ピアニスト:大塚玲子  - スクリャービンの幻のソナタを中心に、リストとロシアの作曲家たちのつながりを表現したい。 ~大塚玲子さんインタビュー この記事は2019年 9月 3日に掲載しております。

桐朋学園大学研究科終了後、モスクワ音楽院で研鑽を積み、2012年、パリで開催されたスクリャービン国際ピアノコンクールで第1位に輝いた大塚玲子さん。2019年9月24日、東京文化会館で開催するリサイタルでは、スクリャービンの番号のない初期ソナタを中心に「リストと19世紀後半のロシアピアニズム」と題したユニークなプログラムを披露する。

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ロシアピアニズムを遡ると、そこにはリストの多彩な音楽世界が広がっています。

 スクリャービンと背中合わせに立つ斬新なデザインのチラシに思わず目が奪われるリサイタルの中心に据えたのは、スクリャービンの「幻の0番」と言われるピアノソナタ。

「おそらく日本で初めて演奏されることになると思うのですが……、楽譜の入手が難しく、インターネットで探し、音源から採譜しました。スクリャービンがモスクワ音楽院に入学したばかりの10代半ばに書いた、ショパンの影響を大きく受けながらも明快で若さ溢れるエネルギッシュな作品で、後期の神秘主義的な作風との対比が面白いと思います」

 プログラムの最後は、スクリャービンの後期の傑作《ピアノソナタ第9番「黒ミサ」》。

「スクリャービンの作品の中で一番好きな曲なんです。後期の神秘的なハーモニーの複雑さが、美しく悪魔的で……」

 前半は、チャイコフスキー《四季》からの3曲でロシアの人々の生活や風景を描き出し、グリンカ=バラキレフ《ひばり》、そしてロシアピアニズムの源流とも言えるリストの作品を聴かせてくれる。

「ロシアピアニズムを遡ると、そこにはリストの多彩な音楽世界が広がっています。日本では、リストはハンガリーの作曲家だと思われていますが、リスト直系のロシアの偉大なピアニストたちが、リストの驚異的なピアニズムを引き継ぎ、ロシアピアニズムとして発展させてきました。ロシアピアニズムの華麗な技巧、深い音色、ロマンティシズム、歌心の源が、リストの音楽にあることを表現できたらいいなと思います」

 スクリャービンが師事したアレンスキーの《24の性格的小品》より第23曲「アンダンテと変奏曲」で始まる後半は、スクリャービンの世界が鮮やかに繰り広げられる。

「アレンスキーはあまり知られていない作曲家ですが、魅力的な作品をたくさん書いています。今回は、スクリャービンとの関連で私の大好きな小品を聴いていただきます。そして、スクリャービンの原点とも言える幻のソナタ、《2つの詩曲》、《黒ミサ》。彼の人生を辿るように初期から後期に至る作風の変化を感じていただければと思います。少し変わったプログラムですが、全体を通して何かストーリーを語ることができればいいですね」

 リサイタルで使用するヤマハCFXを試弾して、音色と響きの豊かさに驚いたと語る。

「中音域と低音域に厚みと包み込むようなまろやかさと深みがあって、それはロシア作品に絶対欠かせないものなので、すごい! と思いました。1時間、2時間続けて弾いていると、音色が万華鏡のように変化して……、パワーと繊細さを併せ持つ可能性のある楽器だな、リストやロシア作品に向いているなと感じました。素晴らしい音響の東京文化会館小ホールで、この楽器を弾けるなんて幸せです」

ロシアピアニズムを伝え、知られざる名曲を紹介することに使命感を感じています。

 ロシアピアニズムとの出会いは、桐朋女子高等学校音楽科で学んでいた頃のこと。

「客員教授として年に何回か桐朋にいらしていたミハイル・ヴォスクレセンスキー先生のレッスンを受け、衝撃を受けました。通訳をしてくださった朴久玲先生も凛々しく素敵で、憧れて研究科で師事しました」

 桐朋学園大学研究科を修了後、ロシアに渡り、モスクワ音楽院で学んだ。

「留学を正式に認めてもらうための書類がなかなか受理されず、役所に通って交渉したり、寮の練習室の予約を取るために毎朝6時から並んだり、練習室のピアノの状態が悪く、鍵盤がなかったり、欠けていたり、ペダルが落ちていたり……、厳しい生活でしたが、音楽という意味では最高の環境で学ぶことができました。
 とにかくロシアは、芸術にあふれた国。モスクワ音楽院のどの教科の先生の授業も素晴らしく、最高峰の教育を受けたと感じています。鍵盤の欠けたピアノで練習するとき、歌いながら弾いたり、イメージしたり……、想像力や感性が磨かれました。そして、何よりもハングリー精神が鍛えられました。これは一生の財産だと思っています」

 モスクワから戻って7年。現在は演奏家、指導者として活躍している。

「ロシアで学んだ大切なことを、常に忘れないよう心がけています。ロシアでは、子どもの頃から幅広く音楽を学ばせます。見て、聴いて、全身を使って音楽を感じながら学ぶ……。そのような教育を目指し、小さな生徒さんには、ひとつひとつ丁寧に教えています。タッチを意識させるためにボールを使ったり……。
 ラフマニノフの「鍵盤の底を突き抜けるくらいの深いタッチで弾きなさい」という言葉は、まさにロシアピアニズムの本質だと思います。私は以前、手首から先だけで弾いていたのですが、それでは薄っぺらな音になってしまう……。全身を使って、肩甲骨や腕から音を出し、聴く人の心に届く音楽を生み出すことを学びました。日本にロシアピアニズムを伝え、知られざる名曲を紹介したいと思います。そういう意味では、何か使命のようなものを感じています」

Textby 森岡葉

上記は2019年 9月 3日現在の情報です。