ピアニスト:入川 舜  - 幅広く学んできたことを活かして ピアニストとして成長していきたい ~入川舜インタビュー この記事は2021年8 月3日に掲載しております。

東京藝術大学大学院研究科を修了後、文化庁海外研修員としてパリでピアノ伴奏を学び、多彩な演奏活動を繰り広げている入川舜さん。これまでの歩みを振り返りながら、2021年8月26日に東京文化会館小ホールで開催するリサイタルに向けての意気込み、プログラムに込めた想いなどを語ってくださった。

Profile

ジャズのライヴに飛び入りで参加していた子ども時代

ピアノ教師の母の手ほどきでピアノを学び始めたが、小学2年生の頃に一度ピアノから離れる。再びピアノを弾き始めたのは、アメリカ人ジャズピアニストとの出会いからだった。

「ピアノは母に習っていましたが、なんだか嫌になってやめてしまいました。2、3年ピアノから離れた後、ちょっと外国の先生に習ってみない?と母から勧められたのがバークリー音楽大学出身のジャズピアニストの先生でした。その先生に"僕が出演しているライヴで、1曲演奏してみない?"と誘われ、小学高学年からライヴハウスで演奏していました。ベースとドラムとのセッションで即興演奏をしたり……、楽しかったですね。誰かと一緒に音楽をつくるおもしろさを知りました。それが僕の音楽の原点なのかもしれません」

 中学生になり、クラシック音楽の世界に戻った。地元の静岡音楽館AOIの「静岡の名手たち」オーディションで、当時の芸術監督で作曲家の間宮芳生氏に認められたことがきっかけで、作曲家・ピアニストの寺島陸也氏のもとで東京藝術大学を目指すことになる。

「寺嶋先生は作曲家としての視点から作品にアプローチし、指導してくださいました。コンクールなどとは無縁でしたが、広い視野で音楽に触れることができたのはよかったなと、今あらためて感じています」

 東京藝術大学では迫昭嘉氏のもとで研鑽を積んだ。

「学部1年のときのレッスンでは、とにかくきれいな音でピアノを鳴らすということを徹底的に教えていただきました。ベートーヴェンなどのドイツ音楽を中心に学び、それが僕のピアニストとしての核になっていると思います」

充実したパリの留学生活

 東京藝術大学大学院研究科を修了した後、フランスに渡ってパリ市立地方音楽院とパリ国立高等音楽院修士課程でピアノ伴奏を学んだ。

「ピアノ伴奏を体系的に学ぶ場所として、留学先はフランスが一番いいと思ったんです。日本ではあまり知られていませんが、ソロ演奏とは違うスキルと高度な音楽知識が要求される伴奏の世界を究めたいと思って……。どんなことを学んだかというと、たとえばオーケストラのスコア譜を見ながら指揮者に合わせて演奏したり、歌曲の伴奏では移調が必須ですし、現代曲のオーケストラ作品のピアノのパートを演奏したり。音楽家としてのトータルな能力が鍛えられたと思います。
 フランスの教育は理詰めで厳格です。そういう意味で、パリ市立地方音楽院で師事したアリエンヌ・ジャコブ先生には大きな影響を受けました。厳しく率直な方で、言葉で徹底的に説明してくださったので、課題がはっきりと理解でき、とても勉強になりました。教育者として心から尊敬しています。また、パリ国立高等音楽院で師事したジャン=フレデリック・ヌーブルジェ先生は、僕が1週間かけて譜読みをした複雑なオーケストラのスコアを、レッスンでさらっと弾きこなして聴かせてくださり、いつも圧倒されました。今年35歳、まだお若いのですが、作曲もする並外れた才能の持ち主で、トータルな音楽家とはこういうものなのかと間近で実感しました」

 7年間のパリでの留学生活で得たものは大きかったようだ。

「最初は住居も定まらず転々として苦労しましたが、最終的に比較的恵まれた環境の部屋を見つけることができました。パリ中心部のオフィスビルの中だったので、騒音問題はなく夜遅くまでピアノを弾くことができたんです。ベッドとピアノだけのワンルームでしたが、1分歩いたらパン屋さんがあり、チーズやお肉を売っているお店もあり、公園も近く、パリの生活を満喫することができました。
 パリでの7年間の生活で、自身の根本的なところが変わったと思います。とにかく自分の考えを自分の言葉で語らなければいけない。黙っていたら、いないのと同じだという文化なので。日本では伴奏者はソリストに合わせるものと思われがちですが、フランスではソリストと対等に意見を言い、一緒に音楽をつくっていかなければなりません。留学したばかりの頃は初心者程度の語学力でしたが、言葉でやりとりしなければならない場面が多く、語学という面でも鍛えられました」

ヤマハCFXは繊細な表現をどこまでも掘り下げられる楽器

 2017年の末に帰国し、ソロ、室内楽、現代曲の初演や録音、オペラシアターこんにゃく座のピアニストなど、ジャンルを超えた多彩な活動を繰り広げている。

「オペラシアターこんにゃく座は、『森は生きている』などの創作オペラで有名ですが、ほとんどの演目をピアノ伴奏のみで上演するんです。演奏技巧という意味でも難しく、歌とも合わせなければならないので大変ですが、自分の強みを生かせる世界かなとやりがいを感じています。観客の子どもたちの反応がダイレクトなので、いつも真剣勝負です」

 2021年8月26日、日本演奏連盟が主催する新進演奏家プロジェクトのリサイタル・シリーズでは、思い入れの深い意欲的なプログラムを披露する。

「フランスで学んだのにフランス作品が入っていないと思われるかもしれませんが、やはり僕にとって核になるのはドイツ音楽なので、前半はベートーヴェン《ピアノ・ソナタ第31番》とブラームス《4つの小品》を聴いていただきます。いずれも晩年の作品ですが、音楽の質は少し異なります。ベートーヴェンのソナタは抒情的で、第3楽章の「嘆きの歌」のフーガの先に、苦悩を乗り越えた歓喜を感じさせます。ベートーヴェンはまだまだ書けると思っていたのではないでしょうか。ブラームスの《4つの小品》は、本当に最後のピアノの作品で、透徹した哀しみ、慰め、生きることの素晴らしさが描き出されています。作曲家の晩年の心境に迫ってみたいと思いました。
 後半のジェフスキ《「不屈の民」変奏曲》は、ベートーヴェン《ディアベリ変奏曲》に着想を得た作品ですが、ジャズ、ブルース、ミニマル・ミュージックなど、現代音楽の様々な要素が入っています。「不屈の民」というテーマはチリの革命歌ですが、いつの時代にもそうした「衝突」とか「葛藤」というものはあって、抵抗するエネルギーって大切だなと思うのです。コロナ禍で、みんなが萎縮しがちな世界になっている中で、この作品を通して自分が音楽をする意味を問うことができればと思います」

 ベートーヴェン、ブラームスの晩年の作品と30代のジェフスキのエネルギーに満ちた作品を組み合わせたプログラムに期待が高まる。

「ジェフスキが2021年6月26日に逝去されショックを受けていますが、彼が最もエネルギッシュだった時代の1時間以上に及ぶ大作を楽しんでいただければと思います」

今回のリサイタルの入川さんの演奏を支えるのはヤマハCFX。

「パリでもヤマハC1を買って、毎日大切に弾いていました。CFXは、繊細な表現をどこまでも掘り下げられる楽器だなと思います。寄木細工のように1ミリでも狂ったらすべて

が壊れてしまうような緻密に作られた楽器で、バッハを弾くと、それぞれの声部が鮮やかに表現できて驚かされます。ドビュッシーやラヴェルにも合っていると思います。今回のようなパワフルな音づくりが必要なプログラムを弾くには、この完璧なピアノでどこまでダイナミックな表現ができるか、自分を追い詰めていく作業かなと思っています」

独自の道を歩んできた異色のピアニストの今後の活躍が楽しみだ。

Textby 森岡 葉

※上記は2021年8月3日に掲載した情報です。