コンサートレポート

コンサートレポート

ロシアの同時代の作曲家、チャイコフスキーとムソルグスキーの音楽世界を色彩鮮やかに描き出す
~イリヤ・イーティン ピアノリサイタル~

2019年10月1日(東京文化会館小ホール)

リーズ国際ピアノコンクール優勝など数々の国際コンクールで輝かしい成績を収め、世界的に活躍しているロシア出身のピアニスト、イリヤ・イーティンさん。2019年10月1日、東京文化会館小ホールで開催されたリサイタルでは、チャイコフスキーとムソルグスキーという19世紀ロシアを代表するふたりの作曲家を取り上げ、正統派ロシアピアニズムの多彩な音楽世界を堪能させてくれました。

■チャイコフスキー:四季 — 12の性格的描写 Op.37bis
1月「炉端で」
2月「謝肉祭」
3月「ひばりの歌」
4月「待雪草」
5月「白夜」
6月「舟唄」
7月「刈り入れの歌」
8月「とり入れ」
9月「狩の歌」
10月「秋の歌」
11月「トロイカ」
12月「クリスマス」

■ムソルグスキー:展覧会の絵
1.プロムナード
2.こびと
3.プロムナード
4.古城にて
5.プロムナード
6.チュイルリーの庭
7.ビドロ
8.プロムナード
9.卵の殻をつけた雛の踊り
10.サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ
11.プロムナード
12.リモージュの市場
13.カタコンブ
14.死者とともに、死者の言葉で
15.バーバ・ヤガーの小屋
16.キエフの大門

 前半のプログラムはチャイコフスキー《四季》。上体をほとんど動かさず、長い腕と指を自然に使った端正なテクニックで鍵盤を絶妙にコントロールし、繊細なニュアンスに満ちた音色が紡ぎ出されていきます。暖かな炉端の憩い、春を待ちこがれる人々の賑やかな祭り、春の訪れを告げるひばりのさえずり、雪の中から顔を出す可憐な待雪草、北国の白夜の幻想的な風景、哀愁に満ちた舟歌、畑で草を刈る農民たち、収穫の喜び、角笛が鳴り響く狩の情景、舞い落ちる枯れ葉への感傷的な想い、果てしなく広がる雪原を走るトロイカ、クリスマスを祝って優雅にワルツを踊る少女たち……、ロシアの大地で暮らす人々の日々の生活、歓びや哀しみが、ヤマハCFXの多彩な音色のパレットを使って、鮮やかに描き出されていきます。全曲の演奏が終わった瞬間、しばらくの静寂の後に、割れるような拍手が沸き起こりました。

 後半はムソルグスキー《展覧会の絵》。演奏の前にマイクを持ってステージに現れたイーティンさんは、この作品のいくつかの曲について、ユーモラスに解説してくれました。第9曲「卵の殻をつけた雛の踊り」は、本当は殻を破る前の雛が卵の中で早く出たいと暴れているイメージ、第15曲のバーバ・ヤガーは、醜く恐ろしい妖怪バァさんで、箒に乗って空を飛びまわり、悪い子を見つけて「食べちゃうぞ~!」と脅かしているなど、ロシアの「珍百景」を描写した作品だと語り、客席を和ませました。
 冒頭の〈プロムナード〉から、緊張感あふれる力強い音色をヤマハCFXから引き出し、ときにはコミカルに、ときには深い情感を湛えて、ひとつひとつの曲が絵画のように会場いっぱいに映し出されていきます。美術館と化したホールに、終曲の〈キエフの大門〉では地響きがするような低音が鳴り、圧倒的なテクニックとみずみずしい音楽性で壮大なフィナーレを構築しました

 鳴りやまない拍手に応えて、アンコールはショパン《ワルツ Op.64-2》。抒情あふれるメロディーを慈しむように歌い、《展覧会の絵》の興奮冷めやらない聴衆の心を優しく包みました。そして、ヨハン・シュトラウス/シャルツ=エヴラー(イリヤ・イーティン編曲)《美しき青きドナウ》。驚異的な超絶技巧を駆使して各声部をヤマハCFXの変幻自在な音色で際立たせ、ファンタジーあふれる演奏を繰り広げ、充実したリサイタルを締めくくりました。

 終演後、イーティンさんはこの日のパートナーとなったヤマハCFXについて、「色彩豊かな音色のヴァリエーションを無限に持った楽器で、インスピレーションを刺激されながら演奏楽しみ、ピアノが私に大きな自由を与えてくれたように感じました」と賛辞を惜しみませんでした。

Text by 森岡葉