浜松国際ピアノコンクール入賞者によるジョイントコンサート
今田篤&コルクマズ・ジャン・サーラム
2025年6月20日(ヤマハミュージック 浜松店 かじまちヤマハホール)
2025年6月20日、浜松国際ピアノコンクール入賞者によるジョイントコンサートが浜松のかじまちヤマハホールにて開催されました。出演者は、2018年の第10回コンクールで第4位に入賞した今田篤さんと、2024年の第12回コンクールで第5位に入賞したコルクマズ・ジャン・サーラムさんです。

今田篤さんが登場して、シューマンの「子供の情景」からコンサートがスタート。構えず軽やかに、ホールの空間や響きと会話をするように弾きはじめます。夢想的なタッチで演奏されることの多い〈トロイメライ〉では、たっぷりとテンポを揺らしながらも、くっきりと明瞭なタッチが印象的でした。さらに後半に進むにつれて思索の森に入り込んでいくように深みを増していき、ときどき作られる空白が、時間が止まったような効果を生み出します。終曲の〈詩人は語る〉はきわめてゆっくりと、最後の1音が祈りを思わせる余韻を残しました。
客席に一礼をしたあと、すぐさまシューマンのピアノ・ソナタ第1番へ。ほとばしり出るように序奏がはじまり、左手の分散和音が暗い熱情をかきたてる上で、美しいメロディが奏でられます。続く第1楽章の主部は、ファンダンゴというスペインのアンダルシア地方に伝わる舞曲リズムが繰り返され、高揚感を増していきます。第2楽章のアリアは靄がかかったような音響、第3楽章のスケルツォでは快活に飛び跳ねながらも、どこかに翳りを含んでいます。
このソナタには外交的なフロレスタンと内向的なオイゼビウスという、シューマンの二面性が顕著に現れていますが、両者が交錯する第4楽章では、さらに分裂的な様相を呈していきます。そこを今田さんは内声をしっかり聞かせ、リズムやフレーズの連なりから大きな起伏を見せることで説得力を生み出し、シューマンの描いたドラマのなかに聴き手を引き込んでいきました。
終演後にコメントをいただいたとき、今田さんは「シューマンの二面性に惹かれます。一瞬の切り替えで音楽がぱっと変わる、それが自分の波長に合っていると感じるからです。自分自身も多面的であり、そういうところで苦労することも多いですが、シューマンもまた、ただ激しいとか、ただ優しいではなく、さまざまな感情が複雑に入り組んでいるのがとても魅力的だと思っています」と話していました。そんな今田さんの、シューマンへの共感がたっぷり込められた演奏でした。

休憩をはさんで後半は、コルクマズ・ジャン・サーラムさんが登場。少しの沈黙のあと、ジロティ編曲によるJ.S.バッハの前奏曲 ロ短調(原曲は前奏曲 ホ短調 BWV855a)を静かに弾きはじめました。右手のフレーズがミニマル・ミュージックのように反復され、一定のリズムで寄せては返す波のように、瞑想的なムードを生み出します。「音楽のなかに安らぎを見つける」というコンセプトでアルバムもリリースしているサーラムさんらしい表現です。
続いては、昨年11月のコンクール第3次予選でも演奏したラフマニノフのピアノ・ソナタ第1番。急速なパッセージでも一音一音に神経が行き届き、第1楽章ではうねるようなダイナミズムのなかに、素朴に歌うメロディが際立ちます。彼の演奏を聴いていて感じるのは、音圧のコントロールの巧みさ。ドラマのクライマックスに向けてひとつずつ丁寧に土台から積み上げていき、聳え立つ響きの壁で圧倒したかと思えば、ふっと圧を抜いてえもいわれぬ解放感を味わわせる。フォルテやピアノといった強弱だけではない、立体的な響きで作品全体を建物のように構築していきます。
第2楽章のレントは瞑想的な曲想で、最初に弾いたバッハ/ジロティと響き合います。思考を巡らせながら、優しく語って聞かせるように。優れた構成力を見せた第1楽章とは異なり、ただ過ぎてゆく一瞬一瞬の美しさに魅了されました。
エネルギッシュなフォルテが続く第3楽章でも、ユニークなリズムの凹凸をレンガのように組み合わせ、壮大な城を築き上げていきます。クライマックスに向けてますます情熱的に盛り上がっていく終盤でも、曲想に溺れることなく、ときおり深淵を覗き込むような底知れぬ暗闇や、城の上から眺めた星空の美しさを見せながらドラマを紡いでいくサーラムさん。それだけに、雪崩のようなラストのカタルシスは格別でした。サーラムさんは昨年のコンクール以来はじめての日本とのことでしたが、さらなる深化を感じさせてくれました。

迫力たっぷりの演奏が終わり、やや放心状態の観客の前に今田さんとサーラムさんが笑顔で登場。アンコールにドヴォルザークのスラヴ舞曲集 第2集 作品72より第2番をピアノ連弾で披露してくれました。この日が初対面だったというふたりですが、ためらうようなメロディを繰り返すうちにすっかり息も合って終演。おふたりの今後がますます楽しみになるコンサートでした。
Text by 原 典子


