この記事は2016年3月14日に掲載しております。
ピアノの音色に色彩感や立体感、そして遠近感をも与えるピアニスト、若林顕さん。そこには室内楽やデュオ活動から触発されたものが還元されているという。デュオのパートナーであり、奥様でもあるバイオリニストの鈴木理恵子さんとともに聞いた。
© Wataru Nishida
- pianist
若林 顕 - 日本を代表するヴィルトゥオーゾ・ピアニスト。17歳で日本音楽コンクール第2位。東京芸術大学で田村宏氏、ザルツブルク・モーツァルテウムとベルリン芸術大学院にてハンス・ライグラフ氏に師事。85年ブゾーニ国際ピアノコンクール第2位、87年エリザベート王妃国際コンクール第2位受賞。02年カーネギーホール/ワイル・リサイタル・ホールでのリサイタル・デビューを果たし、その後もフランスの「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭などで成功を収める。ベルリン響、サンクトペテルブルク響などにソリストとして招かれるほか、室内楽ではK.ライスター、ライプツィヒ弦楽四重奏団と共演するなど幅広く活躍。 92年出光音楽賞、98年モービル音楽賞奨励賞、04年ホテルオークラ音楽賞を受賞。現在、桐朋学園大学特任教授、国立音楽大学招聘教授。
若林顕オフィシャルサイト
※上記は2016年3月14日に掲載した情報です。
© Wataru Nishida
- Violinist
鈴木 理恵子 - 桐朋学園大学卒業後、23歳で新日本フィル副コンサートマスターに就任。篠崎功子、J.ギンゴールド、H.シェリング、N.ミルシュタイン、M.シュヴァルべに師事。97年からはソロ活動を中心に活動。国内にとどまらず、ヨーロッパやアジア各国にも招かれ、絶賛されている。著名な作曲家たちからの信頼も厚く、多くの作品の初演に指名を受けている。 08年以来4度にわたり、横浜を中心に、音楽と様々なアートがジャンルを越えて交わる「ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭」をプロデュース。独創的な世界が大きな反響を呼ぶ。 これまで8枚のCDをリリース。最新作は若林顕とのデュオによる「モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ集 vol.1」(オクタヴィア レコード芸術準特選盤)。
鈴木理恵子オフィシャルサイト
※上記は2016年3月14日に掲載した情報です。
自分を徹底的に鍛えてくれたもの
10代で一躍脚光を浴び、NHK「若い芽のコンサート」(1987年)で本格デビューした若林顕さん。音楽好きのお兄様とともに育ち、自然に音楽を好きになった。
若林顕さん(以下、若林):家にあったオルガンを弾いて楽しんでいたので、今でも自己流演奏は得意です(笑)。16歳で田村宏先生に師事して、楽譜の読み込み方や、やるべきレパートリーなど、音楽的な学びを3年間みっちりと叩き込まれました。先生は繰り返し「手の都合で弾くな」ということを言われました。音楽に沿わずに手先で弾いてしまうと、無駄なアクセントがついたり、フレーズが途切れたりする。そうならないように、という意味です。終止一貫、あるべき音楽に沿った弾き方、脱力した良い音質のことをおっしゃいました。振り返ると、田村先生に教えていただいたことが大きな財産になっていると感じます。
レパートリーを増やすことに集中的に取り組んだデビュー間もない頃、室内楽と出会った。
若林:24歳くらいから室内楽のさまざまなレパートリーを演奏させてもらい、弦楽器や管楽器とともに音楽をつくるなかで圧倒的に視野が広がりました。それまでピアノしか弾いてこなかった自分には、他の楽器と合わせるうえで和声や音色をどうつくるかというアイデアがなく、「ピアノはピアノでしょ」くらいに思ってました(笑)。でも、幸いなことに超一級の演奏家のみなさんと組ませていただいたことで音楽的な発見をたくさんして、とても鍛えられました。すごく恵まれた環境だったと思います。
鈴木理恵子さん(以下、鈴木):ピアノに比べると、バイオリンなどの旋律楽器はアンサンブルが前提ですから、楽器への入り方が少し違うのかもしれませんね。私たちはいつも、自分の旋律とまわりの音をいかに絡めて層をつくるかを考えて演奏しています。ピアニストはそれを一人でやるわけですから、いったい頭の中はどうなっているのかと思うくらいです(笑)。
ピアノはオーケストラとして参加する
室内楽との出会いでピアニストとしての新たな境地を開いた若林さん。「ピアノソロにはすでに室内楽の要素がある」と語る。
若林:ピアニストがソロしか演奏しないというのは、僕の中ではありえないことです。ピアノの演奏自体が室内楽なのですからね。たとえば四声を弾くとき、それぞれの旋律を分離させて縦で影響し合わないコントロールが求められますが、それにはイマジネーションがすごく大事です。ピアノ奏者こそ、室内楽の素養が必要ではないかと思います。
鈴木:室内楽やトリオ、デュオも、すべてピアノの存在がすごく重要です。ピアノが旋律楽器の演奏をどーんと大きく包み込んでくれると、とても演奏しやすいですし、ピアニストしだいで作品が別物になってしまうくらい、音楽を担う割合がものすごく大きいと思います。
若林:僕は室内楽におけるピアノは「大きなバックグラウンドをつくるもの」「オーケストラとして参加するもの」と考えていて、それが室内楽でのピアノの醍醐味でもあると思います。音楽的なコミュニケーションでも、ピアノは他の楽器と少し距離を置きながら全体の色合いをつくります。そして、同じフォルテでも他の楽器とかぶらないフォルテを工夫します。塗りつぶしたような音ではなく、音の輪郭やスピード感、透明感、重厚だけれどスッキリした低音などでスペースを生み出すのです。そこに他の声部が流れ込んで層を成す。そんな宇宙的な世界を目指しています。
※上記は2016年3月14日に掲載した情報です。