コンサートレポート

コンサートレポート

前回の第11回は、コロナ禍のため中止となった浜松国際ピアノコンクール。
2024年11月に6年ぶりに開催された第12回の熱戦の結果と、
ヤマハCFXを演奏したコンテスタントたちについてレポートをお届けします。

第1次予選 2024年11月9~13日、第2次予選11月15~17日、第3次予選11月19~20日、本選11月23~24日(アクトシティ浜松)

ハイレベルな熱戦を制して、鈴木愛美さんが日本人初の優勝に輝く!

 世界に羽ばたく若きピアニストの登竜門として、1991年から3年ごとに開催されている浜松国際ピアノコンクール。歴代の優勝者・入賞者に、ショパン国際ピアノコンクールで優勝したラファウ・ブレハッチ、チョ・ソンジンほか、現在活躍している多くのピアニストが名を連ねていることで、国際的な評価が高まっている。

 2024年11月8日から25日までの18日間にわたって開催された第12回大会は、コロナ禍のため6年ぶりの開催となり、過去最多の638名の応募者からビデオ審査で94名が出場を承認され、25ヶ国1地域から87名が出場した。このコンクールをモデルとした恩田陸さんの小説「蜜蜂と遠雷」の映画化などの影響もあってか、第1次予選から連日チケットは完売。遠方から訪れた聴衆も多く、客席の熱い視線に包まれて、ハイレベルな戦いが繰り広げられた。


 小川典子審査委員長が、「87名の選りすぐりの素晴らしいピアニストたちの演奏で、会場のアクトシティ浜松が宝石箱になったように感じられました」と語ったコンクールの頂点を極めたのは、東京音楽大学大学院修士課程1年に在学中の鈴木愛美さん。2023年、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、日本音楽コンクールピアノ部門第1位を受賞し、今回は初めての国際コンクールへの挑戦ながら、見事に日本人初の優勝を果たし、併せて「室内楽賞」「「聴衆賞」を受賞するという快挙を成し遂げた。
 第2位はヨナス・アウミラーさん(ドイツ)、第3位は小林海都さん、第4位はJJ ジュン・リ・ブイさん(カナダ)、第5位はコルクマズ・ジャン・サーラムさん(トルコ)、第6位(併せて日本人作品最優秀演奏賞)はロバート・ビリーさん(チェコ)、奨励賞はヴァレール・ビュルノンさん(ベルギー)、いずれもさまざまな国際コンクールで受賞歴のある実力者だが、このコンクールの結果を糧に、さらに大きく飛躍していくことだろう。

俊英たちの熱戦を支えたヤマハCFX 実力拮抗の激戦となった第1次予選

 87名の若き俊英たちの演奏を支えたのは、国内外3社の公式ピアノ。ヤマハコンサートグランドピアノCFXは、第1次予選で87名中33名、第2次予選で24名中10名、第3次予選で12名中6名、本選では1名に選ばれ、色彩豊かな音色でそれぞれのピアニストの個性を鮮やかに描き出した。

 5日間をかけて行われた第1次予選は、審査委員のダン・タイ・ソンさんが、「50人くらいにYESを付けたかった」、児玉桃さんが、「人数を絞るのは難しく、残酷な仕事だと思いました。87名の参加者は、これからさまざまなチャンスがあると思うので、自分を信じて、作品に真摯に向き合って前に進んでいってほしい」と語るほど、実力拮抗のラウンドとなった。

 惜しくも第2次予選には進めなかったが、キラキラと輝くような音色を響かせてドビュッシー《水の反映》を奏でた京増修史さん、調性や拍節にとらわれないC.P.E.バッハの《幻想曲》を夢想するように聴かせたテオティム・ジローさん(フランス)、チャイコフスキー/プレトニョフ《くるみ割り人形》をファンタジーあふれる演奏で楽しませてくれた黒岩航紀さん、《ゴイェスカスより「愛の言葉」》を鮮やかに歌った16歳のカン・ドンフィさん(韓国)、深い抒情に満ちたショパン《舟歌》、エレガントなシューベルト/リスト《ウィーンの夜会第6番》が魅力的だった今井理子さん、リスト《詩的で宗教的な調べ》より「葬送」を仄暗いニュアンスに満ちた表現で聴かせたニコライ・クズネツォフさん(ロシア)、ジャズを思わせる躍動感あふれるリゲティ《練習曲第4番「ファンファーレ」》で聴衆を圧倒したリード希亜菜さん、スクリャービン《エチュードOp.42-3》をミステリアスに聴かせたトメール・ルービンシュタインさん(イスラエル)、透明感のある音色でリスト《3つの演奏会練習曲第2番「軽やかさ」》を清々しく奏でた大沢舞弓さんほか、ヤマハCFXを選んだコンテスタントの演奏はいずれも秀逸で、今後の活躍が期待される。

日本人作曲家による委嘱作品を含む、40分の多彩なプログラムで競われた第2次予選

 87名から24名に絞られた第2次予選の課題は、猿谷紀郎氏による新作品《Division 28 for Piano》と、2つ以上の異なる時代区分の2作品以上を計40分以内で弾くこと。猿谷氏の作品は、紀元前から続く古今東西の月の満ち欠けを表現した作品で、28に分けられたそれぞれの部分の拍子、リズム、テンポが目まぐるしく変化する難曲だが、コンテスタントたちは、それぞれのアプローチで、この作品の宇宙的な世界観を表現した。

 ヤマハCFXでこのラウンドに臨んだのは、チャ・ジュンホさん(韓国)、デイヴィッド・チョエさん(アメリカ/韓国)、小林海都さん、ライアン・ジュウさん(カナダ)、チェ・イサクさん(韓国)、ヨ・ユンジさん(韓国)、ヴァレール・ビュルノンさん(ベルギー)、ソン・ユトンさん(中国)、ユ・ソンホさん(韓国)、コルクマズ・ジャン・サーラムさん(トルコ)。

 美しく陰影に富んだ音色を響かせて聴かせたショパン《幻想ポロネーズ》が印象的だった小林海都さん、メンデルスゾーン《厳格な変奏曲》やリスト《詩的で宗教的な調べ》より「葬送」などをのびやかな感性でドラマイティックに奏でたライアン・ジュウさん、シューマン《暁の歌》の繊細な表現、プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第8番》の知的でダイナミックな演奏が魅力的だったヴァレール・ビュルノンさん、ブラームス《奇想曲》、プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第8番》を優れたテクニックと豊かな音楽性でしなやかに聴かせたソン・ユトンさん、明るく清々しいハイドン《アンダンテと変奏曲》、抒情あふれるラフマニノフ《ピアノ・ソナタ第2番》の対比が見事だったユ・ソンホさん、ショパン《舟歌》、スクリャービン《ピアノ・ソナタ第3番》を、きらめくような美音でみずみずしく奏でたコルクマズ・ジャン・サーラムさんが第3次予選に進むこととなった。

室内楽とソロリサイタルで競われた第3次予選

 第3次予選に進出した12名は、いずれも確かな実力を持った素晴らしいピアニストたち。モーツァルトの2曲のピアノ四重奏曲のいずれか1曲と自由な選択のソロリサイタル(演奏時間は合計70分以内)で、それぞれのピアニストとしての個性を競い合うこのラウンドで、ヤマハCFXを演奏したのは、小林海都さん、ライアン・ジュウさん(カナダ)、ヴァレール・ビュルノンさん(ベルギー)、ソン・ユトンさん(中国)、ユ・ソンホさん(韓国)、コルクマズ・ジャン・サーラムさん(トルコ)。

 ベルギーのエリザベート王妃音楽院、スイスのバーゼル音楽院で、マリア・ジョアン・ピリスら名ピアニストのもとで学び、2021年にリーズ国際ピアノコンクールで日本人歴代最高位となる第2位となった小林海都さんは、モーツァルト《ピアノ四重奏第2番》を、弦楽器奏者と緻密にコンタクトを取りながら、美しい音色を響かせて明るくのびやかに奏でた後、シューベルト《即興曲Op.142》を抒情豊かにじっくり聴かせ、最後はクルターグ《8つのピアノ小品》の洗練された現代的な響きで締めくくった。
 ジュリアード音楽院でロバート・マクドナルドとスティーヴン・ハフに師事している21歳の中国系カナダ人のライアン・ジュウさんは、モーツァルト《ピアノ四重奏曲第1番》のト短調という調性の情熱と憂愁に満ちた曲想を鮮やかに描き出し、ソロはシューマン《謝肉祭》、プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第7番》。さまざまなアイディアにあふれるみずみずしい演奏を披露した。
 ベルギー出身のヴァレール・ビュルノンさんは、モーツァルト《ピアノ四重奏第1番》を表情豊かに聴かせ、ソロはドビュッシーの前奏曲《月の光がそそぐテラス》《西風の見たもの》《花火》、そしてシューマン《幻想曲》。繊細な感性を感じさせる独特のニュアンスに満ちた演奏が魅力的だった。
 中国出身のソン・ユトンさんは、2012年、16歳でハエン国際ピアノコンクールで史上最年少優勝を果たし、2016年、マリア・カナルス国際ピアノコンクール第2位、2018年、サンタンデール国際ピアノコンクール第2位など、数々の国際コンクールで入賞歴があり、すでに世界的に活躍しているピアニスト。20代最後の挑戦として参加した今回のコンクールのセミファイナルでは、モーツァルト《ピアノ四重奏曲第1番》を誠実なアプローチで聴かせ、ソロはベートーヴェン後期の傑作《ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」》で勝負。壮大なスケールの情熱ほとばしる演奏を楽しませてくれた。
 ニューイングランド音楽院の大学院で学んでいる韓国出身のユ・ソンホさんは、モーツァルト《ピアノ四重奏第1番》を清々しく聴かせ、ソロはシューマン《クライスレリアーナ》とショスタコーヴィチ《前奏曲とフーガ》。安定したテクニックで、シューマンとショスタコーヴィチの音楽世界を鮮やかに描き分けた。
 第10回コンクールの優勝者、ジャン・チャクムルさんに刺激されて参加したというトルコ出身のコルクマズ・ジャン・サーラムさんは、モーツァルト《ピアノ四重奏第2番》を、気品と味わいを感じさせる演奏で聴かせ、ソロはラフマニノフ《ピアノ・ソナタ第1番》。演奏される機会が少ない40分にも及ぶ長大な作品を、圧倒的な集中力で見事に聴かせた。

第5位入賞のコルクマズ・ジャン・サーラムさんの今後に期待!

 ファイナルでヤマハCFXを演奏したのは、コルクマズ・ジャン・サーラムさん。第1次予選から、抒情あふれる清らかな歌に満ちた音楽性で聴衆を魅了し、ファイナルではブラームス《ピアノ協奏曲第1番》を演奏した。ヤマハCFXを選んだ理由について、「温かく美しいサウンドが自分のプログラムに合っていると感じた」と語ったサーラムさんは、多彩な音色で若き日のブラームスの渾身の大曲に対峙し、オーケストラと溶け込むようにロマン派音楽の究極の美を追求した。とくにブラームスが師と仰いだシューマンの死を悼み、彼の妻クララに捧げた第2楽章の美しさは絶品だった。
 選曲の自由度の高いこのコンクールで、最後まで大好きな作品を思うままに演奏できたことを心から喜び、ヤマハCFXへの賛辞を惜しまなかったサーラムさん。第1回浜松国際ピアノコンクールの優勝者、セルゲイ・ババヤンに師事し、ジュリアード音楽院、クリーブランド音楽院を経て、現在は南メソジスト大学で学んでいる。真摯に音楽に向き合う彼の今後の活躍を期待したい。

Text by 森岡葉、写真提供:浜松国際ピアノコンクール