ピアニスト:栗原麻樹  - 令和元年の今年、新たなシリーズの始まりとして舞踏の音楽を集めました。~栗原麻樹さんインタビュー この記事は2019年10月18日に掲載しております。

フランスで学び、フランス作品はもとより、現在はロシア作品やスペイン作品にも目が向いている栗原麻樹さん。11月17日にヤマハホールで行うリサイタルは、新たなシリーズの幕開けとして、「舞踏への勧誘」と題したプログラム。グラナドス、ラヴェル、チャイコフスキーのバレエ音楽の編曲版を演奏します。

Profile

作品の“色”でイメージするのが好き

 栗原麻樹さんは、パリに留学中フランス作品を数多く学んでいる。もちろん現在も、レパートリーの根幹はフランス作品だが、ロシアやスペイン作品にも興味を抱き、さまざまな作曲家の作品と対峙している。
「今年は令和元年ですし、何か新しいシリーズを始めようと思ったのです。これまでフランス作品を中心にリサイタルのブログラムを組み立ててきましたが、いまはロシアとスペイン作品に目が向いていますので、それらをぜひ弾きたいと考え、テーマを舞踏に絞りました。舞踏に根差した作品は多く、いろんな作曲家がダンスのリズムや表現を用いた作品を生み出しています。そのなかで、私はグラナドス、ラヴェル、チャイコフスキーに焦点を当てました」

 栗原さんは、ひとつの作品を演奏するとき、その作品が内包する“色”に注目するという。作品のイメージカラーを描き、自分のなかでさまざまな色彩感を想像し、演奏しながらどんどんイメージをふくらませていく。
「今回の作品でいうと、まずグラナドスの《詩的なワルツ集》はビビッドカラーを連想します。スペインの強い陽光に照らされた土地のイメージ、オレンジやレモンなどの柑橘系の色合いなどを考え、明るくはなやかな色を描きます。スペインは大好きで、各地を旅行していますが、あの空気感を大切に演奏したい。湿度が少なく、カラッと乾いた空気、そして肌を刺すような強烈な日光。すべてがグラナドスの作品に投影されています。まず、この作品から始めたいと思っています」
 ラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」は、どんな“色”を描いているのだろうか。
「ラヴェルは金を中心に、マーブルカラーのようにいろんな色が交じり合っている感じ。1色ではないんです。ラヴェルの作品は、香りなども感じられ、さまざまな楽器の音色も聴こえてくる。ラヴェルはオーケストレーションが得意で、編曲も数多く行っていますから、そうしたピアノ以外のオーケストラ曲なども聴き、内容を深めていきます。《優雅で感傷的なワルツ》は、フランスらしいおしゃれな音が全編にちりばめられ、透き通った音を心がけ、タッチは鋭く、速めのテンポで演奏します。凛としたラヴェルの音を表現したいのです」

プレトニョフの編曲版に魅了されています

 今回のリサイタルでメインとなるのはチャイコフスキーの演奏会組曲「くるみ割り人形」と「眠りの森の美女」。両曲ともミハイル・プレトニョフによる編曲版を使用する。
「2曲とも、技巧的には本当に難しいですね。実は、20年ほど前に《くるみ割り人形》の楽譜を探したことがあるんです。でも、当時は日本では手に入らず、ロシアに留学している友人が買ってきてくれました。でも、当時はこんな難しいのは弾けないと思い、長年お蔵入りになっていたんです(笑)。でも、最近になってどうしても弾きたいと思い、改めてこのプレトニョフ版を勉強し、ようやくリサイタルで弾ける状態までこぎつけました。この作品の“色”はやはりクリスマスカラーの赤と金ですね。そこに雪をイメージする白が加わります」
 栗原さんは、ピアノを聴いてくれた人が「しばらくの間、日常生活を忘れ、音楽を楽しみ、リラックスしていただけたら最高」と語る。常に聴衆にはそうした時間をもってほしいと思い、曲の解説なども“色”の話などを交えて自身で執筆する。そしてトークも交え、作曲家の逸話などを伝え、音楽全体を楽しんでもらえるよう、心を配る。
 さて、もうひとつの作品、チャイコフスキーの「眠りの森の美女」に関しては…。
「この作品は内容が妖精や魔女などいろんなキャラクターが登場してきますから、そうしたひとりひとりの個性が目に浮かぶよう、ストーリー性をもった演奏を心がけたいと思います。“色”は、銀と黒。プレトニョフの版は、そうしたバレエのストーリーが浮かぶように工夫されて作られていますが、本当にテクニック的な面で難しい。でも、挑戦しがいがあります。今回は、曲順を考えるのもとても難しく、あらゆる面を考慮して決めたいと思っています」

バレエが目に浮かぶような演奏を

 栗原さんは、リサイタルの全体像を考え、プログラム、ドレス、ヘアスタイル、靴にいたるまで、すべてをトータルに組み立てる。
「演奏はもちろんですが、トークも入念な準備をします。少しでも作曲家のことや作品について知ってほしいと願っているからです。それにより、演奏を聴くことがより楽しくなればうれしいですね。作曲家のエピソードなども紹介すると、偉大な人というイメージからひとりの人間としての素顔が浮かび、より作品に近づけると思うのです。今回はプレトニョフの版が示すように、ピアノを聴いてバレエが目に浮かぶような演奏をしたいと思っています。ドレスはこうした個性の異なる作品が4曲並ぶ場合は、そのつど着替えたいくらいですが、時間的にそうもいかないですから前半と後半で2着用意します。靴は15センチくらいのヒールを履き、ペダルを上からバーンと踏み込みます。もうひとつ大切なのはハンカチ。手に汗をかきますから、ハンカチは欠かせません。こうした小道具も考慮し、リサイタルに向けて万全の準備をしていくわけですが、私は結構直前まではナーバスになり、ステージに出てしまえば度胸がすわるというタイプ。緊張を克服してステージに立ち、そうしたことは微塵も表さない演奏を心がけたいと思っています。ヤマハホールの音響のすばらしさを生かせるような、会場のすみずみまでこまやかな音が届くような、そんな演奏をしたい。舞踏に根差した作品は、独特の間の取り方、ペダリング、フレージング、リズムなどが大切です。それをCFXで適切に表現できればと考えています」

 今後は、室内楽にも積極的に取り組み、歌手との共演も行っていく。2020年4月には「動物」をテーマにしたリサイタルを予定し、10月には「白夜」をテーマにし、ロシアや北欧の作品にスポットを当てる。次々にテーマが浮かび、「演奏を楽しんでほしいから、常に新たな試みを考えています」と、熱く語る栗原麻樹。音、色、香り、空気感など、五感を刺激する演奏で心身を癒したい。

Textby 伊熊よし子

上記は2019年10月18日現在の情報です。