国境、時代、ジャンルを越え、音楽とアートが織りなす特別な時間を届けることをコンセプトに、2008年にスタートした「ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭」。その第6回のフィナーレを飾る演奏会が、2019年11月10日、横浜みなとみらいホール小ホールで行われた。
2019年11月10日(横浜みなとみらいホール小ホール)
■プログラム
【第1部】聖なる調べ~「月光」とロマン派の傑作
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」/チャイコフスキー:ノクターン
シューマン:献呈~「ミルテの花」より/ブラームス:幻想曲集Op.116
若林顕(ピアノ) 巻上公一(語り)
【第2部】祈り~クロイツェル・ソナタ
バッハ:シャコンヌ/シューベルト:アヴェ・マリア
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
鈴木理恵子(ヴァイオリン)若林顕(ピアノ)巻上公一(語り)
【第3部】時空を超えて
古典雅楽/ホーメイ/西村朗:アリラン幻想曲/池辺晋一郎:モロッコのユダヤ民謡
ジャック・ボディ:「ミケランジェロの瞑想」より/藤枝守:植物文様シリーズ「大楠の精霊」ほか
鈴木理恵子(ヴァイオリン)若林顕(ピアノ)石川高(笙)巻上公一(声・ホーメイ)
国境や時代というあらゆる「ボーダー」を越え、またさまざまなジャンルを融合させることで生まれる音楽芸術のすばらしさを体験できる、「ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭」。
音楽監督を務めるのは、ヴァイオリニストの鈴木理恵子。横浜出身の彼女が、歴史の中で異文化交流の舞台となってきたこの港町を、新しい文化の発信基地としたいという想いで続けている音楽祭だ。2008年の創設以来、文化の融合にまつわるさまざまなテーマを掲げながら回を重ねてきた。
第6回を迎える今回は、特別支援学校や教会などでのアウトリーチ公演のほか、フィナーレとして、3部構成による「EXTENDED スペシャル・コンサート」が横浜みなとみらいホール小ホールで行われた。共演者は、鈴木の夫でもあるピアニストの若林顕はじめ、笙の石川高、語り・花架拳・ホーメイの巻上公一という、多彩な顔ぶれ。西洋クラシックの作品から、雅楽、現代作品までさまざまな楽曲が取り上げられ、松原賢の美術が舞台空間を彩った。
第1部は、若林によるピアノ。松原賢「残月」が投影されたホールに、遠くから笙の音が響く。その後、若林が登場し、幻想的な月の姿に見守られながら、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」を奏でる。ヤマハCFXの深く密な音でメロディをはっきりと歌わせながら、力強い終楽章まで、ドラマを展開していく。
続くチャイコフスキーの「ノクターン」、シューマン=リストの「献呈」は、メロディを濃厚に歌わせ、またブラームスの幻想曲集では、ブラームスらしい厚みのあるハーモニーを丁寧に響かせ、ピアノ・ソロの魅力を存分に届けてくれた。
続く第2部は、鈴木の無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番第5楽章「シャコンヌ」でスタートした。巻上による静かでありながら堂々とした花架拳が、音楽により深みを感じさせる。
そして、若林とのデュオによるシューベルト「アヴェ・マリア」、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」。若林のピアノは第1部とはまた一味違う、優しく包み込むような音を鳴らし、その上で鈴木の温かいヴァイオリンの音がのびのびと歌う。
ベートーヴェンの作品が、西洋の音楽が持つエネルギーと情熱を十分に伝えたところで、演奏会は第3部へ。ここからは、西洋と東洋、ジャンルを融合させた音楽が奏でられていく。冒頭、「第3部にも、精神的に深く強く、熱いもののこもった作品ばかりを選んだ」と鈴木。舞台には変わって、「水の生き生きとした様」を表現しているという、松原の「瀾」が投影された。
まずは雅楽の作品から。石川により「五常楽急」が笙のみで、続いて「春鶯囀遊聲」が、笙と、龍笛をヴァイオリンに、琵琶と琴をピアノに置き換えた形で奏される。3つの楽器の音が心地よく混ざり合い、独特の色彩を見せた。
間に、巻上により「不浄を清め、邪気を払う」という法螺貝が吹かれたのち、藤枝守の「大楠の精霊」へ。大分市の坂ノ市神社にある樹齢1200年の御神木から電位変化を採取し、そのデータをメロディック・パターンに変換して作った作品だという。ピアノがあたたかい鐘のような音をポツポツと鳴らし、ヴァイオリンはおおらかで異国情緒あふれるメロディを奏でてゆく。
巻上による口琴とホーメイが、ホールに神秘的で厳かな空気を満たしたのちは、ミケランジェロの愛の詩に着想を得て書かれたというジャック・ボディの「ミケランジェロの瞑想」。
そしてここからは、武満徹の「MI・YO・TA」、池辺晋一郎の「誰がために書かれしものぞ〜生ける神」、加古隆「アダイアダイ」と、なつかしい旋律を持つ音楽が演奏されていく。ピアノ・ソロで奏された西村朗「アリラン幻想曲」は、ヤマハCFXから透き通った音が鳴らされ、その残響をうまく利用して、幻想的な風景が示されていった。
アンコールでは、空間に溶け込むようなピアノ、ノスタルジックなヴァイオリン、そしてひそやかなハーモニーを響かせる笙の音が混ざり合う、「グリーン・スリーヴス」などが演奏され、まさに文化のボーダーを越えた「なつかしさ」を感じることができた。
開演前、作曲家の西村と藤枝によるプレトークが行われたが、この時西村は、「ボーダーを守っていく価値観も大切。それを越えようとするエネルギーと、守ろうとするエネルギーの高度なせめぎ合いから生まれるものがある」と話していた。3時間半超にわたる演奏会で、まさにそんな、個々の文化や楽器を極め、尊重しあうアーティスト同士だからこそ実演する、「融合」の美を味わうこととなった。
Text by 高坂はる香