バイオリン:鈴木理恵子  - 多種多様な音楽によって文化交流を楽しめる、それが『ビヨンド・ザ・ボーダー』音楽祭です。~若林顕さん、鈴木理恵子さんインタビュー この記事は2019年10月8日に掲載しております。

ビヨンド・ザ・ボーダー(Beyond The Border)。つまり音楽ジャンルや文化・民族などの壁を超越し、交流から生まれる新鮮な体験を味わえる音楽祭は、クラシックやワールド・ミュージック、日本の古典音楽(雅楽)などの音楽家たちが集い、発見に満ちている。その音楽監督を務める鈴木理恵子(バイオリニスト)と、ピアニストとして音楽祭を支える若林顕に今年のプログラムを紹介していただいた。

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クラシックから民族音楽までを新しいアプローチで

 クラシック音楽~現代音楽を軸としながらも、各地の民族音楽などと音楽的交流を図り、新しい芸術的体験を楽しむという音楽祭『ビヨンド・ザ・ボーダー』。「生まれ育った街であり、歴史の中で異文化交流の舞台になってきた横浜を、新しい文化の発信地に」と、鈴木理恵子がこの音楽祭を始めたのは2008年のことだ。

 6回目となる今年は、公私共に鈴木のパートナーであるピアニストの若林顕、多彩な声(歌など)を駆使して独特な音の空間を作り上げるボーカリストの巻上公一、古典から現代まで幅広い音楽を奏でる笙奏者の石川高、そして絵画というビジュアルアートを駆使して斬新な空間を創造する松原賢らが集い、秋の一日を芸術で彩る。

鈴木「今年は3部構成になっており、第1部はピアノ・リサイタル、第2部はバイオリンとピアノによるデュオ、そして第3部は民族音楽の語法を使ったコンテンポラリー作品を演奏しますが、それぞれにちょっとした工夫を加えています。たとえばベートーヴェンやブラームスの作品が並ぶ第1部でも、J.S.バッハの『シャコンヌ』やベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』などを演奏する第2部でも、一部の曲には巻上公一さんに加わっていただき、聴き慣れた名曲にちょっとした味付けをしていただきます。巻上さんは「ヒカシュー」というバンドのボーカリストであり、現代音楽の分野でも活動され、またモンゴルの北に位置するトゥヴァ共和国のホーメイという喉歌(地声の歌と倍音を同時に発する歌唱)を習得されているなど、まさにボーダーを超越し、“声のスペシャリスト”とお呼びするのにふさわしい音楽家なのです」

若林「それだけではなく中国の花架拳(かかけん)という、独特の美しい動きをする武術も習得していらっしゃって、音楽と共演することによって新しい世界が生まれるのです。武術であるが舞踏のようでもあり、型はあるようですが即興的な部分もあり、演奏者としても刺激を受けますね」

鈴木「相手の攻撃を逃がすような、音楽における脱力とも通じるものがあります。視覚的にはほかにも、松原賢さんという画家の方に空間を演出するような作品を描いていただきますが、たとえばベートーヴェンの『月光』を演奏する時には『残月』という作品を投影するなど、コンサートホールでありながら美術館のような雰囲気も楽しんでいただけると思います」

多種多様な音色を創造できるCFXが新しい音楽を開拓

 しかし、ボーダーを超えるという音楽祭のテーマをもっとも具現化しているのは第3部だろう。アジアやアフリカ音楽の香りをかもし出す作品や、新しいのに懐かしく、不思議な世界へと誘われるような音楽は、聴き手に新しい扉の存在を教えてくれる。

鈴木「笙による古典雅楽、トゥヴァのホーメイ、朝鮮半島に伝わる名曲をモティーフにした西村朗先生の作品や、北アフリカのモロッコに伝わるユダヤ民謡をモティーフにした池辺晋一郎先生の作品、環太平洋の民謡などを収集して新しい音楽を作り出すニュージーランドのジャック・ボディによる美しい曲、そして大分にあるご神木から生成データを採取して音楽化した藤枝守先生の作品など、実にバラエティに富んだ音楽を次々に聴いていただけます。音楽によって文化交流を楽しめるわけですが、私自身が長くテーマとしてきた“日本人が西洋音楽をやる意味”ということを、突き詰めたようなプログラムになりました」

 また今回は、若林顕が「多彩な音色を創造することができ、クラシックから現代作品まであらゆる種類の音楽に対応できる」と絶賛するヤマハのCFXを演奏することも特筆すべきだろう。

若林「ピアノはまだまだ可能性が広がっていく楽器ですし、CFXはまさにそれを証明していると感じています。若い頃からオーケストラの多彩な音が大好きで、ピアノを弾く際にも音色の豊かさやニュアンスの多様さを求めてきました。今回のようにクラシックの名曲から民族色が豊かな作品まで並ぶコンサートでは、さらに新しい音色やリズムなどを追求する楽しさがあります。CFXは独特な世界が開拓できるピアノですし、小さな音に関しても詩的なニュアンスなどが実に多彩ですから、自分の音楽性や技術も問われる楽器だといえるでしょう」

鈴木「今回は、CFXを前提としたプログラムだといえるかもしれません。この音楽祭では楽器や曲により、平均律だけではなく純正律やピタゴラス音律などの響きを味わうという楽しさもあるのですが、若林さんがCFXを弾くと一台のピアノであるはずなのにいろいろな音律が聞こえてきて、それぞれの作品の個性が際立つのです。そういった効果を生み出せるピアノはなかなかありません。コンサート全体を通してCFXの音が堪能できるはずですので、そちらもお楽しみいただければと思っています」

文化を超える音楽祭は未知の世界への扉だ。新しい出会いを求めて、休日の横浜へ。

若林顕さん、鈴木理恵子さんからのビデオレター

Textby オヤマダアツシ

上記は2019年10月8日現在の情報です。