コンサートレポート

コンサートレポート

スクリャービンを中心にロシアピアニズムの系譜をたどる意欲的なプログラム~大塚玲子 ピアノリサイタル~

2019年9月24日(東京文化会館小ホール)

桐朋学園大学音楽部演奏科・研究科を修了し、さらにモスクワ音楽院で学んだ大塚玲子さん。9月24日、文化庁と日本演奏連盟が主催する新進演奏家育成プロジェクト〈リサイタル・シリーズ〉に登場し、リストからスクリャービンに至るロシアピアニズムを体現する色彩豊かな演奏を楽しませてくれました。

■プログラム
チャイコフスキー:《四季》Op.37bisより 〈1月 炉端にて〉〈4月 松雪草〉〈11月 トロイカ〉
グリンカ=バラキレフ:《ひばり》
シューベルト=リスト:《白鳥の歌》S.560より 第10曲〈愛の便り〉
シューベルト=リスト:《4つの歌曲》S.562より 第1曲〈万霊節の連祷〉
リスト:《巡礼の年 第2年 イタリア》より 〈ダンテを読んで—ソナタ風幻想曲〉S.161/R.10-7
アレンスキー:《24の性格的小品》Op.36より 第23曲〈アンダンテと変奏曲〉ロ長調
スクリャービン:《ピアノ・ソナタ 変ホ長調》
スクリャービン:《2つの詩曲》Op.32
スクリャービン:《ピアノ・ソナタ第9番「黒ミサ」》Op.68

 スクリャービン国際ピアノコンクール(パリ)で優勝した大塚玲子さんの今回のリサイタルのテーマは、「リストと19世紀後半のロシアピアニズム~知られざるスクリャービンの初期ソナタを中心に~」。作品番号のない「幻の0番」と呼ばれるスクリャービンのピアノソナタを核に、リストからスクリャービンに至るロシアピアニズムの系譜をたどるユニークなプログラムが繰り広げられました。

 チャイコフスキー《四季》より〈1月 炉端にて〉〈4月 松雪草〉〈11月 トロイカ〉の3曲で幕を開けたリサイタル。冬の夜の炉端の団欒、春の訪れを告げる松雪草、果てしない雪原を走るトロイカ、ロシアの大地と人々の暮らしが、精妙なタッチとペダリングで抒情豊かに描き出されていきます。続いてグリンカ=バラキレフ《ひばり》。洗練されたテクニックでヤマハCFXから煌めくような音色を引き出し、ロシアの遅い春のひばりのさえずりを感じさせる哀愁を湛えたメロディーを味わい深く聴かせてくれました。
 シューベルト=リスト《白鳥の歌》より〈愛の便り〉、《4つの歌曲》より〈万霊節の連祷〉では、低音から高音まであらゆる音域を美しく響かせ、シューベルトの歌曲の旋律を愛おしむように歌い上げました。前半最後の曲は、リスト《巡礼の年 第2年 イタリア》より〈ダンテを読んで—ソナタ風幻想曲〉。冒頭の「悪魔の音程」と呼ばれる増4度の和音の下降するモティーフを鮮烈に奏で、聴衆をダンテの『神曲』の世界へと誘います。迫力のある表現で地獄の情景が描写された後、天国を思わせる楽想が宝石のように降り注ぎ、のびやかな感性で動と静のコントラストを際立たせ、ドラマティックな音楽を構築しました。

 後半は、アレンスキー 《24の性格的小品》より第23曲〈アンダンテと変奏曲〉でスタート。ロマンティックなテーマの表情を、各変奏ごとにイマジネーション豊かに変化させていきます。そして、スクリャービン《ピアノソナタ 変ホ長調》。この作品番号のない「幻の0番」は、スクリャービンが15歳から17歳の頃に書いた作品で、演奏会で取り上げられることはきわめて稀な知られざる名曲です。後に《アレグロ・アパッショナート》Op.4として改作された第1楽章を、大塚さんは、暗い情熱を秘めた第1主題と淡い美しさにあふれた第2主題を対比させながらみずみずしく聴かせ、ショパンのノクターンを思わせる第2楽章、スリリングな無窮動の第3楽章まで、若き日のスクリャービンの魅力を存分に楽しませてくれました。
 スクリャービン《2つの詩曲》で、後期の神秘主義に向かう作曲家の複雑な内面に迫り、さらに《ピアノソナタ第9番「黒ミサ」》。次第に高揚して法悦の境地に至る曲想をヤマハCFXの色彩感に満ちた音色で鮮やかに紡ぎ出し、ロシアピアニズムのヴィルトゥオジティを追求した意欲的なプログラムを締めくくりました。
 アンコールは、スクリャービン《12の練習曲》Op.8より第12曲〈悲愴〉、ドビュッシー《ベルガマスク組曲》より〈月の光〉。幻想的な月明かりの余韻を残して、リサイタルの幕を閉じました。

 この日のリサイタルのホワイエでは、大塚さんが親しくしているモスクワ所縁の写真家集団、МФК PHOTOS(MFK PHOTOS)のメンバーによる「スクリャービンとロシアの音色」と題した写真展が開催され、ロシアの雪景色、赤く染まる夕日など、大塚さんの演奏を想起させる写真が展示され、共感覚で音と色を捉えたスクリャービンの音楽へのイマジネーションを視覚的に楽しませてくれました。

 終演後、大塚さんは「素晴らしい音響のホールにヤマハCFXの多彩な音色が響き、幸せでした。聴いてくださった方たちが、私の演奏からロシアの風景を感じ、リストからスクリャービンに至るロシアピアニズムを楽しんでいただけたらいいなと思いました」と語ってくださいました。

Text by 森岡葉