コンサートレポート

コンサートレポート

富士山河口湖ピアノフェスティバル2025

2025年9月21日(河口湖ステラシアター)

 富士山麓や河口湖の美しい風景を舞台に、ピアニスト・イン・レジデンスを務める辻󠄀井伸行さんと仲間たちが多彩なプログラムを繰り広げる「富士山河口湖ピアノフェスティバル」。まだパンデミックの影響が残っていた2021年にスタートしたこのフェスティバルも、今年で5回目を迎えました。
 9月19日(金)から23日(火・祝)まで、河口湖ステラシアターや河口湖円形ホールでのコンサートのほか、公園や美術館、小学校でも無料コンサートが開催され、クラシックやジャズなどジャンルを超えたピアノの祭典となった5日間。本稿では、秋晴れに恵まれた9月21日(日)、河口湖ステラシアターで開催された「THE PIANIST セッションGALA」のレポートをお届けします。

 1st Stageは、辻󠄀井伸行さん&フレンズによるショパンのピアノ協奏曲第1番[室内楽版]。アンサンブルの後方にピアノが配置されていることからも、ソリストとオーケストラとが対峙する協奏曲ではなく、ピアノも含めた室内楽であることが伝わってきます。

 第1楽章、ヴァイオリン(2人)、ヴィオラ、チェロ、コントラバスというコンパクトな編成ながら生命力に満ちたアンサンブルに導かれて、ピアノが力強く入ってきます。ロマンティックに歌を紡ぐときも、一音たりともおろそかにしない、くっきりと芯のある明瞭な音色が辻󠄀井さんの持ち味。身体を揺らしながらアンサンブルと一体となってクレッシェンドしていくにつれ、オーケストラ版とは異なる、室内楽ならではの密度の高い求心力に引き込まれました。
 ゆったりとしたテンポの第2楽章では、チェロとピアノがかけ合いながらメロディを奏でたり、ピアノが追憶の彼方から語りかけるような場面が印象的。硬質なピアノの高音に柔らかな弦が重なり、星のかけらが天から降り注ぐかような美しい光景が広がりました。躍動感あふれる第3楽章では、辻󠄀井さんがアクセントのはっきりしたリズムでアンサンブルをリード。クライマックスに向けてドライブ感満点の演奏を聴かせてくれました。
 満場の拍手に促されてのアンコールはモンティの「チャールダーシュ」。ヴァイオリンの城戸かれんさんの情熱的なソロを皮切りに、各楽器がソロを披露。高速で飛ばしたかと思えばスローダウン、そしてまたペースアップと、目まぐるしくギアチェンジしながら会場を大いに沸かせました。

 2nd Stageは、ジャンルを超えて熱い注目を集めるトランット奏者、松井秀太郎さんが登場。ピアニストの壷阪健登さんとのデュオによる、サン=サーンス「死の舞踏」のオリジナルアレンジで幕を開けました。たった一音ですぐに松井さんだとわかる、パーンと張りのある音色に心奪われます。ジャズとクラシックのエッセンスが妖しくもスリリングに溶け合った音世界に独創性が際立ちました。

 続いては、壷阪さんのソロで、オリジナル曲の「When I Sing」。ジャズのフィーリングがありながらも、澄みきった音色が湖上を吹き抜ける風のように爽やかで、ステラシアターにぴったりです。
 後半はARK BRASSが加わって、松井さんが彼らのために作曲した「金管五重奏のための演奏会用小品」。MCでは「金管楽器はマウスピースを使いますが、唇の振動によって、人間のエネルギーが直接楽器に伝わって音が出るところが好きです」と松井さん。彼のソロに続いて、トロンボーンの青木昂さん、トランペットの佐藤友紀さん、ホルンの福川伸陽さん、テューバの次田心平さんへとソロをつないでいくテクニックの鮮やかさといったら圧巻! 日本のクラシック界を代表する名手たちがジャズっぽくブロウしたり掛け合いするのも、なかなか見られない貴重な光景でした。
 そしてメインは、同じく松井さんのアレンジによるガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」。トランペットの安藤友樹さんを加えた金管六重奏と壷阪さんのピアノによる、この日のためのスペシャル・バージョンです。冒頭の有名なクラリネットのメロディを、松井さんがトランペットで吹くと新鮮。聴き慣れたオーケストラ版はピアノ協奏曲的な要素が強いのに対し、今回のバージョンでは、ピアノがソリストというよりストーリーテラーのように各場面をつないでいく役割を果たしていたのがユニークでした。もとはジャズバンドが演奏していた作品本来のアイデンティティを残しつつ、現代に生まれ変わった「ラプソディ・イン・ブルー」。松井さんの作編曲家としての才能も存分に伝えるステージでした。

 3rd Stageは、小曽根真トリオ「TRiNFiNiTY」。ベースの小川晋平さんとドラムスのきたいくにとさんは、小曽根さんが主宰する若手音楽家のプロジェクト「From OZONE till Dawn」出身のアーティストですが、彼らの超絶テクニックがとにかく驚異的でした。リズムをめまぐるしく変化させながらスピードアップしていくさまは、まるでスーッと加速するスポーツカーのよう。小川さん作曲の「エチュダージ」(エチュードとサウダージの造語)では、ブラジリアンなリズムにのって、ピアノとベースがユニゾンや対話を繰り広げます。

 と、そのとき、小曽根さんが客席にいた壷阪さんをステージに呼び込み、いきなりのアドリブ大会に突入。1台のピアノの前にふたりで立って連弾したり、交互にソロをとったり。サプライズな展開に会場も大喜びです。
 さらに「いいこと思いついた!」と言って、今度は松井さんをステージに呼び込む小曽根さん。壷阪さんと松井さんも、小曽根さんのプロジェクトから才能を見出されたミュージシャンなのです。そうしてはじまった「デヴィエーション」では、松井さんが内に秘めたエネルギーを放出するような“歌”を聞かせました。
 アンコールでは、「今の世界に本当に必要な曲」という言葉とともに、小曽根さんが敬愛するオスカー・ピーターソンの「自由への賛歌」を弾きはじめました。するとステラシアターの天井が開き、夕暮れ前の秋空が視界いっぱいに広がり、ステラシアターが野外劇場に。なんという粋な演出でしょう! その場にいた全員が音楽に満たされた一日に感謝して終演となりました。

Text by 原 典子、 ©Tomoko Hidaki