ピアニスト:野上 剛  - 音楽の感動を聴く人と分かち合いたい ~野上剛さんインタビュー この記事は2020年7月28日に掲載しております。

武蔵野音楽大学大学院ヴィルトゥオーゾコース修了後、イモラ国際ピアノアカデミーでさらに研鑽を積み、多彩な演奏活動を繰り広げながら、指導にも意欲を燃やしている野上剛さん。2020年9月3日に東京文化会館で開催するリサイタルでは、思い入れの深い作品の数々を披露する。

Profile

素晴らしい先生方に導かれて

 富山市出身の野上剛さん。豊かな自然に恵まれた環境のなかでのびのびと音楽に親しみ、やがてピアニストを目指すようになった。

「母がピアノを教えていたので、生まれたときからピアノは身近な存在でした。4歳から小学校高学年まで母に習ったのですが、姉と連弾やデュオをしたり、コンクールに参加したり、とにかくピアノを弾くのが楽しかった記憶があります。屋外で友だちと遊ぶのも好きでしたが、練習が嫌だと思ったことはありません。中学時代もスポーツが大好きで、バスケット・ボールで指を骨折したことも……(笑)。ピアニストを目指すようになったのは、小学生の頃からクラシックってこんなに素敵なんだということを多くの人に知ってほしいという気持ちが漠然とあったからなのだと思います」

 富山県立呉羽高校の音楽コースから武蔵野音大へと進むきっかけとなったのは、武蔵野音大教授の重松聡先生との出会いだった。
「中学3年生のときに、富山にいらした重松聡先生に初めてレッスンしていただき、その後月に1回東京に通うようになりました。先生の豊かな音楽、おおらかで優しいお人柄に憧れ、先生のような指導者、ピアニストになりたいと進学先を決めました」

 高校時代の野上さんに大きな影響を与えたのは、2003年の第5回浜松国際ピアノコンクール。最高位の第2位をラファウ・ブレハッチ、アレクサンダー・コブリンが分け合い、日本人コンテスタントの関本昌平、須藤梨菜、鈴木宏尚が活躍した大会だった。
「NHKのドキュメンタリー番組を見たり、入賞者の演奏を収録した3枚組のCDを繰り返し聴いて、いろいろな意味で刺激を受けました。関本昌平さんが弾いたスクリャービンのエチュード《悲愴》を聴いて、スクリャービンに興味を持ち、ソナタやエチュードに取り組みました。後にイモラ 国際ピアノアカデミーの同門の先輩となる鈴木宏尚さんの演奏にも感銘を受け、カッコいいな、僕も頑張らなくては!挑戦しなくては!と、世界に眼を向けるようになりました」

 武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーゾコースでは、ブルガリア出身のコンスタンティン・ガネフ、ジュリア・ガネヴァ夫妻に師事し、様々なコンクールで優勝、入賞を果たす。

「ガネフ先生は知識が豊富な学究的なタイプ、ガネヴァ先生は感情をそのまま演奏で表現するタイプで、おふたりに週に1回ずつレッスンをしていただき、絶妙のバランスで学ぶことができました。さらに、試験前などには高校時代から師事している重松聡先生にアドヴァイスをいただき、レパートリーを増やし、成長することができたと思います。
 ヴィルトゥオーゾコースは、1年生から「演奏ゼミナール」や「レパートリー研究」など実践的な授業が多く、毎学期の試験も40分のリサイタル形式だったので、プロを目指す上で必要なことを様々な角度から学び、鍛えられました。ガネフ先生は古典を大切にする方だったので、モーツァルト、ベートーヴェン、ハイドンなどの作品は必ず試験のプログラムに入れ、それにショパン、リストなどのロマン派、大好きなスクリャービン、ラフマニノフなどのロシア作品を加えていました。結果的に幅広いレパートリーを習得することができ、コンクールでも結果を出すことができたのだと思います。
 大学4年のときに学内のオーディションで選抜され、ショパン《ピアノ協奏曲第1番》のソリストとして武蔵野音楽大学管弦楽団と東京オペラシティほか、日本各地で演奏したこともよい思い出です」

刺激に満ちたイモラでの留学生活

 大学院修了後、イタリアに渡り、イモラ国際ピアノアカデミーでロシア・ピアニズムの系譜を受け継ぐレオニード・マルガリウスに師事する。

「留学先をどこにしようかと考え、ウィーンのマスタークラスなどにも行ったのですが、大学の2年先輩の金子淳さんがイモラ国際ピアノアカデミーに留学していて、一度来てみたら?ということで、マルガリウス先生のマスタークラスを受講し、ぜひ師事したいと思いました。
 最初の頃、マルガリウス先生によく言われたのは、日本人はテクニックはあるけれど学生の演奏だ、アーティストの演奏をしなければならないということ。どう弾きたいのか、どう表現したいのかを常に自身に問いかけながら演奏することを学びました。隣で弾いてくださる先生の演奏は情熱的で、ピアノから音があふれ出すように感じました。また、チャイコフスキー《四季》の『6月 舟歌』をよく聴かせてくださり、ロシア・ピアニズムはダイナミックなだけでなく繊細さも必要だと教えられました。「鍵盤をマッサージするようなタッチで弾きなさい。タイプライターみたいに弾いては駄目だよ」と言う先生の柔軟な指先から色彩豊かな音色が生まれ、いつも圧倒されたことを思い出します」

 多くの演奏会を聴き、イタリアの食文化を楽しみ、心身ともに充実した日々を過ごした。

「イモラはF1のレースが開催されるサーキットがあることでも知られていますが、美しい田舎の街で、物価も安く暮らしやすかったです。電車で30分ほどのボローニャによく演奏会を聴きに行きました。オペラなど、驚くほど安い価格で素晴らしい演奏を聴くことができるのです。また、イモラ国際ピアノアカデミーで、ゾルタン・コチシュ、ミシェル・ダルベルト、アンナ・クラフチェンコ、アレクサンダー・ロマノフスキーなどの演奏を身近で聴くことができ、恵まれた環境だったと思います。
 食べ物も美味しく、ボローニャに近いパルマの生ハム、パルミジャーノ・レッジャーノ、パスタ、ピザ、ワイン、ジェラート……、1カ月で10キロ太り、今もそのままです(笑)」

CFXの多彩な音色と響きでそれぞれの作曲家の世界を描き出したい

 収穫の大きかった留学生活を終え、2017年の暮れに帰国。ソロ、デュオ、室内楽と多彩な演奏活動を繰り広げながら、武蔵野音楽大学附属音楽教室などで後進の指導にあたっている。

「指導者として3年目に入ったところですが、教えることで学ぶことも多いと感じています。生徒さんは小・中学生が多いのですが、音楽から何か豊かなものを感じてほしいと思っています。どういう響きで弾きたいの?と一緒に考えることが、自分の演奏につながっています」

 9月3日、日本演奏連盟が主催する新進演奏家プロジェクトのリサイタル・シリーズでは、これまで学んだ思い入れの深い作品の数々を披露する。

「スクリャービン《幻想曲》、ラフマニノフ《ピアノソナタ第2番》を中心に様々な作曲家の作品を散りばめたプログラムです。ガネフ先生が、「ラフマニノフはもっと重厚な音で、スクリャービンの音は光の速さで届くように」とおっしゃっていたことを思い出しながら、ふたりのロシア人作曲家の世界を描き分けられたらいいなと思います。後半のシューマン《交響的練習曲》は、マルガリウス先生がお好きな作品で、熱心に指導してくださいました。それぞれの変奏のキャラクターを、オーケストラのような音色で表現できたらと思います。今回は遺作の5曲を加え、あらためて勉強し直しました」

 長年ヤマハのピアノを愛奏してきた野上さんがリサイタルで使用するのは、フラグシップモデルのCFX。

「ヤマハのピアノは弾きやすく、大好きです。母のレッスン室にあったC7を武蔵野音大に進学するときに東京に運び、今でも毎日弾いています。イモラでも、サイレント機能付きのグランドピアノで練習していました。ヤマハのピアノに育てられたと感じています。CFXは高音がニュアンス豊かに歌い、パワーもあり、様々な可能性を持った楽器だと思います。多彩な音色のパレットからそれぞれの作品に合った響きをつくり出すことができたらいいなと思います」

 新型コロナウイルスの感染拡大はクラシック音楽界にも大きな打撃を与えたが、再び聴衆の前で演奏できることが何よりうれしいと語る。

「聴いてくださる方がいるって、本当にありがたいことだとあらためて感じています。音楽の感動を分かち合うコンサートになるよう頑張ります」

Textby 森岡葉

※上記は2020年7月28日に掲載した情報です。