この記事は2017年8月2日に掲載しております。
1985年のショパン国際ピアノコンクール入賞以来、独自の音楽世界で聴衆を魅了し続けている個性派ピアニスト、ジャン=マルク・ルイサダ氏。作曲家や作品への想い、今後の抱負、若者たちへの提言など、さまざまなお話をうかがった。
- pianist
ジャン=マルク・ルイサダ - 6 歳でピアノを始めたルイサダにとって、彼の音楽の才能を決定づけたのは、マルセル・シャンピとドゥニーズ・リヴィエールという2 人の教師である。パリで彼らに学んだあと、イギリスのユーディ・メニューイン音楽学校に進学。その後16 歳でパリ国立高等音楽院のピアノ科・室内楽科に入学し、両課程で一等賞(プルミエ・プリ)を受賞後、1978 年に大学院に進学した。この間、ドミニク・メルレ、ニキータ・マガロフ、パウル・バドゥラ=スコダ等に師事した。
1983年ディノ・チアーニ国際ピアノ・コンクール(ミラノ)で第 2 位入賞。1985 年には第11回ショパン国際ピアノ・コンクール(ワルシャワ)で第 5 位に入賞し、併せて国際批評家賞を受賞した。その後、ドイツ・グラモフォンと契約を結び数多くの録音を行った。中でも、ショパン《ワルツ集》、《マズルカ集》の 2 枚のディスクは高く評価され、レコード芸術誌で吉田秀和「今月の1枚」に選ばれる。
1998 年に RCA Red Seal / BMG フランスと独占契約を結び、同レーベルからは、ビゼーとフォーレ(年間ディスク大賞受賞)、ショパン、ドヴォルザーク、シューマン、モーツァルト、ハイドン、リスト、スクリャービン、ベートーヴェン等のアルバムがリリースされている。2008 年 9 月発表のショパン《舟歌&幻想ポロネーズ~ショパン名演集》は、レコード芸術誌で吉田秀和「之を楽しむものに如かず」に選ばれ、特選盤となる。ショパン生誕200年記念となる2010 年には、ショパン《マズルカ集》、《バラード集》を発表。2014 年に発表されたショパン《ワルツ集》では、20年前と異なる解釈を見事に表現し、極めて高い評価を得ている。
2005 年には、4 ヶ月にわたり NHK スーパーピアノレッスン-ショパン編(NHK 教育テレビ)に講師として出演。大好評を博し、DVD が BMG JAPAN、書籍が NHKから発売された。また2007 年には、同 4 ヶ月にわたり再放送された。
ルイサダは映画が大好き(コレクションは8000作を超える!)で、フランスを代表する大女優ジャンヌ・モローと共演したプーランクの《象ババールのお話》の録音(ドイツ・グラモフォン)は、彼のお気に入りの企画の一つである。また、高名な女優マーシャ・メリルと、サンドの手紙の朗読とピアノ演奏を交えた舞台「聖なる炎~ジョルジュ・サンドとショパン」(邦題「ショパンとサンド~愛と哀しみの旋律」)を行うなど、“芸術と芸術の融合”にも力を注いでいる。
これまでに、シャルル・デュトワ、アダム・フィッシャー、エリアフ・インバル、ミッコ・フランク、ユーディ・メニューイン、佐渡 裕、スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ、マイケル・ティルソン・トーマス、ロンドン交響楽団、NHK交響楽団、フランス国立管弦楽団、ペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団、パリ室内管弦楽団、プラハ交響楽団、ポール・メイエ、パトリック・ガロワ、ゲイリー・ホフマン、堀米 ゆず子等と共演。クイーン・エリザベス・ホール(イギリス)、サントリーホール(東京)、カーネギー・ホール(アメリカ)、サンカルロ劇場(イタリア)、シャンゼリゼ劇場(フランス)といった誉れ高い数々のホールで演奏を行った。
1989 年 6 月に「芸術文化シュヴァイエ勲章」を、1999年 11 月には「国家功労5等勲章」をフランス政府より授与され、2003 年 7 月 14 日には、「芸術文化オフィシエ勲章」を授与された。
※上記は2017年8月 2 日に掲載した情報です。
歳を重ねるほど難しく感じるショパン作品の演奏
親日家として知られるルイサダ氏。この日も日本語で「こんにちは!」と、温かな笑顔を浮かべてインタビューに応じてくれた。
「日本には20回以上来ています。最初の来日は1984年。ショパン国際ピアノコンクール入賞の前年に、横浜市招待国際ピアノ演奏会に招かれました。日本の聴衆の皆さんは繊細な感性を持っていて、流行や偏見にとらわれることなく、音楽を純粋に聴いて自然に理解してくださるように感じます。そのような聴衆の前で弾くことは大きな挑戦ですが、私自身いつも多くのものを得ています」
2年半ぶりの来日ツアーは、ファン待望のオール・ショパン・プログラム。「ショパンは永遠につかまえることのできない存在」と語る。
「ショパンの作品を弾くことは、歳を重ねるほど難しく感じます。若いときはテクニックや感情に任せて弾いてしまうこともできますが、愛や死、人生の苦しみや哀しみ、喜びなどさまざま感情を知って、はじめて彼の音楽の本質がわかるのではないでしょうか。人間の心に真っ直ぐに届くような純粋無垢なシンプルさを持っているという意味で、ショパンはモーツァルトと並ぶ天才だと思います。シンプルだからこそ恐ろしく難しい。生徒たちにも、いつも「シンプルに弾きなさい」と言っています。そのシンプルさは、私の大好きな日本の映画、小津安二郎監督の『東京物語』に通じるものがあります」
今回は、ノクターン、マズルカ、ワルツ、《3つのエコセーズ》、《スケルツォ第2番》、《舟歌》、《幻想ポロネーズ》など、珠玉のショパン作品を聴かせてくれた。
「調性を考え、自然な流れで聴いていただけるようプログラミングしました。誰にも愛される美しく、深みのある曲目ばかりです。《舟歌》と《幻想ポロネーズ》は、ベートーヴェンの後期の偉大なソナタに匹敵する作品だと思います。まさに天国の音楽です。それと組み合わせたノクターン、ワルツ、エコセーズは、キラキラと輝く宝石のような作品。そしてマズルカは、ショパンの魂を映し出した彼の人生の日記です。このようなプログラムを考えるのは、いつも楽しいです。
リストはショパンの作品の中に革新的な作曲手法を見出していました。とくに半音階進行の使い方など……、それはリストに引き継がれ、さらにワーグナーへと引き継がれました。ショパンはそれまでの作曲家の誰とも違うインスピレーションに満ちた作曲家でした。《ピアノ・ソナタ第2番》など、ロマン派の音楽を超越して、独自の世界を構築しています。《舟歌》の半音階進行を使ったファンタスティックなコーダを弾くたびに、ワーグナーはここから何かを得たのだろうと思わずにはいられません。私にとって《舟歌》は、ショパンの《トリスタンとイゾルデ》です。彼の半音階進行はパワフルで、ときに暴力的とさえ感じられる反面、穏やかで美しい。ショパンは自分の中の相反する感情と常に格闘していたのでしょう」
※上記は2017年8月 2 日に掲載した情報です。