コンサートレポート

コンサートレポート

2023年11月3日、世界中から第一線で活躍する音楽家を招く「THE SUPER PREMIUMシリーズ」に、日本が世界に誇るピアニストの児玉麻里氏と児玉桃氏による、贅沢なピアノ・デュオが登場した。小金井 宮地楽器ホール 大ホールはステージ上の奏者の息遣いや、音の輪郭の細部まで聞こえる澄んだ響きを持つホール。会場全体の集中力も高まる中、ピアノ・アンサンブルの妙を楽しむ3作品が演奏された。

2023年11月3日(小金井 宮地楽器ホール 大ホール)

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

■プログラム
ラヴェル:《マ・メール・ロワ》
〈眠れる森のパヴァーヌ〉
〈親指小僧〉
〈パゴダの女王レドロネット〉
〈美女と野獣の対話〉
〈妖精の園〉
チャイコフスキー(アレンスキー編):バレエ音楽《くるみ割り人形》より
〈行進曲〉
〈金平糖の踊り〉
〈アラビアの踊り〉
〈中国の踊り〉
〈トレパーク〉
〈葦笛の踊り〉
〈花のワルツ〉
ストラヴィンスキー:《春の祭典》

【アンコール】
チャイコフスキー(ランゲリ編):バレエ音楽《白鳥の湖》より
〈4羽の白鳥の踊り〉
チャイコフスキー(ドビュッシー編):バレエ音楽《白鳥の湖》より
〈ナポリの踊り〉
チャイコフスキー(ラフマニノフ編):バレエ音楽《眠れる森の美女》より
〈眠りの森の美女のワルツ〉

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

 コンサートは、ラヴェルの《マ・メール・ロワ》第1曲〈眠れる森のパヴァーヌ〉の澄み切った演奏から始まった。静謐の表現で紡ぎ出される4/4拍子のゆったりとした旋律は、ホールに豊かに響き、音の広がりと共に、観客をおとぎ話の世界に連れて行った。
 第2曲〈親指小僧〉の譜面には、シャルル・ペローの同名の童話から、「親指小僧は道標としてパンのかけらを落としながら歩いていたのに、鳥にすべて食べられてしまった…」というシーンの一文が書かれている。家までの帰路を探すかのように、絶え間なく動き続ける3度音程のポリフォニーの動きに、高音の装飾音と3度音程で下降するカッコウの模倣が、描写的な音楽を聞かせる。二人の声部が一糸乱れぬアーティキュレーションで、寄り添うように森の情景を描き出していた。

 第3曲〈パゴダの女王レドロネット〉の冒頭には、ドーノワ夫人の妖精物語『緑色の蛇』から、クルミのテオルボ(ネックの長いリュート属の楽器)や、アーモンドでできたヴィオルが登場する楽しげなコンサートのテクストが引用されている。2/4拍子の弾むリズム、5音音階の異国情緒あふれる素早いパッセージ、低音部の旋律、ゆったりとうごめく音型……といった種々の要素が、二人のテクニックによって個性豊かに対比されていた。
 楽譜に美女と野獣のロマンティックな会話が書かれた〈美女と野獣の対話〉は、3拍子のたゆたうようなリズムに乗る息の長いメロディーの美しさと、低音で厳しくリズムを刻む中間部を持つ。終盤の高音へと昇って空間に溶けていくような優しげなモティーフは、ピアノのあたたかい音色と相まって、ホールに幻想的に響いた。

 《マ・メール・ロワ》最終曲〈妖精の園〉は、現実から離れた夢のような和音アルペッジョを実現するソフト・ペダルが印象的だった。低音3手の担う和音に、旋律が溶け合う表現が、会場の隅々まで染み入るように響きわたる様が大変素晴らしかった。グリッサンドの軽やかな美しさに、ダブル・エスケープメント機構の離脱アクションの反動が限りなく「無い」状態が目指された、なめらかな打鍵を実現するCFXの特徴が最も感じられた。CFXから発せられる高音や弱音は、洗練されていながらも、木材の温かみ、響きの豊かさを存分にたたえ、親密な雰囲気を要とするラヴェルの表現を支えていた。

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

 2台ピアノの演奏に先立って、「2台のピアノの個性があまりに違うと二人の音楽が混ざりにくいが、CFXは何の問題もなくぴたりと合うから、去年から録音でも使っています」とお話があった。ピアノは生きたもののようだから、と語る言葉に呼応するように、ヴェールの向こうにあったラヴェルの表情とはガラリと変わり、続くチャイコフスキーでは、生き生きとした音楽が聴かれた。

 プリモは桃氏、セコンドは麻里氏。三連符が印象的なパッセージで弾むように始まる〈行進曲〉は、力強い同音連打と急速な上行音型で華やかに表現されていた。行進曲のあとは、お菓子の世界の楽しくも不思議なイメージや、「異国」的な踊りの要素をふんだんに含んだ、それぞれ個性的な作品が続く。19世紀の西洋では、領土拡大への指向から見知らぬ土地への興味関心が高まり、オリエンタルな要素を取り入れて、異国的な音楽を書く流行が生まれた。あくまでここで書かれているのは、性格付けされた「らしさ」の表現であるのだが、チャイコフスキーが各曲に散りばめたダンスのリズムやアーティキュレーションを、二人は多彩な音色と躍動感あふれる表現で、クリアに描き分けていた。世界中で多様なアーティストと演奏活動を行う二人の繊細な表現に、大きな説得力があった。

 最終曲の〈花のワルツ〉は、3拍子の優雅な旋律が、夢の中の「光」と「影」の表現を経て、祝祭的な性格へと変化していく様が、情感豊かに提示された。二人の技巧は、舞台上のバレエの動きさえイメージされる音の表現を聞かせた。ソフト・ペダルを使う場面では、劇場の舞台裏から——ステージとは離れたどこか「遠くの世界」から聞こえてくるかのような、空間をも味方にした表現が聴かれた。

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

 演奏会後半に演奏されたストラヴィンスキーの《春の祭典》のピアノ版は、ストラヴィンスキー自身の手による編曲。第一部「大地礼讚」と第二部「生贄」の2部分から成り、ときに荒々しい生命力に溢れたリズムと、オーケストラの多彩な音質が生き生きとピアノに写し取られている。演奏会では、児玉麻里氏と児玉桃氏両名の瑞々しく、華やかに響く音楽の個性が遺憾なく発揮された。
 冒頭、ファゴットの旋律から始まる管楽器のパートの重なりは、両氏の艶やかな音質を得て、浮遊する感覚がいっそう官能的に紡ぎ出されていた。力強い和音連打とシンコペーションリズムといったパーカッシブな要素や、煌びやかな旋律、ファンファーレを思わせる和音、ほとんど常に動き回る音の中で一瞬、歩を止めるように現れる神秘的なセクションのハッとさせる表現、どこか煙るような雰囲気の中で行きつ戻りつする甘い夢のような旋律の輝かしい音質など——あらゆる技巧と内面の表現が要求される難曲は、二人の強靭な指先と高い音楽性を持って、ステージ上に見事に表現されていた。
 特に、かつてパリの聴衆を驚かせたストラヴィンスキーの厳しいリズムが明瞭に表現されると、観客も息をのんで緊張感を共有し、会場全体が原初のエネルギー溢れる音楽に満たされていた。麻里氏と桃氏の指先から紡ぎ出される生命力溢れる音楽は、CFXの芳醇な音響をまとうことで、まさに春にうまれくる生命の蠢きを、鮮烈なまでに描き出していた。

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

 アンコールでは、チャイコフスキーのバレエ音楽は多くの作曲家から尊敬を集めていたことが伝えられ、ランゲリ編の《白鳥の湖》より〈4羽の白鳥の踊り〉、同じく《白鳥の湖》よりドビュッシー編の〈ナポリの踊り〉、ラフマニノフ編の《眠れる森の美女》より〈眠りの森の美女のワルツ〉が演奏された。いずれも原曲の魅力をたたえながら、編曲を行なった作曲家の個性も滲み出た作品。機敏な変化を伴うタッチによって、それぞれの作品のキャラクターが描き分けられ、会場からは熱い拍手が送られていた。
 児玉麻里氏、児玉桃氏という最上の演奏家によって、多様なイマージュで彩られる楽曲が鮮明に実現された、贅沢なひとときであった。

児玉麻里&児玉桃 ピアノ・デュオコンサート

Text by 陣内みゆき