ピアニスト:山縣美季  - 自分を成長させてくれるモーツァルトと、暗く心の痛みが潜み、ある瞬間にパッと光が差し込んでくるシマノフスキで自分の心を表現したいのです。 この記事は2022年9月27日に掲載しております。

前途有望な若手ピアニストたちが、みずみずしい音色、個性的な解釈、新鮮味あふれる演奏を披露する「ヤマハライジングピアニストコンサート」。第6回も、各々の特質を発揮するさまざまな作品がプログラムに組まれ、2日間にわたって楽しむことができる。
今回は、1日目の10月26日(水)に登場する山縣美季に、ピアノを始めたきっかけから生い立ち、コンクールへの参加、現在の大学生活、リサイタルの曲目に関してなど、多岐にわたるお話を聞いた。

Profile

初めてのコンクールで爆速

 山縣美季がピアノと出会ったのは、4歳から5歳のころ、幼稚園で土曜日と日曜日だけ開かれる音楽教室だった。
「毎週、週末になると、音楽教室と体操教室の先生が幼稚園を訪れ、教えてくれるのです。私は、体操教室はあまりしっくりこなくて、音楽教室の方に参加しました。グループレッスンで、みんな一緒にうたったりピアノの弾き方を習ったりして音楽の基礎を学ぶことができ、とても楽しかったです」
 あるとき、発表会に出られなかったことがあり、その替わりにコンクールのような形をした小さな演奏会に出演することになった。
「フンテンの《いなかのおどり》という曲を弾いたのですが、ものすごく速いテンポで弾いたことを覚えています。爆速ですね(笑)」

中学時代の3年間の苦しみ

 当時から人前で演奏することが好きで、その後もコンクールを受け、小学1年の終わりから現在まで日比谷友妃子氏に師事している。
「小学校時代には、ピアノ以外にも水泳、習字、学習塾にも通っていました。学校の科目では特に算数が得意で、勉強は好きでした」
 ところが、中学生になった途端、3年間の苦しみが始まる。
「同級生にすごくピアノの上手な人がいて、私がどんなに練習してもどんなに努力しても、コンクールなどで彼女が上になるんです。いつも私はひとつ下になってしまう。これがストレスとなり、いくら頑張っても追いつけない、もうピアノをやめたい。とまで思いました。高校受験をするときに、母親が“もうピアノをやめてもいいのよ、普通高校という選択肢もあるし……”といったのです。これを聞き、私は“どうしてそんなこというの”と頑固に言い張り、そういうときこそ燃えるタイプなので、結局ピアノを続け、東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校に進みました」

自分を成長させてくれるモーツァルト

 高校時代になり、音楽との向き合い方が変わった。さまざまな授業やレッスンを受けることにより、「音楽本来の楽しさ」に目覚めた。
「ひたすら練習をしていましたが、友だちともいろんな話をし、音楽の楽しさを自覚するようになったのです。中学時代の辛く苦しい時期があったからこそ、それを乗り越え、吹っ切れるようになりました。すると結果もいい方向に向かい、心の状態も改善しました」
 その後、東京藝術大学に進み、現在は宗次徳二特待奨学生として大学3年に在学中。今回のリサイタルでは、モーツァルトのピアノ・ソナタ第18(17)番K.576ニ長調とシマノフスキの変奏曲作品3変ロ短調を演奏する。
「2023年2月に開催される高松国際コンクールを受けようと思っていて、この2作品はそのときに演奏する予定です。私はモーツァルトが大好きですが、音符が少なく、とても難しい。でも、自分の音楽の根底にある、なくてはならない技術や表現力を学べる曲だと思っています。演奏するたびに“自分を成長させてくれる”と感じます。シマノフスキは長く弾いている作品です。変ロ短調の暗く心の痛みが潜んでいる曲で、ある瞬間にパッと光が差し込んでくるところに魅了されています。今回は、木のぬくもりに満ちた音響のすばらしいヤマハホール、そしてCFXで演奏しますので、きっとモーツァルトとシマノフスキの心の痛みやせつなさ、はかなさ、そして感情が幾重にも変化していく機微が美しく響くと思います」

ショパンとシューベルト

「実は、私にとってショパンとシューベルトはもっとも大切なレパートリーですが、ふたりの作品にも光が現れる瞬間があり、特別な感情が湧きます。次回のショパン・コンクールもぜひ参加したいですね」
 3年前、アンドラーシュ・シフの演奏するベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聴き、音楽と向き合うことに幸せを感じた。
「シフのレッスンも受けましたが、横で弾いてくれる魅力的な音が紡ぎ出される瞬間に至福のときを味わいました。いつか人生の終わるころ、こういう音楽を届けられる人間になりたいと思ってしまいました。いまは東誠三先生に師事していますが、先生は楽譜の読み方を懇切丁寧に教えてくれます。脱力を促すときに“腕のなかを水が流れるように”という表現を使われ、最初はわかりませんでしたが、いまなら理解できます」
 趣味は2匹の猫(メスのミケランジェラとオスのレオナルド)と遊ぶこと。おいしい物を食べること。そしてステージで着るドレスのデザイン、プロデュースをしたいと夢を語る。
「食べ物はごはんの友のようなものが好きですね。お漬物や明太子や佃煮など。フルーツも大好きです。指揮者ではセルジュ・チェリビダッケ(ルーマニア、1912~1996)があこがれの存在で、ブルックナーのミサ曲第3番の録音は私の宝物、特別な存在です。今後はショパンの《舟歌》などの作品を深め、シューベルトの晩年のソナタを弾いていきたい」
 聞けば聞くほど「渋い」嗜好が印象的な若きピアニスト。モーツァルトとシマノフスキという個性的な選曲は、山縣美季の深い感情を示唆する。特有のピアニズムがヤマハホールの親密的な空間を満たし、その響きが聴き手の想像力と創造力を喚起するに違いない。

Textby 伊熊よし子

※上記は2022年9月27日に掲載した情報です。