランクの流れを汲む、古きよき時代のフランス音楽の伝統・解釈を後進に伝えている。幅広い作品を演奏しているが、やはりプーランクの作品を自家薬籠中のものとし、そのピアノ作品全集の録音も行っている。栗原さんは、その極意を伝授された。
「タッキーノ先生はことばであれこれいうよりも、ご自身で弾いてプーランクの音楽のすばらしさを伝えてくれました。その演奏から多くのことを吸収し、音楽に対する感覚を肌で感じることができました。独特の間の取り方、ペダリング、フレージングなど…。何より大切にされていたのはブレスです。音と音の間をしっかり取ること、いわゆる息継ぎですね。プーランクは歌曲も数多く書いていますからうたうような感覚が必要になります」
 栗原さんは、プーランクの音楽はもやもやした曖昧さが必要ではなく、表現はその対極にあると考えている。
「タッキーノ先生の教えから得たのは、ペダルを多用してもやもやさせるのではなく、プーランクの音楽ははつらつとしていて、明快さが大切だということ。その底には、まさにフランスのエスプリが宿っているのです」

リサイタルは自分との闘い、挑戦

 今回のリサイタルは、プーランクの「夜想曲」より第1番、第2番、第7番で幕を開ける。次いでプーランクの「主題と変奏」が演奏される。これらの作品で、フランスのエスプリが存分に披露されそうだ。プーランクに続いて登場するのは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「ラ・ヴァルス」。2曲とも非常に名高い作品で、しかも大曲である。
「リサイタルというのは自分のとの闘いであり、挑戦でもあります。私は長年フランス作品と対峙してきましたし、『フランス音楽大使』だと思っていますから、今回はラヴェルの大曲を2曲入れました。ラヴェルはオーケストレーションの天才で、これらの作品もオーケストラを意識します。音が多く、難しい作品でもあります。特に『ラ・ヴァルス』はメロディがどこにあるのかを模索するような作品ですが、今回は最後の部分に少し音を足してアレンジを施しています。オーケストラの演奏を聴くと、多少なりとも音を増やした方がいいかなと感じるからです」
 リサイタルの後半は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」でガラリと空気を変える。ただし、ラヴェルはこの作品も管弦楽版を書いているため、ラヴェルとリンクしたプログラムだ。
「ロシア作品も大好きなんです。これは1年半ほど前から弾き始めたのですが、とても興味深い作品です。各曲は短いですが、風景が見えるというか、タイトルが付されているため、イメージしやすい。『プロムナード』もそのつど奏法を変化させていきたいと思っています。特に最初の『プロムナード』は作品の顔の部分ですので、大切ですね。この作品に関しても、最後の『キエフの大門』のところで、少し音を付け加えています」
 聴き慣れた「展覧会の絵」が新たな空気をまとい、聴き手のイメージを広げるに違いない。

デュティユーとの貴重な邂逅

 栗原さんは、留学時代にもうひとり貴重な出会いを経験している。フランスの偉大な作曲家、アンリ・デュティユー(1916~2013)である。
「デュティユーさんには6~7年前に2度お会いしました。私はピアノ・ソナタ(1947年作)をもっていき、さまざまな助言をいただきました。とても興味深かったのは、第3楽章のゆっくりした部分で、8分休符を書き忘れていたとおっしゃったことです。このソナタはジャジーな面もあり、スタッカートや間の取り方も非常に大切。内声を弾き分けることの重要性も伝授されました。本当に貴重な体験で、今後はデュティユーの作品を広めていきたいと考えています」
 栗原さんの演奏は情熱的でエネルギッシュ。今後はフランス作品に加え、スペイン作品に目が向き、さらにロシア作品も視野に入っている。聴き手の聴覚のみならず、視覚も刺激する特有のピアニズムに心が高揚する思いだ。

Textby 伊熊よし子

上記は2018年6月11日現在の情報です。