2023年6月1日に東京文化会館で行われた「イリヤ・イーティンとN響メンバーによる室内楽の夕べ」。名手たちがマーラー、メンデルスゾーン、ブラームスの室内楽曲を奏で、一夜限りの熱いアンサンブルを繰り広げました。
2023年6月1日(東京文化会館小ホール)
■プログラム
マーラー:ピアノ四重奏 イ短調 アレグロ
メンデルスゾーン:ピアノトリオ作品49 第1番
ブラームス:ピアノ五重奏 作品34 ヘ短調
モスクワ音楽院で名教師のもと学んだロシアン・ピアニズムの継承者であり、現在は演奏活動の傍ら、日本の武蔵野音楽大学でも客員教授を務める、ピアニストのイリヤ・イーティンさん。
そんなイーティンさんが、過去に共演経験のあるNHK交響楽団の特別コンサートマスターでマロさんの愛称で知られる篠崎史紀さん(ヴァイオリン)、そして、白井篤さん(ヴァイオリン)、宮坂拡志さん(チェロ)、中村翔太郎さん(ヴィオラ)という同楽団の名手たちと共演。2023年6月1日、東京文化会館小ホールで「イリヤ・イーティンとN響メンバーによる室内楽の夕べ」を開催しました。
演目は、ピアノトリオからピアノクインテットまで、バラエティに富んだ編成によるピアノ入り室内楽の名作。はじめに演奏されたのは、マーラーが16歳の若さで書いた唯一の室内楽作品である、ピアノ四重奏曲です(イーティンさん、白井さん、宮坂さん、中村さん)。
プログラムに曲目解説は掲載せず、出演者が順番に楽曲の紹介をするスタイル。最初にマイクをとった中村さんによれば、「マーラーの作品としては交響曲の影にかくれて演奏機会が少ないですが、暗く、とても美しい曲」で、イーティンさんたっての希望でプログラムに入れられたとのこと。重く美しい弦楽器のサウンドと、低音から高音までが効果的に使われたピアノの音が混ざり、ドラマティックな音楽が展開し、若きマーラーの才能を教えてくれました。
続けて演奏されたのは、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲(イーティンさん、篠崎さん、宮坂さん)。宮坂さんの「暗い中にも優しさのある曲」というコメントの通り、3つの楽器が奏でるダークな美しい旋律がやわらかく絡み合います。ピアノは時に下からたっぷりとした厚みのある音で支え、時に甘い歌を歌い、メンデルスゾーンの天才的な世界を創出しました。
そして後半は5人全員がステージに上がり、ブラームスのピアノ五重奏曲を演奏。マイクをとった白井さんが、「ブラームスはロマンティックでそこが好きなところ。音楽家はロマンチストでないとできませんが、このメンバーもロマンチスト。さきほどのメンデルスゾーンの演奏をバックステージで聴きながら、改めてすごい人たちだなと思った」と話していましたが、実際、演奏が始まると、5人は情熱ほとばしるロマンティックなブラームスの世界で客席を圧倒します。それぞれの楽器がたっぷりとした音を鳴らし、そして時には心の奥から絞り出すような音も用いて、甘く重厚な響きを生んでいきました。イーティンさんがCFXからまろやかな音を引き出して歌った2楽章では、弦も軽やかな声で呼応。ブラームスの静かで熱いエモーションが伝わります。そして終楽章は、音のエネルギーがぶつかり合い一つになる白熱のフィナーレ。弾き終わると同時に立ち上がった篠崎さんの様子が、その熱さを物語っていました。
最後に篠崎さんは、「私たちにとって室内楽はお互いにいろいろなものを得ることができる大切な場。ステージの上で、再生や伝承も行われる。今日はそういう演奏会になったのではないか」とコメントしました。
アンコールには、ドヴォルザークのピアノ五重奏から終楽章を演奏。先ほどのブラームスとはまた異なる音をそれぞれが鳴らし、美しい余韻とともに演奏会を閉じました。
ロシアの優れたピアニストと日本のトップオーケストラで活躍する名手が互いに音を聴き合うことで生まれる、美しい調和。時にぶつかることで鼓舞し合い、ヒートアップしてゆく音楽のおもしろさ。室内楽という小さなアンサンブルだからこそ実現する音楽による生きた会話の魅力や、時に数十倍にもなって爆発するエモーションを存分に味わう一夜となりました。
Text by 高坂はる香
イリヤ・イーティン ピアノリサイタル
●開催日時:2023年7月9日(日)13:30開場/14:00〜16:00
●会場:ヤマハホール
●出演:イリヤ・イーティン
●料金(税込):一般 5,000円/学生 2,000円 チケットぴあ Pコード:236-971
●プログラム:F.シューベルト:楽興の時 D.780 Op.94、ピアノ・ソナタ 第4番 D.537 Op.164 イ短調、J.ブラームス:ピアノ・ソナタ 第3番 Op.5 ヘ短調
●お問い合わせ:株式会社ヤマハミュージックジャパン
アーティストサービス東京 TEL:03-3572-3426(平日 11:00~18:00)
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