この記事は2017年8月28日に掲載しております。
1998年の「チャイコフスキー国際コンクール」のピアノ部門で優勝の栄冠に輝いてから、世界各地で活発な演奏活動を展開しているロシアのピアニスト、デニス・マツーエフが、次代を担う若手の発掘と育成を目指して2016年「モスクワ国際グランドピアノコンクール」を創設した。
その記念すべき第1回の優勝者は、ロシアのアレクサンダー・マロフェーエフ(2001年モスクワ生まれ)。日本人入賞者には最年少で奥井紫麻が選ばれ、この両者による「モスクワ国際グランドピアノコンクール優勝者・日本人入賞者コンサート」が、2017年12月6日(水)にヤマハホールで開催されることになった。
© Takahiro WATANABE
- pianist
奥井 紫麻 - 2004年5月生まれ。7歳よりエレーナ・アシュケナージに師事し、現在ウラディーミル・スピヴァコフ国際慈善基金奨学生。8歳でオーケストラデビューし、12歳で世界的指揮者ワレリー・ゲルギエフの招きでウラジオストクにてゲルギエフ及びマリインスキー劇場管弦楽団と初共演。ロシアを代表する指揮者及びヴァイオリニストのスピヴァコフとも10 歳より度々共演を重ね、第13回目のスピヴァコフ国際慈善基金主催のフェスティバル”Moscow Meets Friends”では グランドオープニング・セレモニーのソリストに選ばれ、スピヴァコフ指揮の下モスクワ・ヴィルトージと共にフェスティバルの開幕を飾った。これまでにモスクワ国際グランドピアノコンクール(2016 年モスクワ/最年少受賞者)、第1回ウラディーミル・クライネフ モスクワ国際ピアノコンクール(2015 年モスクワ/ジュニア部門最年少第1位)、第 14 回ロシア国営文化テレビ主催「若い音楽家のための国際 TV コンテスト“くるみ割り人形” 」(2013 年モスクワ/ピアノ部門第 2 位及び全部門総合聴衆賞)、第 10 回ウラディーミル・ホロヴィッツ記念国際ピアノコンク ール”Horowitz-Debut”部門(2013 年キエフ/A 及びDカテゴリー第1位及びウクライナ文化省特別賞)等を受賞。 現在、チャイコフスキー記念ロシア国立モスクワ音楽院付属中央音楽学校在学中。
※上記は2017年8月27日に掲載した情報です。
練習は大好き。新しい曲を学ぶのが楽しくてたまらない
奥井紫麻は2004年5月生まれ。7歳よりエレーナ・アシュケナージに師事し、2017年2月よりチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院付属中央音楽学校に在籍している。
「ピアノを始めたのは5歳半のときです。3歳からバレエを習い、8歳まではピアノと両方のレッスンを受けていたのですが、音楽を自分で弾く、表現する方が好きだと思い、ピアノに集中するようになりました。子どものころから譜読みが好きで、練習も大好き。新しい曲を学ぶのが楽しくてたまりません。
子どものころから家にはヤマハのアップライトピアノがあり、それを弾いていたのですが、本格的にピアノを始めた時点でグランドピアノを買ってもらいました。そのピアノが届いたときは、本当にうれしかった。ヤマハのピアノは、私が思っている音が出せる、私の歌が奏でられるのです」
当時からロシア作品に魅せられ、現在もロシア文学、ロシアの歴史、ロシアの伝統など、ロシアのさまざまな面に興味を抱いている。プーシキンも大好きで、できることなら原語で読みたいと、いまロシア語の猛特訓中だ。
モスクワ音楽院大ホールでオーケストラと共演する夢がかなった
初めてモスクワの地を踏んだのは、7歳のとき。2011年の第14回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門本選を聴きにいき、モスクワ音楽院大ホールで指揮者のワレリー・ゲルギエフと共演するダニール・トリフォノフの演奏を聴いた。トリフォノフはグランプリ/ピアノ部門第1位を獲得している。
「トリフォノフさんの演奏は独特の弾き方でとても面白く、ホールのすばらしさにも魅了されました。ゲルギエフさんとは、いつか一緒に演奏したいという願いも抱きました。このときから、伝統のあるモスクワ音楽院の大ホールで、いつか演奏してみたいと夢見る様になりました」
そのときに描いた夢がいま次々にかなっている。すでにゲルギエフと共演し、ロシアを代表する指揮者でありヴァイオリニストでもあるウラディーミル・スピヴァコフとも10歳のころより毎年共演を続けている。
そして昨年「モスクワ国際グランドピアノコンクール」に参加し、15人の本選出場者に選ばれ、グリーグのピアノ協奏曲を演奏した。
「憧れのホールでオーケストラとコンチェルトを演奏することができ、感動しました。これまで、メンデルスゾーン以外は古典派のピアノ協奏曲を勉強していたのですが、ロマン派のグリーグの作品はとてもすばらしく、大好きな曲です。今後はラフマニノフのピアノ協奏曲第1番を勉強したいと思っています」
フレーズの大切さ、音楽を大きく響かせ、深くうたうことを学んでいる
奥井紫麻は、子どものころからエフゲニー・キーシンのピアノが好きだった。彼は深い歌を奏で、ひとつひとつの音がすべて「歌」に聴こえるからだという。
実は、そのキーシンが奥井紫麻を称賛している。「モスクワ国際グランドピアノコンクール」はテレビ中継が行われたのだが、奥井紫麻の演奏を聴き、「この年齢でこれほどまでに音楽を理解して感じることができ、そして楽器を自由に操ることができるとは、ただただ驚いた」と評したのである。
そんな彼女が、12月の記念演奏会に組んだプログラムは、シューベルトの「即興曲作品142より第3番、第4番」、ショパンの「24の前奏曲より第1番~第12番」、同「夜想曲第2番作品27」、同「スケルツォ第2番作品31」。
「エレーナ先生のレッスンでは、フレーズの大切さを学んでいます。美しい音に対するきびしさもあり、レッスンでは音楽を大きく響かせ、深くうたうことを学びます。先生の音は、とても深くて美しく気品に満ちている。私もそういう音が出せたらと願っています。今回のプログラムを組むときも、いろんなアドヴァイスをいただきました。
リサイタルではモスクワで勉強したことが生かせるような演奏をしたい
まず、シューベルトの「即興曲」は、「深い歌をうたうのが好き」という彼女の選曲だ。
「先生が、私のいい面が出せるのではないかとおっしゃってくださったため、選びました。特に第3番はすばらしい曲です。シューベルトの作品は隅々までうたうことが大切。まさに《歌》です。
ショパンの前奏曲は、以前テレビでパリ・オペラ座ガルニエ宮のジェローム・ロビンス演出の《コンサート》と題するバレエを見たのですが、そこでこの前奏曲を使っていたのです。とても感情の変化が印象的で、先生に相談し、弾けるようになりました。夜想曲は先生が体調を崩して日本を離れる最後のレッスンで見ていただいた曲で、私に合っているといわれた作品です。スケルツォ第2番はほの暗いなかに喜びが感じられ、特に中間部が大好きです。リサイタルでは、自分のいい面が出せるよう精一杯集中力を発揮し、さらにモスクワで勉強したことが存分に生かせるよう、頑張りたいと思います」
真摯で前向きで素直な性格が奥井紫麻の大きな魅力。ロシアの偉大な音楽家がみな応援してくれ、その眼前には大きな海原が広がっている。ふだんはおだやかな目をし、にこやかな笑顔を見せながら話している彼女だが、ピアノに向かうと表情は一変、プロのピアニストの顔に変貌する。いまもっとも注目される未来の大器、リサイタルではその逸材の「いま」を聴きとりたい。
Textby 伊熊よし子
※上記は2017年8月27日に掲載した情報です。