シブリアン・カツァリス ピアノリサイタル
2025年10月24日(浜離宮朝日ホール)
2025年10月24日、浜離宮朝日ホールにおいて、シブリアン・カツァリスさんのピアノリサイタルが行われました。筆者は長年カツァリスさんの演奏を聴き続けていますが、常に彼は考え抜かれたこだわりのプログラムを披露し、そのなかでそれぞれの作品を有機的に結びつけ、全体像をひとつの大きな絵巻物のように描き出していきます。

この日も、プログラムは凝りに凝ったもので4章に分けられ、まず1章の「ラヴェルとギリシャ」として古代ギリシャのメロディー「セイキロス」による即興演奏からスタートしました。これは解説書によると、おそらく世界最古のメロディー(約2000年前)として知られているそうで、カツァリスさんはヤマハCFXの響きをホール全体にいかに響かせていくかを確認するような即興性に満ちた響きを聴かせていきます。
次いでラヴェルの「古風なメヌエット」、ラヴェルのバレエ「ダフニスとクロエ」より第3部「ダフニスとクロエ」のシーン(ラヴェル編)が演奏され、ラヴェルの舞踊的な要素を実にかろやかに嬉々として奏で、2章の「ラヴェルとハイドン」へとつないでいきました。
カツァリスさんは曲間にゆっくりした英語でトークを入れ、作品の成り立ちや解釈、ラヴェルの魅力を聴衆に語りかけていきます。その語りは、ときにユーモアとウイットを含み、ラヴェルの作品を深く愛している様子が伝わってきました。

「ラヴェル/ハイドンの名によるメヌエット」は、ハイドンの没後100年を記念してラヴェルがHAYDNの5文字を音名に置き換えて作曲した小品です。「ハイドン/ソナタ ハ短調」は親しみやすいソナタで人気が高く、多くのピアノを演奏する人たちに愛されている作品です。カツァリスさんはこうした小品を粋で洒脱で軽快に演奏することを大の得意としています。これらの作品から次の3章「ラヴェルとソナチネ嬰ヘ短調」へとつなげ、ソナタでは精妙でクリアでラヴェルの古典主義を生かすよう、全体の均衡を保ちながら近代性も加味し、カツァリスさんの流麗なピアニズムが思う存分発揮されました。そしてカツァリスさん作曲の「ソナチネ」が続きます。

4章は、「ラヴェルとスペイン」と題し、ラヴェルのルーツであるスペインのバスク地方の舞曲をふんだんに盛り込んだ作品が次々に登場しました。「亡き王女のためのパヴァーヌ」「鏡 第4曲 道化師の朝の歌」「ハバネラ形式の小品(モーリス・ドーメスニル編)」「ボレロ(ウラジーミル・レイチキス編)」と演奏され、とりわけフィナーレの「ボレロ」はカツァリスさんの超絶技巧をものともしない圧巻のピアニズムが炸裂しました。
「ボレロ」ではCFXの高音は輝かしく香り豊かな歌を奏で、中間音は色彩を幾重にも変容してラヴェルの旋律とリズムの多様性を表現し、さらに低音はラヴェルのオーケストレーションの豊かさを彷彿とさせるような壮大かつ重厚でどっしりとした音を紡いでいます。
ラヴェルの「ボレロ」は単一の主題をオーケストレーションを変更しながら何度も繰り返していく構成をもち、ロシア出身のフランスのバレリーナで役者のイダ・ルビンシュタインからの依頼により、バレエ曲として書かれました。その後さまざまな楽器用に編曲され、モーリス・ベジャールの振り付けにより、シルヴィ・ギエムやジョルジュ・ドンが踊ったことで一気にファン層を広げていきます。この日のカツァリスさんの演奏も、非常に視覚的な演奏だったため、筆者の脳裏には、シルヴィ・ギエムやジョルジュ・ドンのストイックで集中力に支配された踊りが浮かび、一瞬たりとも目と耳が離せない状況に陥りました。それほどカツァリスさんの演奏は舞踊に根差し、生き生きとした生命力を放っていたのです。
カツァリスさんは当日のピアノを「とても弾きやすい、私の手の延長のよう」と評し、調律師の仕事ぶりも笑顔で称え、「完璧主義者カツァリス」の面目躍如となりました。ユニークなプログラム構成、また次回が楽しみです。

Text by 伊熊よし子、©Noriyuki Soga


