コンサートレポート

コンサートレポート

8人の実力派ピアニストが繰り広げた豪華なピアノの「饗宴」/仲道郁代 ピアノ・フェスティヴァル

2018年3月16日(東京芸術劇場 コンサートホール)

このフェスティヴァルは、演奏活動30年を迎えた仲道郁代さんが立ち上げた「1日たっぷりピアノで楽しむ」という企画。若手からベテランまで8人の実力派ピアニストが登場し、ピアノとピアノ音楽の楽しみを存分に披露してくれた。

【プログラム】
第1部《2台ピアノの祭典》
モーツァルト:きらきら星変奏曲~エルガー:愛の挨拶(編曲:轟千尋)/仲道郁代、金子三勇士、小林綾華(9歳 スペシャル・ゲスト)
ドビュッシー:小組曲/上原彩子、金子三勇士
ラヴェル:ラ・ヴァルス/仲道郁代、萩原麻未
ラフマニノフ:2台ピアノのための組曲第2番より「ロマンス」「タランテラ」/小川典子、中野翔太

第2部《5台ピアノの響演》
シャブリエ:狂詩曲《スペイン》/上原彩子、萩原麻未、仲道郁代、金子三勇士、小川典子
リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行/仲道郁代、金子三勇士、萩原麻未、中野翔太、上原彩子
サン=サーンス:死の舞踏/太田糸音、小川典子、金子三勇士、上原彩子、實川風
バラキレフ:イスラメイ/小川典子、實川風、上原彩子、仲道郁代、太田糸音
ホルスト:組曲《惑星》より「木星」/萩原麻未、仲道郁代、中野翔太、小川典子、金子三勇士

現役ピアニストならではの的確なアドバイス

ピアノの楽しさをもっと深く、もっと大きく伝えていきたいという、仲道さんの思いを詰め込み、自ら音楽監督を務めてのこのイベントは、3月16日に東京芸術劇場で行われた。

まず、午後3時からの公開マスタークラスでスタート。同劇場5階のシンフォニースペースは、サロン・コンサートにもちょうど良い広さの部屋だ。
1コマ目の講師は仲道郁代さん。13歳の田中仁海さんのレッスン曲は、ショパン「華麗なる大円舞曲」とモーツアルトのピアノ・ソナタ第2番から第1楽章。仲道さんは、気になった箇所を実際に弾いて示しながら、ショパンでのペダルの使い方や、右手と左手のバランスの取り方、スラーの付け方、モーツァルトでは当時の演奏法を踏まえた弾き方などを丁寧に指導していた。

次の2コマの講師は小川典子さん。22歳の池内堯さんはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」より第1楽章とバッハの平均律クラヴィーア第1巻より第13番を、17歳の五十嵐まりさんはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第7番より第1楽章を。バッハ作品は音楽理論に沿って書かれていることを意識して弾いて欲しいこと、ベートーヴェンは白黒をはっきりと示す音楽で、自分の感情をストレートに音楽にしていることなどを、たとえ話をまじえて楽しく解説。会場にたびたび笑いも起こった。

大盛り上がりの開演前ピアニスト・トーク

会場をコンサートホールに移し、午後6時15分からはコンサートに出演する8人がステージに登場し「ピアニスト・トーク」が始まった。事前に公募した質問の中から「本番前や練習のために必ずすること」「好きな作曲家」「他の楽器への興味」という3つを、司会者や出際良く全員に振っていった。その他の質問に対する答えは、仲道さんのツイッターやフェイスブックで順次紹介していくとのこと。この日のコメントを五十音順に紹介していこう。

●上原彩子さん
ジムで身体を鍛えています。息が長くて聴いていても世界に浸れるチャイコフスキーやラフマニノフなどロシアの音楽が好き。演奏できるなら安心感のあるチェロ
●太田糸音さん
本番前はストレッチや、歩き回って身体をほぐしています。多声のフーガが好きなのでバッハは最高。室内楽を勉強して、安心感をもたらしてくれるチェロが弾きたくなりました
●小川典子さん
普段から有酸素運動を心がけています。多彩な音色を追求しながら表現できるドビュッシーと武満徹が好き。近年、ヴァイオリンを独学で始めました
●金子三勇士さん
ジムでトレーニングしていて、さらに週3~4回は10㎞走っています。好きな作曲家は日によって異なりますが、ハンガリーのリストとバルトークは縁が切れない人たち。以前、6年ほどパーカッションを演奏していましたが、今はピアノが一番です
●實川風さん
野球が好きで、バッティングが上手になりたくて体幹トレーニングしたら、ピアノが弾きやすくなりました。前向きなパワーをもらえるベートーヴェンは最高。オーケストラの中でパーカッションをやってみたい
●中野翔太さん
スケールとアルペッジョをまず弾きます。繊細で緻密なラヴェル、アメリカでジャズに触れて、ガーシュウィンも好きになりました。今、ローズ・ピアノというエレクトリック・ピアノにはまっています
●萩原麻未さん
自己流でストレッチしています。私も日によって違いますが、光や風など自然が音になったようなドビュッシーは特別な存在。生まれ変わったら、ヴィブラートやポルタメントのできる弦楽器を
●仲道郁代さん
舞台前にはオランウータンみたいに歩き回って、身体をほぐしながら温めています。ベートーヴェンは音楽家としての私の核。論理と感情の両方が拮抗して存在し、人生哲学もある、演奏家として目指したい境地。自分でやってみたい楽器はない、というかピアノが一番好き。歌が歌えたらいいなと思うことはあります

どの組み合わせも圧巻

午後7時からはいよいよ8人が入れ替わりながら登場する2台ピアノと5台ピアノのコンサート。第1部は2台のヤマハCFXが並べられたステージで、9歳の小林綾華が「きらきら星」を弾き、それに仲道さん、金子さんが加わってスタート。「ピアノを習い始めた頃の初心を思い出しながら、真剣勝負で臨む」意気込みが伝わってきた。次はCFXの弱音の美しさが生かされたドビュッシー。4曲目は迫力がありながら温かみのあるサウンドで「ラ・ヴァルス」が披露され、続くラフマニノフでは、ロシア音楽らしい分厚い響きを聴かせた。

第2部は2台のCFXを前面に配置し、さらに3台のコンサートグランドピアノを加えた壮観なステージ。ピアニストたちもこの風景には圧倒されたようだったが、実力派が5人ずつ組んで聴かせる演奏は、どれも圧巻で、第1ピアノと第5ピアノを担当したCFXの底力も垣間見ることができた。曲調も生かした華やかでゴージャスな「スペイン」で始まり、「熊蜂の飛行」は5台ながら軽やかさも聴かせ、「死の舞踏」では変化する色彩感が見事。「イスラメイ」はオーケストラを思わせるような重厚な響きを、そして最後の「木星」はまさに5台で奏でる宇宙を表現。

最後に仲道さんが「特に第2部は、簡単に弾ける作品ではないため、皆が『参戦する』と言っていましたが、本当に素晴らしく弾いてくださいました。調律師の方々を始めスタッフの方々に心から感謝しています」と述べ、アンコールとして6人がトリプル連弾(3台ピアノ)でワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー序曲」を会場に響かせた。今回限りにならず、継続的なフェスティバルとなることを心から望みたい。

Text by 堀江昭朗