コンサートレポート

コンサートレポート

チャイコフスキー国際コンクールの優勝から、まもなく20年。節目の年に向け、2020年より3年に渡って続けている上原彩子さんのリサイタル・シリーズのひとつ、「ショパン&ラフマニノフの世界」が開催されました。

2021年1月13日(東京オペラシティ コンサートホール)

■プログラム
ショパン:24のプレリュードOp.28
ショパン:プレリュードOp.45嬰ハ短調
ラフマニノフ:プレリュードOp.23-1嬰へ短調
ラフマニノフ:プレリュードOp.23-6変ホ長調
ラフマニノフ:ショパンの主題による変奏曲Op.22ハ短調
[アンコール]
ラフマニノフ:プレリュードOp.32-12
ショパン:マズルカOp.63-3
ショパン:子犬のワルツ

 2002年に行われたチャイコフスキー国際コンクールで、女性として、また日本人として初優勝の偉業を成し遂げた上原彩子さん。2022年、デビュー20周年という記念の年を迎えるにあたり、2020年より3年に渡ってリサイタル・シリーズを進行しています。そのひとつに当たるvol.2「ショパン&ラフマニノフの世界」が、2021年1月13日に東京オペラシティコンサートホールで行われました。

 紺色のドレスを身にまとい、落ち着いた面持ちで舞台に登場した上原さん。プログラムは、ショパン「24のプレリュードOp.28」から始まりました。冒頭から、じっくりと重厚な音色を聴かせ、祈りを捧げるかのような演奏に、会場全体が神聖な空気に包まれていきます。「ようやくショパンと自然に対峙できるようになってきた」と話していた上原さんが奏でる音は、実に理知的。楽曲を研究し尽くし、綿密に構成が練られ、決して感情に流されることなくひとつひとつが丁寧に紡がれていきます。それぞれの小曲が、ヤマハCFXの多彩な音色によって異なる表情を見せ、その切り替えの鋭さに緊張感が走りながらも、どこか心地よい展開で聴衆をショパンの世界に引き込んでいく上原さん。全24曲からなる一連の作品ですが、その集中力は途切れる事がありませんでした。最後の最後には、これまで全く耳にしたことがない激烈な低音の鐘の音を、稲妻のごとく会場に轟かせました。心臓を射抜かれたように圧倒された聴衆は、息を飲みながらその余韻に浸ったのち、割れんばかりの拍手を送りました。前半プログラム1曲のみの演奏にも関わらず、幾度もカーテンコールが行われ、ホールは歓喜に満ち溢れました。エネルギーを出し切ったかに思えた上原さんでしたが、その喝采にいつもと変わらぬ柔らかな笑顔で応え、後半プログラムへの余力を垣間見せました。

 今回のリサイタルは、ショパンとラフマニノフの作品で構成されました。作曲家でありながら、偉大なピアニストでもあった2人の繋がりを考慮してプログラムを組んだという上原さん。後半は、ショパン「プレリュードOp.45」から始まり、ラフマニノフ「プレリュードOp.23-1」へと自然な流れで移行していきました。ゆったりとした旋律が美しく響き渡り、ショパンらしさが溢れるロマンティックな嬰ハ長調の前奏曲から、哀愁を帯びた嬰ヘ短調の前奏曲へ。ラフマニノフの作品に変わったにも関わらず、空気感はそのままに進行していきます。続けて、甘美な旋律に身も心も委ねたくなるような「プレリュードOp.23-6」へとバトンが受け継がれました。

 そして、フィナーレに登場したのが「ショパンの主題による変奏曲Op.22」。この“主題”は、前半に演奏したショパン「24のプレリュード」の「第20番」から引用されています。堂々と、かつヒリヒリとした緊張感を漂わせながらショパンの主題が提示され、その後は22回に渡って難解に、膨大に展開していくこの作品。「演奏会で披露される機会は少ないけれど、名曲であることをぜひ知ってほしい」と上原さんは話していました。その思いはヤマハCFXの鍵盤に込められ、ラフマニノフが生み出した複雑な音の絡み合いも整然と奏でられていきます。高音の煌めき、躍動するリズム、力強い低音に心が掴まれ、時折、椅子から腰を浮かせて身を前に乗り出して弾く上原さんの姿が、驚くほど大きく見えました。あの小柄な身体のどこにパワーが宿っているのか、迫力はさらに増していきます。自ら奏でる音を噛みしめながら、最後まで理知的にラフマニノフの世界を描ききった上原さん。その音楽は、まるで大海原を悠然と航海していくような壮大さに溢れていました。

 二大作曲家の世界を存分に堪能した観客からの鳴りやまない拍手に応え、アンコールもラフマニノフとショパンづくし。美しいアルペジオにのって物悲しい旋律が紡がれたラフマニノフ「プレリュードOp.32-12」、ショパン晩年の哀愁漂う作品「マズルカOp.63-3」、そして、上原さんがピアノ人生で最初に出会ったショパン作品と話していた「子犬のワルツ」を可憐に披露し、終演となりました。

Text by 鬼木玲子