コンサートレポート

コンサートレポート

富士山の麓から、ピアノの多彩な魅力を発信する「富士山河口湖ピアノフェスティバル」。3回目を迎える2023年の今年は9月15日(金)~18日(月・祝)の4日間にわたって開催され、のべ1万人がピアノと自然が一体となったフェスティバルを楽しみました。

2022年9月15~18日(河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール、河口湖総合公園ほか)

富士山河口湖ピアノフェスティバル

「富士山河口湖ピアノフェスティバル」は、古代ローマの野外音楽堂を模したすり鉢型の客席を持つ野外大ホール「河口湖ステラシアター」でのコンサートを中心に、ピアニストの息遣いまでが聞こえてきそうな「河口湖円形ホール」の100名限定のプレミアム・リサイタル、広々とした芝生に座って気軽に楽しめるピクニック・コンサートなどそれぞれに特色のある会場で公演が繰り広げられます。
 今年は、ピアニスト・イン・レジデンスである辻󠄀井伸行さんのほか、清水和音さん、レ・フレール、三浦舞夏さんほか、そして海外からはピアニストのファジル・サイさんと指揮者ロッセン・ゲルゴフさんが登場しました。

 コンサートの幕開けは、「辻井伸行プレミアム・リサイタル」(9月15日(金)・河口湖円形ホール)。超絶技巧を間近で鑑賞できる超プレミアムなリサイタルとあって、ファンも大興奮!100人限定のオーディエンスたちが、究極の体験を満喫しました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 翌9月16日(土)のお昼は、天気にも恵まれたピクニック・コンサート。辻井さんとレ・フレール、三浦舞夏さんのピアノ演奏を約1,000人が楽しみました。辻井さんも、森の中でのこの演奏を毎回とても楽しみにしているそう。山の空気を吸ったり、鳥の鳴き声を聞いたりするのが大好きで、フェスティバル立ち上げにあたっては、雄大な自然の中で都会では味わえない音楽祭にしたいとの思いからこの地を選んだといいます。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 辻井さんはピアノ・イン・レジデンスを務めるだけでなく、演出や出演者選びなどプロデュースも担っています。今回は、3つの壮大なガラコンサートが組まれました。

 ひとつ目は、「辻井伸行/ファジル・サイ/レ・フレール ザ・ピアニストGALA」(9月16日(土)・河口湖ステラシアター)。老若男女の観客で埋め尽くされた客席。最初に登場したのはファジル・サイさんで、海外からアーティストを招くのは、フェスティバルとしては初となります。
おふたりは20年来の付き合いがあり、お互いをリスペクトしている間柄。そのファジル・サイさんは、独創的な演奏スタイルで瞬く間に聴き手の心を捉えます。コロナのロックダウン下で書かれた近作『ニューライフ・ソナタ』やジャズスタイルの超絶技巧曲『パガニーニ・ジャズ・ファンタジー』、モーツァルトとジャズを融合した『トルコ行進曲“ジャズ”』、そしてピアノの内部奏法でトルコの民族音楽の響きを再現した『ブラック・アース』。驚きと高揚感とともに、観客はファジル・サイさんの世界を存分に堪能しました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 続いて登場した辻井さんのプログラムは、『巡礼の年 第2年への追加《ヴェネツィアとナポリ》』、『コンソレーション第2番』『メフィスト・ワルツ第1番』とリスト尽くし。リストを得意とする辻井さんですが、これほどリストに特化して多彩な名曲を集めたプログラムは貴重。世界最高のリスト弾きとも称される辻井さんの演奏に、会場中が惹きつけられました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 コンサートのトリを務めたのは、斎藤守也さん、斎藤圭土さんの兄弟ピアノデュオ、レ・フレール。1台4手連弾という独創的なプレイスタイルを確立し、20本の指で多くのファンを楽しませてきた彼らは、この日もノリノリのブギウギや心を掴むMCで会場を沸かせます。「河口湖ステラシアター」の可動式の屋根がオープンになると、鳥たちも一緒に歌うかのよう。   さらに会場が一体化し、盛り上がりをみせます。
 そして、アンコールには嬉しいサプライズが!レ・フレールのおふたりと辻井さんがステージに姿を現すと割れんばかりの拍手が巻き起こります。レ・フレールのプレイスタイルは「キャトルマン(4本の手)スタイル」と言われていますが、このときにはシス(6本)の手となり、盛り上がりは最高潮に達しました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

ベスト・オブ・レフレールと題し、レ・フレール(斎藤守也&斎藤圭土)の人気曲で会場を盛り上げました


 2つ目は「辻井伸行 ショパンGALA」(9月17日(日)・河口湖ステラシアター)。前半は、ショパン『12のエチュード』のピアノ・ソロ。辻井さんといえばショパン!と期待を寄せる人も多いなか、全12曲を披露して聴き手を魅了します。
 後半は、辻井さんとバイオリニスト三浦文彰さんの呼びかけによって名プレイヤーたちが集結した夢のオーケストラARKシンフォニエッタのメンバーを中心としたコンチェルト。辻井さんのほか、三浦さん(バイオリン)、直江智沙子さん(同)、鈴木康浩さん(ヴィオラ)、遠藤真里さん(チェロ)、瀬泰幸(コントラバス)がショパン『ピアノ協奏曲第2番(室内楽版』を披露し、室内楽ならではの魅力をたっぷり感じさせてくれました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 連日大盛況のフェスティバルを締めくくった3つ目のガラコンサートは、ラフマニノフ生誕150周年を祝う「ラフマニノGALA」(9月18日(月・祝)・河口湖ステラシアター)。辻井さんと清水和音さんがソリストとして登場し、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』と『第3番』をそれぞれ演奏するという  贅沢なプログラムが組まれました。
 人気のピアノ協奏曲だけでなく、この日のプログラムはラフマニノフ三昧。前半は、清水さんによるピアノ・ソロでから。演奏曲は『6つの歌より 第4曲「美しいひとよ、私のために歌わないで」』、『ヴォカリーズ』。いずれも、ワイルドによるピアノアレンジ版で、哀愁に満ちながら流麗な音が聴き手の胸に迫ってきます。
 続いて、ロッセン・ゲルゴフが指揮する東京フィルハーモニー交響楽団が登場し、清水さんの“おはこ”ともいえる『ピアノ協奏曲第2番』の演奏が始まりました。オーケストラとピアノの絶妙な絡み合いや随所に散りばめられた華やかな超絶技巧、圧巻のカデンツァ。美しいピアニッシモから力強く重い音までを巧みに鳴らす清水さんの技術と表現力で、ラフマニノフの人生の壮大なドラマを見ているよう。会場は大きな喝采と拍手に包まれました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 後半のスタートは、辻井さんによるピアノ・ソロ。フィギュアスケートの浅田真央さんが使用したことでも有名なラフマニノフ『鐘』の重厚な響きと美しい旋律を、まさにピアノと一体となって奏でていきます。
 そして、いよいよ『ピアノ協奏曲第3番』。「『第3番』は音数が非常に多く、技術的にも表現力が問われる作品です。45分程度と長く、ほぼ休みがなく弾き続けるので体力勝負の曲。大好きな曲なので、演奏できて嬉しいです」と事前に語っていた辻井さん。この作品が完成した当時、ほとんど弾けるピアニストがいなかったとさえいわれる超絶技巧、そして、より複雑で緻密なオーケストラとの対話。会場には、感動を興奮の渦が巻き起こります。第3楽章が歓喜に満ちた音で力強く締めくくられると、一瞬の間も置かずに起こった割れんばかりの拍手と「ブラボー」の声、そしてスタンディングオベーションで、会場中がその演奏を称賛しました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 富士山河口湖ピアノフェスティバルは、ガラコンサート以外にも、清水和音さんによる100人限定のプレミアム・コンサートや、三浦文彰さん舞夏さん兄妹によるデュオのリサイタルなど魅力あふれるコンサートが連日繰り広げられました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 また、本フェスティバルには、もうひとつ大切に続けられてきていることがあります。それは、地元の小学校に出向いての音楽教室です。幼少期にピアノと出会って向き合い続け、演奏家としての道を拓いた辻井さん。
「好きなことをみつけて、一生懸命それに向かって頑張ってほしいという思いもあって。みんなにぜひ音楽を届けたいです」
 今回は、全校児童約560人のが大歓迎。児童たちが伝えたイメージを即興で曲にして演奏したり、校歌をつくってほしいという希望があったりと、大きな盛り上がりを見せました。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

 音楽の町づくりを進めてきたこの地では、地元のボランティアも大きな役割を担っています。音楽の町のシンボル的存在でもある「河口湖ステラシアター」では、オープン時からコンサートにボランティアの概念を持ち込み、イベントを支えてきました。
 コンサートだけでなく、今年はフェスティバルのために育てた地元野菜を使った炊き出しが行われ、バックヤードでカレーや、芋から作ったこんにゃくなどがふるまわれました。地元の人々との交流を楽しみにしている辻井さんですが、この日はお代わりするほどカレーを堪能したとか。
「富士山は日本の象徴であり、その裾野というロケーションと環境のすばらしさをもっと世界に知ってもらいたいですし、世界中の方に音楽のすばらしさやこのフェスティバルとピアノの魅力をもっともっと伝えていきたいと思います」(辻井さん)
 ますますパワーアップしそうな来年の開催にも期待が高まります。

富士山河口湖ピアノフェスティバル

Text by 福田 素子
Photo By Tomoko Hidaki

▶富士山河口湖ピアノフェスティバルオフィシャルサイト