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Duo Grace(デュオ・グレイス) より音楽の読み込みが深くなる、お互いを知れば知るほど、その距離が近くなっていく。 この記事は2011年4月25日に掲載しております。

 艶やかなること大輪の咲き乱れるが如く、たおやかなること官能の女神が微笑むが如し。高橋多佳子と宮谷理香によるデュオ・ピアノ・ユニット「デュオ・グレイス」が、絶好調だ。
 ショパン・コンクールの入賞者同士がデュオを組んだのは数年前。アレンスキーの「組曲第1番」、「同第2番」で共演したのがきっかけだった。ともに桐朋学園大学出身。学生時代の課題に室内楽もあり、2 台ピアノや4手連弾の経験を積んでいたとは言え、プロとして、ソリストとして名 を成していた2人が邂逅し、人生の一部を共有することになったのは歴史の必然で もあろう。
 ゆえに2人が常設のデュオ・ユニットを結成し、「デュオ・グレイス」を名乗るのにそれほど時間はかからなかった。

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 デュオ・グレイス


デュオ・グレイス
ショパン国際ピアノコンクール入賞者の高橋多佳子(第12回)、宮谷理香(第13回)による二台ピアノデュオ。2006年に結成。ソリスト同士のデュオならではの、2人の個性が生み出す華やかでダイナミックな音楽、繊細に交わる響き、ステージを盛り上げるエンタテイメント性にも定評がある。2011年5月リリースのデビューCD「GRACE」はレコード芸術特選盤となる。
※上記は2011年4月25日に掲載した情報です
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pianist 高橋 多佳子
© Akira Muto

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高橋 多佳子
1990年第12回ショパン国際ピアノ・コンクールで第5位に入賞。ポルト国際コンクール(ポルトガル)第2位、ラジヴィーウ国際コンクール(ポーランド)第1位、第22回日本ショパン協会賞受賞。桐朋学園大学音楽学部卒業、国立ワルシャワ・ショパン音楽院研究科を最優秀で修了。演奏活動は日本とポーランドを拠点にほぼ全ヨーロッパに及ぶ。国立ワルシャワ・フィルをはじめ国内外の主要オーケストラと数多く共演を重ね、絶賛を博している。17枚のCDをリリース。《ショパンの旅路》、《ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番&ムソルグスキー:展覧会の絵》、《リサイタル~ショパン with フレンズ~》は、レコード芸術誌特選盤となる。2010年3月より浜離宮朝日ホールにて、《ショパンwithフレンズ》と題し、ショパンを中心にメンデルスゾーン、リスト、シューマンという4人の作曲家の生誕200年を記念したリサイタル・シリーズ(全4回)を始動。ますます意欲的な活動で大きな注目を集めている。2011年デビュー20周年。
高橋 多佳子オフィシャルサイト
※上記は2011年4月25日に掲載した情報です
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pianist 宮谷 理香
© Akira Muto

pianist
宮谷 理香
金沢出身。桐朋学園大学卒業、同研究科修了。 1995年第13回ショパン国際ピアノ・コンクール第5位入賞。第23回日本ショパン協会賞、第9回飛騨古川音楽大賞新人賞他受賞。松岡貞子、A.ヤシンスキ、P.パレチニ、H=C.ステファンスカ、園田高弘各氏に師事。ショパン作品を中心に様々な作曲家を取り上げたリサイタル・シリーズ「宮谷理香と廻るショパンの旅(2001-2010)」を10年に亘り開催、大きな反響を呼ぶ。10年スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団(L.スワロフスキー指揮)と共演。
知的で色彩感豊かな演奏に定評があり、オーケストラとの共演、リサイタルをはじめ、レクチャー、室内楽、学校訪問等幅広く活動。公演における高い企画力も注目を集めている。08年初の著書「理香りんのおじゃまします!」を発売。全7枚のCDをリリース。ショパン名曲集アルバム「Rika Plays Chopin」シリーズの「SCHERZO」(09年)、「SONATA」(10年)はレコード芸術誌特選盤となる。2011年デビュー15周年。
宮谷 理香オフィシャルサイト
※上記は2011年4月25日に掲載した情報です

より音楽の読み込みが深くなる、お互いを知れば知るほど、その距離が近くなっていく。

宮谷 : デュオ・ピアノや室内楽は、1回限りの演奏会で終わってしまうか、常設としてずっと一緒にやっていくかなんですけれど、結局は人間関係だから、そこで大きな差が出てくると思います。1回限りだとちょっと我慢してしまうこともありますが、今後長くやっていくためにはきちんとお互いの主張をぶつけあって、いいものを作っていくという意思が、必要になります。だからより音楽の読み込みが深くなるし、お互いを知れば知るほど、その距離が近くなっていくんです。そういう意味では随分、創作のプロセスが違ってきていて、何がやりたいのか探り合いの状態だったのですが、今ではお互いが一緒のレヴェルで創作できるようになっています。

高橋 : デュオ・ピアノは、同じ楽器でやるからこその難しさがあって、とにかく曲を作り上げていく上で、音楽的に同じ方向を向かないといいものができません。ところが宮谷さんと私は全然違う音楽性、違うテンポ感、違うテクニック、また曲のアプローチも違うので、その辺りで最初はすごく戸惑いましたし、あれ?意外に合わないねという部分も結構あったんです。でも音楽性を同じ方向に向けなければなりませんから、とことん2人で話し合って曲作りを進めてきたんです。とにかく私たちがよくやるのは、いろんな表現を試すことなんです。試しながら曲を作り上げていくので、徐々に2人の距離が短くなってきましたね。

その後アレンスキーに加え、モーツァルト「2台ピアノのためのソナタ」やドビュッシー「小組曲」、チャイコフスキー「花のワルツ」などがレパートリーに加わった。6月11日の東京文化会館でのコンサートでは、ショパン「4手の変奏曲(連弾)」、同「ロンド」、ルトスワフスキ「パガニーニの主題による変奏曲」、そしてラフマニノフ「組曲第2番」という重厚な構成で、聴衆の耳目を集めた。

高橋 : もちろんソロは時に自由でいいんですが、孤独感に苦しむ時もあるんです。それに暗譜ですし…。2台だと向かいあって弾くので、自然と笑顔になるんですね。
それにもし何かアクシデントがあったとしても、2011年7月東京文化会館の公演よりにっこりお互いが笑えますし、リハーサルでは何でもなくて、本番ですごくいい表現ができた時には、思わず目を見合わせたりすることもあって、弾きながらたくさんのコンタクトが取れることが愉しいですね。
宮谷 : すごく勉強になったのは、例えば思うようにいかないことがあっても、高橋さんはこの世で最高の演奏をしましたくらいの素敵な笑顔なんですよ(笑)。私は割と細かいことにこだわってしまう性格なので、失敗なんかするととても満面の笑みにはならないのに、先輩を見て「そうか!」と(笑)。高橋さんからの影響たるや大です。

高橋 : いやいや、私も宮谷さんからの影響はすごく大きくて(笑)、私はステージで、これ以上弾けないというくらい弾けちゃうときと、最近あまりないんだけれど、ちょっとあわあわあわと、つまり急に弱気になる瞬間があるんです(笑)。でも宮谷さんは、ステージ上で気持ちがすごく強いんです。折れない強さというか…。

宮谷 : 違うからこそ、お互いが影響し合うし、またその方法論を知りたいと思うし、アイディアも採り入れやすいというか。あまり重なる部分が多くてもと思いますし…。私がデビューしたときに、既に高橋さんはキャリアのある先輩だったということはすごく大事なことで、彼女からたくさん学びたいと思っているんですが、すごく謙虚な方なので、だからこそうまくいっているのかも…。

高橋 : あ、言っていい?私ね、宮谷さんによく怒られるの(笑)。本当にしっかりものは宮谷さんなんだけど、宮谷さんが怒ってても、私あまり聞いていないんだよね(笑)。
宮谷 : だいたい高橋さんは、根に持たないというレベルではなく、忘れちゃうの(笑)。でも高橋さんと出会ったことで、影響を受け、自分の性格がよくわかるようになりました(笑)。

 取り組む曲によって、プリモ(第一ピアノ)とセコンド(第ニピアノ)を決めている。プリモとは第一ピアノのことで、連弾の場合は高音部、2台ピアノの場合は舞台に向かって左側がプリモ、右側がセコンドとなる。

高橋 : 最初は何となく決めました。またコンサート全体の半分ずつを振り分けています。例えば新しい曲に向かう時は、初見で弾いてみて、どちらがどちらかを担当した方がいいかなというのがわかってきました。例えば、ドビュッシーの「小組曲」などは、最初の頃何となくうまくいかなかったんです。しっくりこなかった。すごく好きな曲なのに、なんでうまくいかないんだろうと…。なので一旦合わせるのをやめてしばらく置き、それから上と下のパートを交代してみたんですね。そしたら、なんかうまくいきそうだよね(笑)。

宮谷 : 最近は、私が下で刻んで、高橋さんが上で歌う方が多いかも。音質も違うし、私が重心が低いので、下を支えて、高橋さんの綺麗でキラキラする音を生かした方がいいかなと思って…。

 デュオ・ピアノのレパートリーは、意外に潤沢だ。古典からロマン派、近・現代に至るまで広範で、また多岐にわたっている。今後、デュオ・グレイズは、どんな作品に取り組んでいくのだろう。

高橋 : 万遍なく、いろんな作品をやりたいですね。
宮谷 : そうですね。2人でやる時は、お客さまにも喜んでいただきたいので、マイナーなものよりはある程度キャッチーな曲を入れていきたいし…。もう次のプログラムもだいたい決めてあるし、先に何をやるのか私は常に決めておきたいんです。
高橋 : 私は全然考えない(笑)。でも今、2人で考えている次のプログラムは、テーマを「謝肉祭」として、サン=サーンス「動物の謝肉祭」、ダリウス・ミヨーの「スカラムーシュ」など、とにかく楽しく、お祭り騒ぎ的な作品をやってみようかと…。
宮谷 : 高橋さんは、弾くたびに絵が浮かんでくるような演奏をするんです。だから「動物の謝肉祭」などでは、いろんな動物が情景として見えるようで、すごく楽しいんです。

 お互いに変わってほしいことはと質問した。音楽的な面でとの想いからだったが、ここで2人とも何と大暴走。プライベートに及ぶ、絶対書けない暴露話が延々と続く。挙句の果て…。

宮谷 : そんなに変えてほしいことないもん。慣れちゃった(笑)。
高橋 : でも、しょっちゅう「デュオ崩壊の危機だわ」ってよく言う(笑)。
宮谷 : やっぱり常に危機感を持っておかないとね(笑)。高橋さんは本番で、決められた枠から突然逸脱したりするんですけれど、それがとっても魅力なんですよ。私は細かく設定、設計して、その通りに描いていくことを重要視していますが、そうじゃない人もいるんだということがわかって(笑)、でもお互いそれぞれを認め合っていることだし、本当に性格がまったく違うからこそ、うまくバランスが取れているんだと思いますね。
高橋 : 本当に私はいい意味でも悪い意味でも、逸脱する時があるんです。突然、このパッセージ素敵みたいに感じちゃったりとかして、そう弾いてしまうことがあるんですが、宮谷さんはそれに即反応してくれるんです。「お~っ、来た来た!」と(笑)。とくに私はラフマニノフなどが好きなので、そういう曲ではよくありますね。逆に、悪い意味で逸脱してしまった時に、宮谷さんの超安定した音が聴こえてくると、これに合わせれば大丈夫だという感じもあるし、すごく安心感が強いですね。
宮谷 : そのいい方向に逸脱する時は、本当に高橋さんは凄いんですよ。突然来るんだよね。でも自覚症状がない時が多くて、次の時もそれが出てくるとは限らないんだけれど…。高橋さんの閃きはすごいんです。

 東京文化会館でのリサイタルでは、会館に設置されているヤマハCFXに加え、もう一台CFXを運んでのピアノ・デュオ。さすがに壮観であったと同時に、繊細な弱音から壮大でシンフォニックな轟音まで、グラデーションのように色彩感溢れる響きが満員の聴衆を魅了した。

高橋 : もちろん昔からヤマハのピアノは大好きで、すばらしいピアノです。さらにこのCFXは、私たちの想像を超えたレベルにあるピアノだと思います。ここでも(※)随分と練習させていただいて、弾くことによって表現の幅が本当に広がったんです。お客さまのアンケートの中にも、まるでオーケストラのようでしたという声もありました。
宮谷 : ここでリハーサルしている時に、表現の方法とか、色の使い方を変えてみるとか、そういうアイディアが次々と湧いてきて、ピアノから大変に刺激を受けました。また同じ機種を並べて弾くことができて、本当に世界が広がったと思います。以前のCF-3より、重厚で深みが増していて、それをデュオで演奏したときの響きや迫力がすごいんです。
※ヤマハアーティストサービス東京

9月11日には高橋多佳子が浜離宮朝日ホールで、12月9日には宮谷理香が東京文化会館で、それぞれのソロ・リサイタルを控えているが、それも実に楽しみだ。
スペインに、「ウ・メス・ウ・ファン・トレス」というカバ(スパークリング・ワイン)がある。2つの醸造家によるコラボレーションで、ラベルには「1+1=3」とユーモラスに描かれている。
このデュオ・グレイスには、今後の期待を込めて「1+1=∞」という称賛を贈りたい。

Textby 真嶋 雄大

※上記は2011年4月25日に掲載した情報です